認知行動療法を学ぼう世界の大学と病院を歩く丹野研究室の紹介駒場の授業
home世界の大学と病院を歩く2006ヨーロッパ認知行動療法学会(EABCT) パリ

◆2006年 ヨーロッパ認知行動療法学会 EABCT(フランス・パリ) 丹野義彦

1.どんな学会が、いつ、どこで開かれるか。
ヨーロッパ認知行動療法学会  European Association of Behavior and Cognitive Therapies (EABCT)
日時:2006年9月20日~23日
場所:パリ 会議場メゾン・ド・ラ・シミー

2.どんな領域の研究者が参加するか、どんな雰囲気の学会か。
 発表の領域は、だいたい5つに分かれる。①抑うつ、②不安障害、③精神病、④発達障害、⑤その他。
 今回は、フランス認知行動療法学会(French Association of Behavioural and Cognitive Therapy: FABCT)が主催した。1971年に創立された学会で、フランス語ではAFTCC(Association Française de Thérapie Comportementale et Cognitive)である。
 今回の大会テーマは、「心理療法における患者と治療者の創造性」というものであった。
 今回は、フランスの認知行動療法の動きを見るために、主にフランス人のセッションを回ってみた。そこでわかったことは、フランスの認知行動療法は、発達障害が中心であるということである。自閉症の行動療法についてのセッションが多かった。
 とくに、トゥールーズ大学のロジェは、自閉症への行動変容について精力的に発言していた。初日には、シンポジウムと講演をおこない、2日目には「自閉症の早期介入」というシンポジウムを企画司会した。このシンポジウムにはトゥールーズ大学のグループやパリ第5大学(デカルト大学)のブランが参加していた。
 ストラスブルグのルイ・パストゥール大学のクレマンが「学校における行動変容」についてのミート・ザ・エキスパートをおこなっていた。

3.学会の規模はどれくらいか。 何人くらい参加するか。
 全体としては、500人くらい参加する中規模学会である。
 EABCTは、ヨーロッパの29カ国から36の学会が加盟する傘団体である(2006年現在)。1976年にヨーロッパ行動療法学会(EABT)として創立され、1992年に、認知療法が加わって、ヨーロッパ行動認知療法学会(EABCT)と改称した。2003年にはセルビア、ルーマニア、ユーゴスラビアの学会が加わり、36学会となった。現在、加盟者数は20000名である。英国、ドイツ、オランダなどは5000名以上の会員だが、最小のエストニアは25名の会員しかいない。
 毎年9月にヨーロッパ各地で大会が開かれる。参加者は例年500名くらいで、小規模のこじんまりした学会である。参加者は、主催した国の人が多くなるが、講演やワークショップには、世界的に著名な臨床家が多数参加する。
 出席している人は、若い人が多い。フランス人が多かったが、ヨーロッパ全域から参加者がある。

4.どんな学術プログラムがあるか、その内容で印象に残ったことは。
①ワークショップ
 初日(20日)は、臨床ワークショップの日である。
 以下の22本の4時間ワークショップが開かれた。午前11本、午後11本である。
1)Cognitive-behavioural therapy for generalised anxiety disorder: addressing the approach-avoidance nature of worry
  M.J. Dugas(カナダ)
2)Basic principles of dialectical behaviour therapy
  M. Bohus(ドイツ)
3)Cognitive behaviour therapy for trauma victims with chronic post-traumatic stress disorder (PTSD)
  E. Foa(アメリカ)
4)Cognitive behavioural therapy for generalized anxiety disorder
  T. Borkovec(アメリカ)
5)Assessment and treatment of anxiety and phobic disorder in children and adolescents
  T. Ollendick(イギリス)
6)Buried in treasures: Compulsive hoarding problems and their treatment
  G. Steketee(イギリス), R. Frost(アメリカ)
7)Interventions for preschoolers with language and hyperactivity disorders
  M.C. Guay(カナダ)
8)Cognitive therapy for depression with complex patients
  S. Hollon(アメリカ)
9)Working with emotion in psychotherapy : identifying and specifying emotions during the therapy session
  P. Philippot(ベルギー)
10)Mindfulness for people with distressing psychosis
  P. Chadwick(イギリス)
11)Cognitive-behavioural treatment of deliberate self-harm in adolescents and adults
  U. Schmidt(イギリス)
12)Cognitive therapy for social anxiety disorder
  D. Clark(イギリス)
13)Cognitive therapy for borderline personality disorder. Working with life-scenarios
  J. Cottraux(フランス)
14)Cognitive therapy for bipolar disorders: a CBT relapse prevention approach
  D. Lam(イギリス)
15)Interpersonal/emotional processing therapy for generalized anxiety disorder
  L.G. Castonguay, T. Borkovec(アメリカ)
16)Treatment of health anxiety (hypocondriasis)
  P. Salkovskis(イギリス)
17)CBT for eating disorders: latest treatment models developed
  C. Fairburn(イギリス)
18)Virtual reality in clinical psychology: application to eating disorders
  G. Riva(イタリア)
19)CBT of psychosis: a new perspective
  A. Pinto(イタリア)
20)Possibilities and limitations of cognitive behaviour therapy in high functioning people with autism "spectrum disorders" and/or "ADHD"
  R. Van der Gaag(オランダ)
21)Minimising problem behaviours in autism: Strategies to deal with problems related to social and communication deficits and resistance to change
  P. Howlin(イギリス)
22)Beyond antidepressants: Mindfulness-based cognitive therapy and the prevention of depressive relapse
  Z.V. Segal(カナダ)

