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バンクーバーのWCBCTの報告 丹野義彦 2001年7月16日~7月23日

 2001年7月16日から7月23日まで,カナダのバンクーバーで開かれた国際行動認知療法学会(World Congress of Behavioral and Cognitive Therapies: 以下WCBCTと略す)に出席してきた。

1.国際行動認知療法学会(WCBCT)について

 WCBCTは,認知行動療法に関する最大の国際学会である(ホームページは http://www.aabt.org/world_congress/index.html)。3年に1回開かれ,1995年にはデンマークで,1998年にはメキシコで,2001年にはバンクーバーで開かれた。2004年には神戸で開かれる予定である。1995年の大会では,有名な強迫研究のObsessive compulsive cognitions working groupが結成されるなど,この大会はアクティビティやプロダクティビティが高いことも特徴である。今大会に出席した顔触れは,アーロン・ベックをはじめとして,ドナルド・マイケンバウム,デイビット・M・クラーク,ポール・サルコフスキスなどであり,認知行動アプローチの世界的なビッグネームはほとんど参加している。日本からの参加者も50名以上に及び,本補助金の研究協力者の坂野雄二先生が対人恐怖についての招待講演を行った。これは日本人としては唯一の招待講演であった。

2.学会の内容について -実証にもとづくアプローチは当然のこと

 この学会のシンポジウムや講演の内容を見ると,実証にもとづくアプローチ(Evidence-based approach)ということが当然のこととして語られていた。例えば,“S-44:Dissemination of Evidence-based Cognitive Behabioral Interventions”, "S-59: Empirically Supported Treatments: New Developments and Directions"といったシンポジウムがあった。また,「S60: 心気症に対する認知行動療法の治療効果研究」とか「短期カップル療法への適用と効果」といったタイトルなど,治療効果についての演題はごく当たり前のことであった。また,"WS34: Individual Case Formulation and Treatment Planning"といった演題に代表されるように,事例の定式化(Case Formulation or Case Conceptualization)ということは,認知行動療法の基礎的な実践として当然のように語られていた。また,"S80: The Assessment and Treatment of Australian Vietnam Veterans"といったタイトルに代表されるように,アセスメントの重視も当たり前のことである。興味深いのは,"Panel Discussion 19: Beyond DSMⅣ: Reconceptualizing the Anxiety Disorders"のようなDSM-Ⅳを作りかえる運動もあったことである。DSM-Ⅳを自分たちが使いやすいように作りかえていく方向性は必要である。

3.領域別の特徴について

 学会プログラムの領域別目次で,シンポジウムやワークショップの領域数を調べた。最も多い領域は「抑うつ」であり24件であった。次いて,子ども関係(23件),不安(22件),PTSD(16件),強迫性障害(13件),精神分裂病(8件),対人恐怖・対人不安(7件),人格障害(7件),摂食障害(6件)といった順であった。学会の構成がこのように対象別になっているのも特徴である。
 この中で,特に急成長しているのは,社会恐怖(Social Phobia)の領域であった。シンポジウムや招待講演も多く,ポスターセッションも16個の演題が並んだ。このテーマはこれまではこれほど盛んだったわけではないが,90年代に入って急成長した。多くの理論や治療法が提出されてきている。本大会でも,本補助金の研究協力者の坂野雄二先生が対人恐怖についての招待講演を行った。2003年の神戸大会では,対人恐怖の研究数はもっと増えるだろう。対人恐怖の研究は森田正馬以来,日本でさかんな領域でもあるので,神戸大会では,対人恐怖の研究がひとつの焦点になるのは間違いない。
 また,精神分裂病や精神病症状のセッションも成長分野である。アーロン・ベックが分裂病症状の認知行動療法を強力に開拓しているのが印象的であった。招待講演でもワークショップでもこのテーマを一貫して発表していた。特に講演では,「分裂病の認知療法:パラダイムシフトか?」という壮大なタイトルであった。
 また,精神病理のVulnerability(脆弱性,素因)のテーマもいくつかみられ,このテーマも急成長である。

