認知行動療法を学ぼう世界の大学と病院を歩く丹野研究室の紹介駒場の授業
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2005年 BABCP(イギリス・カンタベリー)丹野義彦 2005年8月9日

1.どんな学会が、いつ、どこで開かれたか

 英国認知行動療法学会 British Association for Behaviour and Cognitive Psychotherapies(BABCP)
日時:2005年7月20日~23日
場所:英国ケント大学カンタベリー校
(カンタベリーは、ロンドンから南東に列車で約1時間半)
 筆者は3回目の参加であったが、ロンドン同時多発テロと重なったため、印象に残る大会となった。

2.どんな領域の研究者が参加するか、どんな雰囲気の学会か

 BABCPは、イギリスの認知行動療法の学会である。発表の領域は、だいたい4つのテーマに分かれる。
①抑うつ、
②不安障害、
③精神病、
④発達障害、
⑤その他。
 臨床研究が主であるが、基礎研究や非臨床アナログ研究も多い。
 なお、今回は、学会の名称変更が議論されていた。現在は、英国行動認知心理療法学会(British Association for Behaviour and Cognitive Psychotherapies)であるが、最後の「Psychotherapies」を取って「Cognitive and Behaviour Therapies」とするとか、BritishではなくUKとすべきといった意見があり、"CBT-UK"とする案が出されていた。今回はまだアンケートで会員の意見を聞くだけであるが、近い将来変わるかもしれない。2004年に、アメリカの行動療法促進学会(AABT)が、新たに行動認知療法学会(ABCT)に変わったのも影響しているかもしれない。

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3.学会の規模はどれくらいか 何人くらい参加するか

 700人くらい参加する中規模学会である。
 出席している人は、20歳代~30歳代の人が多い。参加者はイギリスの白人が多い。アメリカやヨーロッパやオーストラリアからゲスト・スピーカーが何人もきている。今年はヴァン・オス、ノバコ、ヤング、レズニックなど。

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4.どんな学術プログラムがあるか、その内容で印象に残ったことは

 大会の学術プログラムは、1日400件、全体で1500本近くある。これを4日でこなすために、いろいろな工夫がある。例えば、朝7時からの「朝食セッション」という時間帯が出てきたり、夜9時までのセッションもある。

①シンポジウム

 質の高い企画プログラムで、学会の中心を占める。1人40分くらいのまとまった話をして、同じテーマで4~6人が話すので、非常に勉強になる。事例の話はほとんどなく、治療効果研究や実験研究である。
 精神病関係のシンポジウムとしては、クレイグ・スティール(ロンドン大学・ユニバーシティ・カレッジ)が企画・司会して、「精神病と感情」というシンポジウムが開かれた。これには、アリソン・ハーディ(ロンドン大学精神医学研究所)、アニソー・モリソン(マンチェスター大学)、ダニエル・フリーマン(ロンドン大学精神医学研究所)などが参加していた。彼らはロンドン大学やマンチェスター大学で次の世代を担う研究者たちである。
 また、ヴァン・オス(オランダのマーストリヒト大学)が企画した「マリファナと精神病」(バロウクロウも参加)や、ピーターズが企画した「健常者における精神病体験の研究から何を学ぶか」(ヴァン・オスやジャクソンが参加)、同じくピーターズが企画した「精神病への認知行動療法の実際:どんな場合に効果がなくなるか」(バーチウッド、ファウラー、キングドン、ハドックが参加)、ホジキンスが企画した「初期精神病における心理学的過程」(ファウラー、モリソン、バーチウッドが参加)がおこなわれた。
 その他の領域で目立ったシンポジウムとしては、ワイルドが企画した「記憶-障害横断的な認知的脆弱性」(ブリューイン、エーラーズ&クラーク、スティール、コーコランなどが参加)、ウェルズ(マンチェスター大学)が企画した「メタ認知療法:不安障害とうつ病への適用」、レズニックが企画した「エビデンスにもとづくPTSDの再検討」(ブリューインなどが参加)などがある。また、ロズ・シャフラン(オクスフォード大学)は、「研究費の取り方」と「完全主義」についての2本のシンポを企画していた。こうしたことも若手の活躍を感じさせた。
 もうひとつのトピックスは、NICEガイドラインについてのシンポジウムや講演が4本あったことである。NICE(National Institute for Clinical Excellence:先端臨床医学研究所)とは、2002年に作られたイギリスの国営機関である。NICEは、エビデンスにもとづく医療の考え方を実現するために作られた機関であり、あらゆる疾患に対する治療法を評価し、治療法について勧告を出す。2002年には、統合失調症の治療ガイドラインが出され、その中で認知行動療法の効果が認められた。NICEガイドラインは、認知行動療法の普及の大きなよりどころとなっている。今回は、うつ病や不安障害などに対するガイドラインが発表されたようであり、この学会でも4つのプログラムが出された。第1に、サルコフスキス(ロンドン大学の精神医学研究所)が「パニック障害と全般性不安障害に対するNICEガイドラインの示すところ」という講演をおこなった。また、うつ病(企画ギルバート)、PTSD(企画ビッソン)、摂食障害(企画ガウアーズ)へのNICEガイドラインについてのシンポジウムが開かれた。PTSDへのNICEガイドラインは、ロンドン同時多発テロ事件後のメンタルヘルス問題について、大きな意味を持つことになった(後述)。