②フランス人の発表 その1.病院からの発表
 パリの精神科の病院としては、サンタンヌ病院(精神科)とサルペトリエール病院(神経科)が有名である。
 サンタンヌ病院はパリ大学の臨床心理士の養成施設であり、ここの動向がフランスの臨床心理学の動向を左右する。この病院でも、認知行動療法は確実に浸透している。サンタンヌ病院のヴェラはパリ大学で12年間認知行動療法の訓練をおこなってきており、その報告をしていた。ヴェラは子供のOCDについてのワークショップもおこなっていた。
 サンタンヌ病院からは他にも、サラらが、人格障害への認知行動療法についてシンポジウムで発表し、ディラックらが摂食障害への認知行動療法についてポスター発表をしていた。
 一方、サレペトリエール病院からは、モンテルやボネらがパーキンソン病の研究を発表していた。これはサルコフスキスが企画司会した「健康心理学への適用」というセッションでおこなわれたこのである。

③フランス人の発表 その2.大学からの発表
 パリ大学には第1~第13大学まである。心理学に関係するのは、第5大学(デカルト大学)、第8大学(サン・ドニ)第10大学(ナンテレ)であるが、これらの大学から研究発表があった。パリ大学からの発表をみると、むしろ病理学に近いものであり、認知行動療法の臨床研究というわけではない。
 パリ第5大学(デカルト大学)からは、ブランが自閉症の早期介入について発表した。また、モンテルがパーキンソン病についての研究を発表していた。
 パリ第8大学(サン・ドニ)からは、ジラール・デファニがトラウマについての研究を発表し、ポインソが人格障害の研究を発表していた。
 パリ第10大学からは、ケディアがPTSDについての研究を発表していた。
 パリ大学のほかに、フランスの大学で認知行動療法について発表していたのは、以下のグループであった。
 トゥルーズ大学のロジェのグループ (自閉症の行動療法)
 ストラスブルグのルイ・パストゥール大学のクレメント
 ボルドー大学のスェンドセン
 ヴィルヌーブのリリー第3大学(シャルル・ドゴール大学)のアントイーヌと、同大学の心理学教授のハウテキート・ブードゥーカが発表していた。
 パリのコレージュ・ド・フランス教授のベルトは、閉会式で記念講演をおこなった。ベルトの研究は、空間認知の神経学的基礎についてである。空間認知の障害から広場恐怖症のメカニズムを解明しているという話であった。方法論的にはMRIとバーチャル・リアリティー研究を組み合わせた興味深い研究であった。

④フランスの認知行動療法の現状
 リオン神経病院のコトローが、フランスのエビデンス・ベーストの実践(EBP)の動きについて講演した。この講演はたいへん興味深かった。フランスでもEBPの動きは確実に浸透している。そこで、フランス国立健康医学研究所(INSERM)が、1000本もの科学的な研究を調べて、効果研究をレビューした。そして、2004年に「心理療法:3つのアプローチの評価」と題する報告書を発表した。3つのアプローチとは精神分析アプローチ、行動・認知的アプローチ、家族療法アプローチである。このレポートでは、認知行動療法の効果を高く評価している。一方、精神分析には治療効果のエビデンスがないと明確に結論した。このレポートは、フランス政府のホームページに掲載された。しかし、精神分析家が不快を示したため、ホームページが閉鎖されたという。フランス精神分析は、政治的には急進的とされるが、今や新しい動きをつぶす保守派となってしまったらしい。

