認知行動療法を学ぼう世界の大学と病院を歩く丹野研究室の紹介駒場の授業
home世界の大学と病院を歩く2014年国際認知療法会議(ICCP)香港

◆2014年国際認知療法会議(ICCP)香港 丹野義彦

 2014年に中国の香港で開かれた国際認知療法会議(ICCP2014)に出席した。この学会の東アジア圏で初めての開催であったが、認知行動療法はアジアにも確実に浸透していることを感じさせた大会であった。日本からは約100名が参加していた。大会の様子を報告したい。

1.どんな学会が、いつ、どこで開かれるか。
学会:国際認知療法会議(International Congress of Cognitive Psychotherapy:ICCP)
会期:2014年6月24日~6月27日
会場:中国の香港 香港コンベンション・エキシビション・センター

 大会長は、中国認知行動療法学会(Chinese Association of Cognitive Behaviour Therapy: CACBT)の議長チー・ウィン・ウォンChee Wing Wong氏である。
 大会のテーマは「ニューフロンティアズ」である。アジアへの認知行動療法の普及を、アメリカ開拓時代の西進に喩えたものであろう。
 ICCPは、これまでヨーロッパまたはその周辺国で開かれることが多かったが、今回の香港大会は東アジアでは初めてのことである。「認知行動療法は欧米文化」と言われたのは昔のことであり、アジアにも着実に浸透しつつあることを示している。
 大会長のウォン氏は、香港のカイチュン病院の主任臨床心理士で、香港中文大学の助教授も兼務している。香港・中国の認知行動療法の中心人物である。丹野がウォン氏と知り合ったのは、2001年のことで、ロンドン大学の精神医学研究所に留学した時である。ウォンも精神医学研究所に来ていて、知り合ったのである。丹野は、臨床心理学のカイパース教授が主催する認知行動療法のスーパービジョンの会に出ていた。この会にたまたまウォン博士も来ていて、会が終わってから食堂で長話をした。ウォン博士は、香港出身で、25年前に精神医学研究所に2年ほど留学し、行動療法のトレーニングを受けた。アイゼンクにも直接学んだという。当時の精神医学研究所には、ラックマンやホジスンがいたという。ウォン博士との話から、香港の認知行動療法が非常に進んでいることを知った。ウォン博士が議長となって、2005年に中国認知行動療法学会(CACBT)を作った。また、2000年から今まで毎年、中国の各地を回って認知行動療法のワークショップを開いて、普及に勤めているという。まさに認知行動療法の伝道師である。2006年ACBTC香港大会、2008年ICCPローマ大会や、2011年ACBTCソウル大会など、毎年のようにどこかの国際学会でこの先生とお会いする。

2.どんな領域の研究者が参加するか、どんな雰囲気の学会か。
 ICCPは、アーロン・ベックが中心となって作られた認知行動療法に関する国際学会である。現在は、ラタ・マッギン(ニューヨークのイェシーヴァ大学)が会長をつとめている。以前の会長には、キース・ドブソン、ポール・サルコフスキス、アーサー・フリーマン、ロバート・リーヒーがいる。
 認知行動療法や治療についての臨床研究が主体であるが、基礎的な研究や認知心理学的な発表も多い。

3.学会の規模はどれくらいか。 何人くらい参加するか。
 ICCPの目的は、認知行動療法の最先端の研究発表の場というよりは、西欧や北米で発展した認知行動療法を、西欧以外のヨーロッパやその周辺地域に普及させることを主眼としているようだ。今回のICCPは、中国への普及のターニング・ポイントになるのだろう。
 大会の出席者は500人くらいである。
 大会プログラムによると、世界35カ国の人々が参加していた。
 地元の香港や中国本土、台湾はもとより、シンガポール、オーストラリアなどのオセアニア地方、アメリカ、ヨーロッパ各国(イタリア、スペイン、ルーマニアなど)、中東の国(イラン、クウェート、サウジアラビア)の人々が多く参加していた。中国以外では、日本とスペインが最も多く、次に韓国からの参加が多かった。
 口頭発表やポスター発表は世界各地からのものがあるが、シンポジウムやワークショップや講演などは、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの英語圏の人たちで占められる。

国別発表数
 口頭発表とポスター発表の国別数(第1著者の国籍)は、以下のようであった。

 

 