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②講演(keynote address)

 著名な研究者による1時間の講演会。全体で15本くらい。勉強になる。
 精神病については、ポール・チャドウィック(サウサンプトン大学)が「マインドフルネス、認知行動療法、精神病」と題する講演をおこなった。これまで、マインドフルネス療法は、うつ病や不安障害に適用されてきたが、精神病患者には向かないとされてきた。これに対して、チャドウィックらは、マインドフルネス療法を精神病に適用した治療の報告をした。患者の治療後の体験について、グラウンディド法(質的研究)でまとめて発表していた。マインドフルネス派の人は、講演ではよく実演をするが、チャドウィックも例外ではなく、瞑想の実演をしていた。この方法は自己催眠法と似ていることがわかった。チャドウィックの声は、催眠術によく合っていて、聞いていて快い。ただし、英語のわからない筆者には、指示がすべて理解できたわけではない。マインドフルネス療法は、認知行動療法における流行であるが、筆者は本当に認知行動療法なのかという疑問がぬぐい切れない(春木豊先生とか杉浦義典さんのような大家なら、こういう世界に行くのも許されるかもしれないが、学生のうちからのめり込まないほうがよいのではなかろうか)。
 また、ヴァン・オス(オランダのマーストリヒト大学)は、「統合失調症の環境遺伝子(Envirome)」という講演をおこなった。ヴァン・オスのグループは、現在マリファナなどの幻覚発現物質が精神病の発病に及ぼす影響について調べていた。臨床研究と非臨床アナログ研究の中間領域で研究しており、丹野研の研究にとってきわめて示唆的であった。
 その他の領域では、レズニック(米国ボストン大学)、サルコフスキ、ヤング(米国コロンビア大)、アリソン・ハーヴェイ(米国カリフォルニア大学)、エリィ(ロンドン大学精神医学研究所)、ガウアーズ(リバプール大学)などの講演がおこなわれた。

③パネル・ディベート

 今年はパネル・ディベートとして、ジョンズ(ロンドン大学精神医学研究所)が企画して「精神病の初回のエピソードについての心理的介入」というタイトルのパネルがおこなわれた。バーチウッド、ハドック、ガムリーらが参加した。

④ポスター発表とオープン・セッション

 個人の発表はポスター発表とオープン・セッション(口頭発表)である。ポスター発表の数は、1日20タイトルくらいであり、比較的少ない。
 丹野はポスター発表をした。"Delusional Reasoning bias in people with schizophrenia and in college students"(丹野・山崎・荒川)と題する発表であり、多くの人が聞きに来て、質問をしてくれた。

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⑤ワークショップ

 ワークショップは、臨床訓練の場であり、事例の話もよく出る。初日(20日)は、臨床ワークショップの日であり、学術プログラムはない。ワークショップに参加するためには、会員が130ポンド、非会員が160ポンド、学生会員が100ポンドを払う(早期登録は割引あり)。初日だけでなく、大会期間中は、3時間ほどの短いワークショップが並列しておこなわれた。

