認知行動療法を学ぼう世界の大学と病院を歩く丹野研究室の紹介駒場の授業
home世界の大学と病院を歩く2015年アジア認知行動療法会議(ACBTC) 南京

◆2015年アジア認知行動療法会議(ACBTC) 南京 丹野義彦

 2015年に中国の南京で開かれた第5回アジア認知行動療法会議(ACBTC)に出席した。大会の様子を報告したい。

1.どんな学会が、いつ、どこで開かれたか。
アジア認知行動療法会議 Asian Cognitive Behaviour Therapy Conference(ACBTC)
日時:2015年5月15日~17日
場所:南京 江蘇省会議中心、鈡山賓館 (Jiangsu Conference Center, Zhongshan Hotel)


2.どんな領域の研究者が参加するか、どんな雰囲気の学会か。
 アジアに認知行動療法を普及させることを目的として2006年から開かれるようになったのがアジア認知行動療法会議であり、2~3年に1度の間隔で開かれる。
 第1回は、2006年にも香港中文大学のキャサリーン・タン教授(Catherine Tang)が中心となって、香港で開かれた。大会のスローガンは「エビデンスにもとづくアセスメント・理論・治療」であった。
 第2回は2008年10月に、タイのチュラロンコーン大学で開かれた。しかし、この時はたまたまタイが政情不安となり、残念ながら、日本からの参加者の多くが出席をキャンセルした。
 第3回目は、2011年にソウルで開かれた。大会テーマは、「アジア型の認知行動療法理論と実践を求めてSearching For Asian CBT Model of Theory and Practice」であった。
 第4回目は、2013年に東京で開かれた。この大会と第13回日本認知療法学会13回大会と日本行動療法学会第39回大会の3学会合同で、帝京平成大学池袋キャンパスで開催された。大会テーマは「Building a Bridge of Collaboration in CBT」であった。
 第5回目となる今回は、南京で開かれた。中国における開催は、香港に続き2回目となる。大会長は、Nanjing Institude of Neuro-Psychiatryの長宁(Ning Zhang)氏である。Nanjing Medical University,Nanjing Normal University and Nanjing Universityの教授をつとめる精神科医である。今回の大会では、Zhang氏は私財をはたいて開催したとのことである。大会テーマ(会議主題)は「認知行動療法—研究和実践的平衡発展Balance:Evidence-based and practice-based CBT」であった。

3.学会の規模は。 何人くらい参加するか。
 大会参加者は約600名という。第4回中国認知行動療法学会(第四回中国認知行動治療学術年会)とアジア認知行動療法会議の同時開催であった。

国別発表数
 ポスター発表と口頭発表の国別数(第1著者の国籍)は、以下のようであった。

 

ポスター発表

口頭発表

1. 中国

22

15

37

50.7%

2.日本

13

6

19

26.0%

3.韓国

4

2

6

8.2%

4.台湾

2

1

3

4.1%

5.シンガポール

1

2

3

1.1%

6.香港

1

0

1

2.3%

7.イギリス

0

1

1

1.4%

8.マレーシア

0

1

1

1.4%

9.カナダ

0

1

1

1.4%

10.ニュージーランド

0

1

1

1.4%

43

30

73

100.0

 現地の中国からの発表が最も多く37件であり、半数以上を占めた。日本からは19件の発表があり、第2位であった。続いて、韓国6名、台湾3件、シンガポール3件、香港・イギリス・マレーシア・カナダ・ニュージーランドが各1件であった、
 これまでの大会では中国からの発表は1桁であったが、今回は地元でもあり、多くの発表があった。中国における認知行動療法の普及を示すものだろう。ただ、これまでの大会と違って、地元以外の国の参加者が少ない傾向にある。


4.どんなプログラムがあるか、その内容で印象に残ったことは。

4-1.ワークショップ
 ワークショップ(工作坊)は、18本行われた。
 一日ワークショップ(5月16日)は以下の通りである。
①シャン・ウィ(オーストラリア)
集団認知行動療法
②キース・ドブソン(カナダ)
うつ病に対する認知療法
③マイケル・キリオス(オーストラリア)
強迫性障害の診断と治療
④チー・ウィー・ウォン、カレー・チャン(香港)
感情障害に対する通診断的認知行動療法 
⑤ニンギ・シャン(中国)
短期セッションにおける認知行動療法 
⑥ラン・ツァン(中国)
摂食障害に対する認知行動療法
⑦ツォー・ホン・ツー(中国)
アクセプタンス&コミットメント療法(ACT)