206本中

香港

34

16.5

中国本土

17

 8.2

日本

29

14.0

スペイン

29

14.0

韓国

14

 6.8

アメリカ 

12

 5.8

オーストラリア

10

 4.9

台湾

5

 2.4

カナダ 

5

 2.4

イギリス

5

 2.4

ルーマニア

4

 1.9

オランダ

4

 1.9

ブラジル

4

 1.9

3本を発表していた国 
  シンガポール、メキシコ、イタリア、イラン
2本を発表していた国 
  スウェーデン、トルコ、クウェート
1本を発表していた国 
  タイ、マレーシア、フランス、ノルウェー、サウジアラビア、イスラエル、エジプト


4.どんな学術プログラムがあるか。
(1)プログラムの概要

 学術プログラムは、ワークショップ25本(前日14本、大会中9本、マスター・クリニシャン・コース5本)、基調講演は15本、シンポジウムは14本、口頭発表133本、ポスター発表116本であった。
 この学会としては通常通りの校正である。シンポジウムはやや少ないが、ワークショップが多めであり、認知行動療法のスキルの普及に力を入れていることがわかる。

(2)開会式
 開会式は6月24日18:30から開かれた。
 式では、アーロン・ベックのスピーチが放映された。娘のジュディス・ベックがあいさつをして、ベックのスピーチのシーンが流された。7月19日に93歳の誕生日を迎えるベックは、外見は以前とは違ってきたが、話し方はずいぶんしっかりしていた。
 なお、最近のベックのワークショップの映像は、ベック研究所からYouTubeで公開されている。

(3)ワークショップ
 大会初日の一日ワークショップは、以下の14本である。ほとんどがアメリカやヨーロッパやオーストラリアで活躍する認知行動療法家である。
D・A・クラーク David A. CLARK: Targeted Cognitive Behavioral Interventions for Obsessions, Rumination, Worry and Other Highly Toxic Anxious Intrusions
ベネット-レヴィJames BENNETT-LEVY: Integrating Imagery-based Interventions into your Cognitive BehavioralTherapy (CBT) Practice
リーヒー Robert LEAHY: Emotional Schemas and Cognitive Therapy
ジュディス・ベック Judith BECK: A Cognitive Behavioral Approach to Weight Loss and Maintenance
ランダムスキー Adam RADOMSKY: Cognitive Therapy for OCD: Beyond Exposure and Response Prevention
ボーゲルズ Susan BÖGELS: MY Minds: Mindfulness Training for Children with ADHD and Their Parents
ハルフォード Kim HALFORD: Couple Therapy for Psychological Disorders
シャフラン Roz SHAFRAN: Cognitive-behavior Therapy for Clinical Perfectionism
ハーヴェイ Allison HARVEY: Cognitive Behavior Therapy for Transdiagnostic Sleep Problems in ClinicalPractice: Basics & Beyond
パーソンズ Jacqueline PERSONS: The Case Formulation Approach to Cognitive-behavior Therapy
ウェイツ John WEISZ: Transdiagnostic Treatment for Children and Adolescents: Integrating EvidencebasedPractice for Anxiety, Depression, and Conduct Problems
ドブソン Keith DOBSON: Cognitive Therapy for Depression: Strategies to Maximize Treatment Success
アーンツ Arnoud ARNTZ: Schema Therapy for Borderline Personality Disorders
チャン Calais CHAN: Effective Application of Principles and Techniques in Cognitive Behaviour Therapy
 ワークショップへの参加料は140米ドルである(非会員、当日参加)。

(3)印象に残ったプログラム
 北京大学精神衛生研究所のXin Yu氏の講演「中国の心理療法:心を癒すのか、魂を癒すのか」が面白かった。中国の精神医学と心理療法の歴史を紹介したものであった。概要は以下のようである。
 中国初の精神病院は、1898年に精神科医Jonh Kerrによって作られたゴン・ジョン病院で今もある。
 共産主義時代に入ると、パヴロフの条件づけ理論は奨励されたが、フロイトの精神分析は批判された。精神分析学者で北京大学教授だった鈡反彬は大学を追われた。1966~76年の文化大革命時代には、毛沢東の思想が万能薬(Panacea)となり、精神分析への弾圧は強くなった。精神分析学者のXu Yingkiiは1966年に自殺した。
 文化大革命が終わった1980年頃からやっと心理療法が入ってきた。中国の心理療法の歴史は30年でしかない。精神科医の訓練システムもできて、1988年には精神分析療法の中国とドイツの合同シンポがあった。現在の中国でどの学派がさかんか調査があった。2012~13年の精神科医への調査によると以下の結果だという。