 初日、以下の15本の1日ワークショップが開かれた。

  1. PTSDに対する認知処理療法
    レズニック(ボストン大学)
  2. 双極性感情障害の治療:躁再発を防ぐ行動認知目標管理の役割
    ジョンソン(マイアミ大学)
  3. 不安と過敏性大腸炎の治療
    クラスク(カリフォルニア大学)
  4. 治療困難事例に対するスキーマ療法
    ヤング(スキーマ療法研究所)
  5. 心的外傷のコンピタンシー:複雑トラウマにおける解離と愛着への治療
    ハーバート(オクスフォード発達センター)
  6. パニック障害への認知行動療法の治療技法の発展:クラーク(1986)モデルにもとづく
    マンリー(西ロンドンNHSトラスト)
  7. 精神病に対する認知行動療法:フォーミュレーションにもとづくアプローチ入門
    スティールとスミス(ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ)
  8. 精神病への移行を防ぐ初期介入における認知的アプローチ
    モリソン(マンチェスター大学)、ガムリー(グラスゴウ大学)
  9. マインドフルネス認知療法入門
    フェンネル(オクスフォード大学)
  10. 体験的マインドと概念的マインドのコミュニケーション
    ハックマン(オクスフォード大学、ロンドン大学精神医学研究所)
  11. 恥と自己攻撃的内的対話に対する同情心訓練
    ギルバート(キングスウェイ病院)、リー(ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ)
  12. 受容とコミットメント療法(ACT)入門
    ウェブスター(集中心理学治療サービス)
  13. 摂食障害における多衝動への対応
    ウォーカー(セント・ジョージ病院摂食障害サービス)
  14. 睡眠障害への認知行動療法
    ハーヴェイ(カリフォルニア大学バークレイ校)
  15. 子供と思春期のPTSDへの認知行動療法
    トリッキーとサーぺル(外傷ストレス・クリニック)

 大会2日目以降は、3時間ほどの短いワークショップが13本開かれた。

  1. 思春期の抑うつへの5領域アプローチ
    ウィリアムス(グラスゴウ大学)
  2. ストレス、マリファナ、自己評価:精神病における生活の体験をサンプリングする
    ガーメイとヘンケット(マーストリヒト大学)
  3. 慢性疼痛への文脈的認知行動療法における受容とマインドフルネス
    マックラッケンとギルバート(バース疼痛管理ユニット)
  4. 実践家のための研究方法
    バーカーとビストラング(ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ)
  5. 広場恐怖への治療技法を心理学卒業生に訓練する
    ハックマン(オクスフォード大学、ロンドン大学精神医学研究所)
  6. 統合のインパクト:認知行動療法の普及への隠れた障壁
    グラントとミルズ(ブライトン大学)
  7. 精神病の2つの椅子モデル(自己スキーマと他者)
    チャドウィック(サウサンプトン大学)
  8. ストレス・コントロール:コモンメンタルヘルス問題への大集団の教育的認知行動療法
    ホワイト(STEPSチーム)
  9. 怒りのアセスメントと治療
    ノバコ(カリフォルニア大学アーバイン校)、テイラー(ノーサンブリア大学)
  10. 摂食障害患者の親への協同的ケアのワークショップ
    トレジャー、ジル、ホワイテイカー、セプルベダ(ガイズ病院、ベスレム王立病院摂食障害ユニット)
  11. 嗜癖行動の治療結果を向上させる方法
    ライアン(中北ロンドンNHSトラスト)
  12. 認知行動療法の理論と実践の橋渡し
    ラム(キングストン大学、ロンドン大学セントジョージ医学校)
  13. 人格障害に対する動機づけ面接法
    ビルセンとヘンク(ニースワース・ハウス病院)
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5.有名な研究者でどんな人が参加するか

 今回みかけた大物は、サルコフスキス、ウェルズ、ブリューインなどである。昨年のマンチェスター大会はヨーロッパ認知行動療法学会との共催で大規模となったため、今回はやや小規模であった。
 精神病の研究では、以下の4つのグループがしのぎを削っている。ロンドン大学グループ(ピーターズ、フリーマン、スティール)、マンチェスター大学グループ(ベンタル、バロウクロウ、モリソン)、バーミンガム大学グループ(バーチウッド、ジャクソン)、ニューキャスル大学グループ(ターキングトン)。今年は、各グループで若手の台頭が目立った。前述のスティール企画の「精神病と感情」というシンポジウムが代表的である。また、ピーターズやシャフランらは2つのシンポジウムを企画するなど活躍していた。彼らはイギリスの次の世代の認知行動療法を担う人たちである。
 ポスター発表では、ステファン・パーマー教授が見に来た。パーマーは、ロンドン・シティ大学の社会人文学部の心理学科の教授であり、著書『認知行動療法入門―短期療法の観点から』(カーウェン、パーマー、ルデル著、下山晴彦訳、金剛出版、2004年)は邦訳がある。