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4.人と会った

 アーロンベックやドナルド・マイケンバウムなどの大御所が来ていた。アーロン・ベックは,1921年生まれなので今年80歳になるが,たいへん元気に飛び回っており,前述のように精神分裂病という新しい領域にチャレンジしており,いろいろな人とコミュニケーションをとっていた。サルコフスキス氏と話していたときに,たまたまその会場の隅でベックとジャン・スコット(グラスゴウ大学精神科教授)が話していて,それを見つけたサルコフスキス氏が,筆者をベックに紹介してくれて,いっしょに写真を撮ってくれた。誰とでも気さくにコミュニケーションをとる人柄である。招待講演のあとでも,ベックとコンタクトをとろうとする人の行列が長く続いた。
 また,ロンドン大学のデイビッド・クラーク教授,フィリッパ・ガレティ教授,マンチェスター大学のエイドリアン・ウェルズ博士,西ワシントン大学のクラインクネヒト学部長と,共同研究について打合わせをしたり,情報交換することができた。
個人的には,ベックとの写真をサルコフスキスに撮ってもらったのが記念。
 サルコフスキス教授は,今年の心理臨床学会で来日するので,その打合わせのために何回か会った。サルコフスキス氏はこのWCBCTだけでなく,BABCT(英国認知行動療法学会),EABCT(欧州認知行動療法学会)などでも委員をしており,世界を飛び回っていた。彼が9月に来日するということに対して,日本人参加者は一様に驚き,期待していた。それだけビッグネームということなのであろう。
 日本の坂野雄二先生も開会式でのスピーチ,招待講演,パネルディスカッションと大活躍されていた。2003年のWCBCTは神戸で開かれ,その大会委員長を坂野先生がつとめられるので,神戸大会の宣伝にも尽力されていた。
 日本からも多くの参加者があったが,特に目立ったのは早稲田大学の坂野雄二先生の研究室と,根建金男先生の研究室であった。この研究室の院生の多くが発表していた。若い院生のうちに国際学会を体験しておくことは,日本の臨床心理学を発信型にするためにも必要であろう。

5.クラーク教授の基調講演について

 ロンドン大学のD.M.Clark教授が基調講演をおこなったがこれは完璧な講演であった。タイトルは"Keynote adress: Social Phobia and Posttraumatic Stress Disorder: Why They Persist and How to Treat Them"である。
 前半が,対人恐怖とPTSDの精神病理学の研究であり,実験研究などが多かった。後半は治療研究である。治療法やその効果研究などを話していた。精神病理学(メカニズム研究)だけでなく,治療研究もバランスよく入れるところが,イギリスの臨床心理学者の特徴である。すべて自分たちのオリジナルな研究を発表。はじめに研究グループの人の名前を全員紹介していた。古い研究から新しいものまで含めている。すでに知っていることから,最新の情報まで適度に入れる。情報量が豊富である。臨床の事例を入れて,臨床家にもわかりやすく話していた。
 プレゼンテーションの仕方が完璧である。話し方がゆっくり,急がず,聞きやすい。それでいて時間は60分きっかりに終わった。スライドの字もすべて大きくて見やすい。スライドの内容についてすべて,ひとつも飛ばさずに説明していた。ゆっくり分かりやすく説明していた。このようなプレゼンテーションの基本をぜひ見習いたいものである。時々ユーモアで笑わせる。決して単調でない。こうしたプレゼンテーションの仕方は,たぶんワークショップで鍛えられたのではなかろうか。ワークショップは講師をも鍛えるようだ。
 終わって拍手が1分くらい鳴りやまず,皆満足したという感じ。誰もすぐに席を立たなかった。ホールを満員にして,充実した内容の講演を完璧に行なって,期待を裏切らないのは見事であった。

6.本を買った

 学会では書籍の展示があるが,それを利用して実証にもとづく臨床心理学についてのいろいろな書籍やそれについての情報を収集してきた。日本で注文すると1ヶ月もかかるうえに,郵送費などでかなり割高になる。海外の学会を利用して書籍を安く集められたことは収穫であった。

①実証にもとづく臨床心理学とアセスメントについて

“Practitioner’s Guide to Empirically Based Measures of Depression” Edited by A. Nezu, G. Ronan, E. Meadows & K. McClure. Kluwer Academic/Plenum Publisher. 2000.
“Practitioner’s Guide to Empirically Based Measures of Anxiety” Edited by M. Antony, S. Orsillo & L. Roemer. Kluwer Academic/Plenum Publisher. 2001.
 この2冊は,実証にもとづく臨床心理学を定着させるために,AABT(アメリカ行動療法学会)がアセスメントツールをまとめたものであり,大変貴重である。日本にもこのようなツール集があればと思うが,大変労力を必要とする。ぜひ紹介したい。アセスメントはEBCPの土台である。
"Effective Treatments for PTSD" Edited by E. Foa, T. Keane & M. Friedman, Guilford. 2000.