5.有名な研究者でどんな人が参加するか。
 イギリスの認知行動療法の大御所がたくさん参加していた。今回みかけた大物は、D・M・クラーク、サルコフスキス、ウェルズ、フェアバーン、ラム、オレンディック、チャドウィック、などである。マンチェスター大学のタリア教授も来ていて、WCBCT2004神戸大会以来であった。
 また、オランダのヴァン・ゴーグも参加していた。
 また、アメリカとカナダからも多くの認知行動療法家が参加していた。フェア、ボーコベック、フロスト、ホロン、シーガルなどである。
 カナダのD・A・クラークも参加していた。D・A・クラークとオコナーらが、強迫性障害についてのシンポジウムを出していた。われわれのグループが彼らの『侵入思考』を翻訳したばかりだったので、聞きにいったら、超満員で部屋に入れなかった。

6.日本から誰が参加していたか
 日本からは7名の参加者があった。丹野の他には、石垣琢麿先生、佐々木淳さん、荒川裕美さんが参加して、ポスター発表をしていた。川崎医科大学の中川彰子先生はこの大会で毎年発表しており、今回も発表していた。川崎医科大学の川本先生と九州大学の鍋山先生も発表していた。

 丹野研の荒川さんらは、「妄想傾向と判断バイアス(結論への飛躍バイアス)」について発表した。
Data-gathering bias in anxiety situation among college students with delusional ideation
H. Arakawa, S. Yamasaki, Y. Tanno
Department of Life Science, Graduate School of Arts and Sciences, University of Tokyo, Tokyo, Japan
 これとちょうど同じ課題を用いて研究をしていたのが、アミアンのフィリップ・ピネル病院のモネステスらのグループであった。彼らは、Schizotypy傾向の高い人が結論への飛躍バイアスをもち、また同時に「心の理論」の能力が低いことを発表していた。このような発表を聞けると、大いに研究が進展する。

7.発表申し込みの〆切はいつか、大会参加費はいくらか。
 ポスター発表などのアブストラクトの〆切は 2006年3月15日。
 だいたい例年、発表申し込みが3月くらいで、大会は8月~9月にある。
 参加費は、会員が550ユーロ、非会員が600ユーロ、学生会員が350ユーロである。
 論文集はDVDで配布された。

8.次回の学会はいつどこで開かれるか。
 この学会の最近の開催地は以下の通りである。
2001年 トルコのイスタンブール
2002年 オランダのマーストリヒト
2003年 チェコのプラハ 
2004年 イギリスのマンチェスター(BABCPとの共同開催)
2005年 ギリシアのテッサロニキ
2006年 フランスのパリ
2007年 スペインのバルセロナ(WCBCTと共同開催)
2008年 フィンランドのヘルシンキ(2008年9月10-13日)
2009年 クロアチアのドゥブロヴニク(2009年9月16-19日)
2010年 イタリアのミラノ(2010年10月7-10日)
2011年 アイスランドのレイキャビク (2011年8月31日-9月3日)
 日本人の参加者は、丹野の知る限りでいうと、マーストリヒト大会(2002年)では3名,プラハ大会(2003年)では10名、マンチェスター大会(2004年)では15名、テッサロニキ大会(2005年)では12名(うち丹野研から8名参加)、パリ大会(2006年)では7名である。

9.学会や大学や旅行で気がついたこと、その他
 丹野はいつもEABCTは大学の日程と重なって参加できなかった。2002年のマーストリヒト大会には参加できたが、それ以来、2003年プラハ、2004年マンチェスター、2005年ギリシアと3年続けて大学等の用事と重なって断念してきた。したがって、今回のパリ大会は、4年ぶりに参加できたわけで、たいへんうれしい。
 パリ大会に参加してみて、精神分析学の本場フランスにも、認知行動療法は確実に普及しつつあることを実感でき、感慨深いものがあった。
 また、本大会の直前に、アーロン・ベックが、医学界のノーベル賞といわれるラスカー賞を受賞したニュースが広がり、本大会でも話題になった。