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6.日本から誰が参加していたか

 日本からは2人の参加者があった。丹野の他には、安藤先生(聖マリア学院短期大学)が参加して、ポスター発表をしていた。
 2001年グラスゴウ大会は、日本人1名。2003年ヨーク大会は3名、2004年マンチェスター大会は15名、そして今回は2名であった。

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7.発表申し込みの〆切はいつか、大会参加費はいくらか

 ポスター発表などのアブストラクトの〆切は 2005年4月15日。
 だいたい例年、発表申し込みが3月くらいで、大会は7月にある。
 参加費は、会員が275ポンド、非会員が325ポンド、学生会員が140ポンド(1ポンドはだいたい200円)である。
 年会費は49ポンド(クレジットカード可)。
 大会の懇親会は、2日目の夜に、ドーバー城で開かれた(無料)。ケント大学カンタベリー校からドーバー城まではバスで30分くらいである。ドーバー城は小高い丘の上にあり、ドーバー海峡が見渡せる絶景である。ドーバー城は、城の歴史のアトラクションや、地下に掘られた洞窟の歴史のアトラクションにもなっている。ドーバー城はいろいろの要素がつまったテーマーパークである。懇親会参加者はこの中を自由に見学できた。7月のイギリスは10時近くまで明るい。

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8.次回の学会はいつどこで開かれるか。

 次回のBABCPは、2006年7月19-22日にウォリック大学(University of Warwick)で開かれる。
 学会のホームページは  http://www.babcp.org.uk/
 ウォリックは、ロンドンから列車で2時間ほどの都市。バーミンガムやリバプールの近くである。ウォリック城は美しい城と庭園で有名であり、近くには、シェークスピアで有名なストラトフォード・アポン・エイボンがある。
 2007年はロンドン、2008年はエディンバラで開催の予定である。

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9.学会や大学や旅行や観光で気がついたこと、その他

 今回の大会は、ロンドン同時多発テロと重なったため、印象に残る大会となった。
 7月7日に、ロンドン同時多発テロ事件。
 7月18日に、ロンドンへと出発。すぐにカンタベリーへ。
 7月21日に、ロンドンで第2テロ事件。大会に大きな影響なし。
7月23日の大会終了後、ロンドン経由で帰国。
 海外出張の鉄則は、「危険には絶対に近づくな」ということである。
 帰国してすぐに、BABCPのサイトを見たら、ロンドン同時多発テロについての文書が出されていた。この文書の作成には、エーラーズ(ロンドン大学精神医学研究所)やパデスキー(カリフォルニア大学)などが協力したとある。「今回の爆弾テロのようなトラウマ的な事件後に人はどのように反応するか」とか「人々は何ができるか」「いつ専門家の助けを求めるか」などについて、一般の人々やメンタルヘルスの専門家のために、役に立つ情報やウェブサイトがまとめてあった。前述のNICEガイドラインで、PTSDに対して効果があるとされたのは、認知行動療法とEMDRだけであるとのこと。そういえば、アメリカの同時多発テロ以降、PTSDへの認知行動療法が急速に確立したのである。