②認知行動療法について

"Treatment Plans and Interventions for Depression and Anxiety Disorders"
By R. Leahy & S. Holland, Guilford Press. 2000.

③異常心理学について

"Advanced Abnormal Psychology, 2nd Ed."
Edited by M. Hersen & V. Van Hasselt, Kluwer Academic/Plenum Publisher. 2001.

7.ワークショップに参加してみて驚いたこと

 ワークショップは,臨床の技法の習得には不可欠である。今回はワークショップに初めて参加してみて,その質の高さと分かりやすさにたいへん驚いた。少し報告したい。
 WCBCTで,マンチェスター大学のAdrian Wellsのワークショップに参加してみた。タイトルは"Cognitive Therapy for Generalized Anxiety Disorder"である。Wells氏は認知行動理論の理論家として世界的に知られ,その理論書"Cognition and Emotuion"が近々邦訳される予定である。私もこの翻訳にかかわっており,また私が昨年マンチェスターを訪れたときにWells氏と共同研究のうち合わせをしてきたこともあり,顔見知りであったので,参加してみる気になったのである。

①とにかく内容がわかりやすい。内容は,認知行動療法の技法の講習会である。具体的なアセスメントの仕方,技法の使い方,注意点などがゆっくりと具体的に話される。Wells氏は理論家として世界的に知られているが,臨床家としても一流であることがよくわかった。事例の提示もビデオを使う。また,Wells氏自身が全般性不安障害のクライエントに認知行動療法をおこなう過程がすべて公開されている。こうしたワークショップに出れば,明日からでもこの技法を臨床で使えるという気にさせる。それほどよくできたワークショップであった。OHPやハンドアウトもすべて分かりやすく書かれている。その準備に膨大な時間を使って,参加者の立場で資料を作り,参加者に気を使っていることがよくわかるのである。話をしているときも,参加者の顔をひとつずつ見ながら話している。質問を歓迎し,質問をなるべく多く出すようにし向けている。

②講師の評価表が厳しい。ワークショップが終わったあとに,参加者は講師の評価表をつける。これがきわめて詳しい評価表である。その評価表を1枚もらってきたので後で参考にしたい。お金をとるので評価は厳しいのだろう。後述のクラーク教授の講演のように,欧米の研究者・臨床家はプレゼンテーションの仕方が完璧であるが,これはたぶんワークショップで鍛えられたのではなかろうか。ワークショップによって講師も鍛えられる(このことはあとでハーバード大学の堀越勝先生に聞いてもそのとおりだと言っていた)。

③ロールプレイを入れる。途中で,ロールプレイを入れて,全般性不安障害のworryのアセスメントの仕方を実習する機会があった。このようなロールプレイもわかりやすく技法を習得するための方法である。(ただし,日本人や英語の分からない人にとってはやや負担である。筆者はこの日は時差ボケで,Wellsの英語でついつい居眠りをしてしまった。そして気がついたら,急にガヤガヤしたので何事かと思ったら,ロールプレイが始まっていた。ところが,周りの人はすべてペアを組んで実習していたので,英語も自信がなく,孤立してしまい,しかたなく15分くらいを無駄にしてしまった。次回は,知っている人と参加するか,あるいはとなりのペアのロールプレイを見学させてもらうなどの工夫が必要だろう)

④ワークショップはお金を取る。学会とワークショップは完全に違うものとして位置づけられている。

 「学会」は,アカデミックな研究の発表の場であり,シンポジウムや個人発表など,研究の成果を発表する場所である。事例の呈示などはほとんどなく,多数例研究にもとづく発表や効果研究などが主である。これはアカデミックな研究であり,知識を共有して議論することが目的なので,個々のセッションにはお金がかからない。
 これに対して,「ワークショップ」は,臨床的スキルを学ぶための研修会であり,臨床家を育てる場である。研究の場ではない。事例などを豊富に提示して,臨床家がわかりやすいようにする。学会とワークショップは,たまたま一緒におこなわれるが,別のものという位置づけである。このため1回のワークショップでお金を取る(今回のワークショップは半日で60カナダドル=約1万円,1日で120カナダドル=約2万円)。

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