 今回の大会は、研究発表だけでなく、学会役員としてのいろいろな責務をかかえての参加であった。

 第1は、D・M・クラークと会って、来日の打ち合わせをすることである。2006年11月には、東京大学駒場キャンパスで日本認知療法学会が開かれ、丹野が会長をつとめ、石垣琢麿先生は事務局長をつとめる。この学会にD・M・クラークを招待している。2ヶ月前のこの学会に、D・M・クラークが参加することがわかっていたので、来日の打ち合わせをしたのである。クラークは、この大会でワークショップを開いていたが、そこに佐々木淳さんも参加していた。そこで、ワークショップ終了後に、佐々木さんを仲介に、丹野と石垣先生は、クラークと会った。あらかじめ日本から買っていったおみやげ(クラークの息子のための新幹線の模型と京都の絵はがき)を渡した。そして、来日時の講演とワークショップの内容やタイトルについて、また来日時の宿泊などについて打ち合わせをした。大物を日本に招待するためには、いろいろと気を遣うが、事前に打ち合わせができれば、双方とも安心する。大きな使命を果たしてホッとした。

 第2は、エイドリアン・ウェルズと会って、2007年9月の日本心理学会に招待することであった。2007年の日本心理学会は東洋大学において開かれることになった。会長の安藤先生と相談して、臨床心理学からマンチェスター大学のウェルズを招待することになった。調べてみると、ウェルズもこのパリEABCTに出席することがわかった。そこで、この大会を利用して、ウェルズと会って、来日を交渉したのである。9月21日に、会場でウェルズを見つけて、来日の交渉をした。「即答はできないが、日程を合わせる」という返事であり、手応えがあった。パリから帰ってウェルズにメールをすると、12月23日に承諾のメールが来た。ウェルズに来日を招待するのは4回目である。4度目の正直で、来日が果たせたことになる。これも大きな使命を果たしたことになる。

 第3は、ペンシルバニア州立大学のトーマス・ボーコベックと会って、11月のペンシルバニア州立大学訪問についての打ち合わせをすることであった。丹野は、東京大学駒場キャンパスの教養教育開発機構の仕事で、11月にペンシルバニア州立大学を訪問する予定であった。この大学のトーマス・ボーコベックは、認知行動療法においては世界的に有名である。そこで、大学訪問時には、ぜひボーコベックの研究室を訪れたいと思っていた。調べてみると、ボーコベックもこのパリEABCTに出席することがわかった。そこで、この大会を利用して、ボーコベックと会って、訪問のあいさつをしたのである。ボーコベックは、この大会でワークショップを開いていたが、その後に行って、あいさつをした。日本から買っていったブックマークのおみやげを渡した。ボーコベックの弟子のストーバー氏(イギリスのケント大学講師)が、あらかじめメールで、連絡しておいてくれたので、スムースに話が通った。ボーコベックは、ひげの老人で、腰の低い気さくな人柄であった。ワークショップ直後ということもあったのかもしれないが、すごくいい人であった。アメリカ人らしい尊大なところが全然ないので驚いた。(11月のペンシルバニア州立大学訪問は楽しみにしていたのだが、その後、認知療法学会の疲れや母親の葬儀などが重なり、椎間板ヘルニアを発症し、訪問できなくなったのは残念であった。)

 第4は、2007年にバルセロナで開かれる世界行動療法認知療法会議(WCBCT2007)の準備をすることであった。11月の日本認知療法学会で、WCBCT2007のポスターを貼って、パンフレットを配る予定であったので、そのポスターやパンフレットを手に入れる必要があった。パリEABCTには、WCBCT2007の事務局長のフィリップ・タタも参加することがわかっていたので、タタと会って、ポスターやパンフレットの送付を頼んだ。パリ大会には、WCBCT2007のブースが作られており、そこにタタがいた。タタは、財政的にもバルセロナ大会に多くの日本人が参加することを期待しており、偶然、11月に日本を旅行することになっていたので、話が早かった。実際、その後、11月の日本認知療法学会には、ポスターやパンフレットが大量に送られてきて、会場で配布した。(こうした努力が実って、日本から150名のバルセロナ大会参加者があったことはうれしい)。
 また、バルセロナ大会で丹野研から出すシンポジウムについて、指定討論者のガレティ(ロンドン大学教授)と打ち合わせをしようと思っていたが、ガレティは参加していなかった。


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