認知療法

24.0%

行動療法

15.4%

精神分析

11.9%

認知行動療法

6.3%

 今は、心理療法で金もうけする時代となり、心理コンサルティングや各派の研修がさかんとなっている。学会のホームページの写真を多数紹介していた。精神分析も人々に広がっている。心理療法が中国で求められる理由は、①宗教的であり、②所属感を高め、③自己価値を高めてくれるからだという。


5.有名な研究者でどんな人が参加するか。
 この大会の科学委員(Scientific Committee)の委員長はラピー(オーストラリア)である。委員は、ドブソン(カナダ)、マッギン(アメリカ)、カレー・チャン(香港)といった人たちである。
 ほかに、大会に参加していたアメリカ人としては、ジュディス・ベック、リーヒー、パーソンズ、ウェイツなどがいた。イギリスからはシャフランやハーヴェイが参加していた。彼らはこの大会の常連である。丹野がよく知っているイギリスの人たちはほとんど見かけなかった。

6.日本から誰が参加していたか。
 日本からの演題の発表は、29題であった。国別の発表数で見ると、香港に次いで第2位であり、スペインと並ぶ。
 発表していたのは、千葉大学、北海道医療大学、北海道大学、琉球大学、筑波大学などのグループが目立った。
 日本からの参加者は、約100名である。
 丹野が著者となった発表は以下の2本である。
Nakajima, M., Oguchi,T. & Tanno,Y.:
Self-Reflection Improves Sensitivities Not Only to Internal Informations But Also to External Informations.
Abstract of the 8th International Congress of Cognitive Psychotherapy, Hong Kong, p. 263. 2014.

Hasegawa, A., Yoshida, T., Hattori, Y., Nishimura,H., Morimoto, H. & Tanno,Y.:
The Japanese Version of the Social Problem-Solving Inventory-Revised Short-Form: An Initial Validation Study.
Abstract of the 8th International Congress of Cognitive Psychotherapy, Hong Kong, p. 262. 2014.


7.発表申し込みの〆切はいつか、大会参加費はいくらか。

 ポスター発表などのアブストラクトの〆切は 2014年3月14日である。
 参加費は、会員が660米ドル、非会員が770米ドル、学生会員が440米ドルである。

8.これまでの開催地と次回の開催地はどこか。
 第1回は1986年にウメオ(スウェーデン)で開かれた。
 第2回は1989年にオクスフォード(イギリス)で開かれた。
 第3回は1992年にトロント(カナダ)で開かれた。
 1995年からは、世界行動療法認知療法会議(WCBCT)と合体して、デンマークのコペンハーゲン(1995年),メキシコのアカプルコ(1998年),カナダのバンクーバー(2001年)、日本の神戸(2004年)、スペインのバルセロナ(2007年)、アメリカのボストン(2010年)、ペルーのリマ(2013年)で開かれた。
 WCBCTと合体してからも、独自の大会を不定期に開いている。
 2000年 カターニア(イタリア)
 2005年 ヨーテボリ(スウェーデン)
 2008年 ローマ(イタリア)
 2011年 イスタンブール(トルコ)
 2014年 香港(中国)
 次回は、2017年7月にクルジュ=ナポカ(ルーマニア)で開かれる予定である。

9.学会や大学や旅行で気がついたこと、その他
・会議となった香港コンベンション・エキシビション・センターは、すぐ前がヴィクトリア・ハーバーであり、対岸にはカオルーン半島が見渡せる絶景の地にある。
・国際学会の昼食は、いつもはランチボックスが配られるのがふつうだが、今回は、建物内のレストランに行って食べるものであった。高級レストランなので、けっこうおいしかった。10人くらいの丸テーブルに座って、コース料理を食べる。毎回、両側が知らない人と座る。デンマークのコペンハーゲンで開業している精神科医の先生がいた。また、ホンコンのソーシャルワーカーの人たちと話した。香港は地震がないとか、香港の地下鉄に対しては、市民は不満が多いとか、そんな話をしていた。
 また、韓国ソウルの高麗大学Korea Universityの臨床心理士の准教授Kee-Hong Choi先生とも隣りになった。精神病の研究が専門とのこと。名刺を交換したら、その日の夜に、Choi先生から、同じpsychosisの研究者なのでこれからもコンタクトをとろうとメールが来た。

ページのトップへ戻る