 筆者は常日頃、危険には絶対近づかないようにしているし、事件や事故などはあまり縁がない生活をしている。とはいえ、考えてみると、国際学会については結構いろいろなことがあった。2000年のスウェーデンの国際心理学会では、パリのド・ゴール空港を経由したが、その3~4日後、ド・ゴール空港でコンコルド機が墜落事故をおこした。そのニュースをスウェーデンで聞いたものである。2001年9月のアメリカ同時多発テロの時は、次の週の日本心理臨床学会にサルコフスキスとバーチウッドを招待していたので、キャンセルにならないかとハラハラした。2004年8月の北京の国際心理学会では、前日にサッカーのアジアカップの日本対中国の決勝戦が北京でおこなわれ、日本を出発する朝の新聞は、一面で「北京厳戒体制」と伝えていたものであった。そして、今回である。
 テロ前日の7月6日は、ロンドンが2012年のオリンピック開催地に選ばれたというニュースが世界中に報道された。次の日には、英国のグレン・イーグルスでサミットが開かれ、セント・アンドリュースでは全英オープン・ゴルフが開かれていた。こうしてロンドンが世界的な注目を浴びていたさなかに、同時多発テロはおこった。
 7月7日に、ロンドンの4カ所で爆発がおこった(エッジウェア・ロード駅、ラッセル・スクエア駅、オールドゲート・イースト駅、タビストック・スクエア)。50人以上が犠牲となる大惨事であった。ラッセル・スクエア駅とタビストック・スクエアは、ロンドン大学のすぐ近くである。精神分析で有名なタビストック・クリニックは、昔タビストック・スクエアにつくられたので、その名があるのである。エッジウェア・ロード駅は、ロンドンで筆者が宿泊する予定であったパディントン駅の隣である。少しは心配にもなる。
 その10日後の7月18日に、筆者はロンドンに向かった。ロンドン行きの飛行機はガラガラだった。7月の休日のJALロンドン便といえば、いつもはジャンボ・ジェットが満員で、団体ツアーの日本人ばかりである。ところが今回は、ボーイング777という少し小さな機体なのに、団体ツアーの日本人もほとんどおらず、白人ばかりであった。ロンドン行きのJALで外国人ばかりなのは初めてあった。まるで、ブリティッシュ・エアウェイズの便に乗ったのではないかと錯覚するほどであった。今回のテロによって、日本人の観光客の多くがキャンセルしたのであろう。それを考えると少し心配になるが、飛行機がすいているのは助かった(ガラガラのエコノミー・クラスは、ビジネス・クラスに匹敵する)。ロンドン市内も、ほとんど危険を感じることはなかった。かえって警戒が厳重になったためであろうか。爆発のあった路線は止っていたが、それ以外はふつうに動いていたし、いつもより地下鉄はすいていた。何て良い時にロンドンに来たのだろうと喜びながら、カンタベリーへ向かったのであった。
 やや浮かれすぎていたので、学会2日目の7月21日に、ロンドンで2回目の地下鉄爆発がおこった時にはやや驚いた。まさか警戒が厳重になったロンドンで再びテロが起ころうとは。日本に帰るには、ロンドン市内を通り抜けてヒースロー空港まで行かなくてはならない。ロンドンが混乱していたら、日本に帰れるだろうか。やはり、旅行をキャンセルした日本人の判断は正しかったのだろうか。そういえば、今回の大会は日本人はほとんどいなかった。少し心配になった。とはいえ、ロンドンから100キロ離れたカンタベリーでは、何か遠い所の話であった。ちょうど鎌倉にいるときに、東京でテロがおこったような感じである。あまり危険な感じはしない。大会のプログラムにも大きな影響はなかった。
 7月23日に大会が無事に終わり、ロンドンに向かうときはやや心配していた。カンタベリーからロンドンへの車内では、隣のボックスに座っていた旅行客が、大きな荷物を座席に残して、トイレに行った。そこへ検札の車掌が回ってきて、大きな荷物が置き去りになっているのを見つけて、心配そうにウロウロしていた。車掌が筆者の方を見たので、トイレの方向を指さしたら、少し安心したようであった。この時期に座席に荷物を置いて離れることには、みんな神経質である。イギリス人は、テロへの不安から、互いに警戒と不信を持っているような感じである。こんなこともあったので、少し心配した。ロンドンは大混乱なのではないか、地下鉄やバスなどが止まっているのではないか、ヒースロー空港に辿り着けるのだろうか。いろいろ心配した。
 ところが、ロンドンに着いてみると、平常通りであった。地下鉄も動いていた。地下鉄の入口で持ち物チェックをしていないのも、かえって不思議であった。無事ヒースロー空港に辿り着いた。ただし、外国人が大きな荷物を持っていると、ジロジロと見られたりはした。
 ヒースロー空港はいつもと違っていた。空港はアジア人で埋まっていた。特に、インド系、アラブ系の人たちでごった返していた。どうやら、アジア人がテロの犯人として疑われているので、用事のないアジア人は、集団でロンドンから帰国しているようであった。このようなことも初めてであった。帰りのJALもすいていた。
 今回は、いつもの海外出張とは違うことばかりであり、一喜一憂した。やはり、海外出張の鉄則は、「危険には絶対に近づくな」ということである。
 帰国してすぐに、BABCPのサイトを見たら、ロンドン同時多発テロについての文書が出されていた。この文書の作成には、エーラーズ(ロンドン大学精神医学研究所)やパデスキー(カリフォルニア大学)などが協力したとある。「今回の爆弾テロのようなトラウマ的な事件後に人はどのように反応するか」とか「人々は何ができるか」「いつ専門家の助けを求めるか」などについて、一般の人々やメンタルヘルスの専門家のために、役に立つ情報やウェブサイトがまとめてあった。前述のNICEガイドラインで、PTSDに対して効果があるとされたのは、認知行動療法とEMDRだけであるとのこと。そういえば、アメリカの同時多発テロ以降、PTSDへの認知行動療法が急速に確立したのである。

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