 この他に、学会中ワークショップ(短時間)が13本開かれていた。
①William B Stiles, USA
Assimilation of problematic experiences by patients in CBT and other therapies
②Ulrich Schnyder, Switzerland
Brief eclectic psychotherapy for PTSD: An introduction
③David Kingdon, Britain
CBT for psychosis: using an effective intervention
④Peter Rossouw, Australia
Neuro-psychotherapy
⑤Freedom YK Leung, Hong Kong
The Buddhist Cognitive Behavior Therapy for Emotional Disorders
⑥Roda Chen, Taiwan
Group CBT for sexual crime
⑦Huei Chen Ko, Taiwan
Risk assessment and intervention for suicide
⑧Young Hee Choi, South Korea
Schema mode therapy
⑨Ya Lin Zhang, Guo Qiang Wang, Yu Ping Cao, China
Cognitive therapy of Chinese Taoism
⑩Tian Jun Liu, China
Moving to emptiness technique (MET)
⑪Xing Hua Liu, China
Mindfulness training: The way to decrease distress and increase inner peace and wellbeing
⑫Xin Fang, Chun Wang, China
Hypnosis and CBT
⑬Xian Zhang Hu, Chang Hong Wang, Ying Li Zhang, China
Introduction and demonstration of the cognitive-coping therapy for obsessive-compulsive disorder

4-2.招待講演
 10本の招待講演(主題報告Invited keynotes)が行われた。講演をしたのは、キース・ドブソン(カナダ)、デイビッド・キングドン(イギリス)、マイケル・キリオス(オーストラリア)、ウィリアム・スタイルズ(アメリカ)、ウルリッヒ・シュナイダー(スイス)、ツァン・ニン(南京医学大学、南京師範大学、南京大学)などである。
4-3.シンポジウム
 シンポジウムは9本開かれた。ポスター発表の中から、いくつかは口頭発表となり、「シンポジウム」としてくくられていた。

4-4.ポスター発表
 ポスターは、43本が4つのセクションに分けて発表された。これまでの大会よりはだいぶ少ない数であった。
 丹野研究室からは、以下の3題を発表した。
Nishiguchi, Y. & Tanno, Y. Attentional zoom-out in individuals with depressive symptoms. Abstract of the 5th Asian Cognitive Behavior Therapy Conference, Nanjing, p. 155-156, 2015.

Mori, M. & Tanno, Y. Mediating role of decentering in the associations among self-reflection, self-rumination, and depressive symptoms. Abstract of the 5th Asian Cognitive Behavior Therapy Conference, Nanjing, p. 134-136, 2015.

Egawa, I. & Tanno, Y. Trait Self-rumination Reduces the Effect of Reappraisal. Abstract of the 5th Asian Cognitive Behavior Therapy Conference, Nanjing, p. 132-133, 2015.

4-5.懇親会
丹野は参加できなかったが、懇親会では、秦淮河(しんわいが)のボートクルーズがあったという。南京の秦淮河は、南京城内に作られた運河であり、その周辺は色街として有名であった。秦淮河のほとりには、酒楼や遊廓がならび、文人たちは舟を浮かべ、着飾った妓女が音楽を奏でた。こうした華やかな世界であった。詩人杜牧の『秦淮に泊す』をはじめ、数々の中国文学の舞台となってきた。近くには科挙の会場(江南貢院)があり、科挙を終えた学生がくり出す色街でもあった。日本人の作家も秦淮河を尋ねて、小説やエッセイを発表してきた。芥川龍之介の小説『南京の基督』、谷崎潤一郎の紀行文『秦淮の夜』、佐藤春夫のエッセイ『秦淮画舫納涼記』などが有名である。秦淮河(しんわいが)のボートは、「画舫」と呼ばれ、カラフルで派手な装飾をほどことた船である。この中で、歌舞音曲がかなでられ、客たちが楽しんだ。日本の作家の作品にも必ず登場する。


5.有名な研究者でどんな人が参加するか。
カナダのキース・ドブソン、イギリスのデイビッド・キングドンなどがメインゲストであった。それ以外は認知行動療法においてそれほど著名な人たちではない。
 アジアには、各国の団体を束ねる傘団体として「アジア認知行動療法委員会」がある。その委員長は、これまでずっとTian Po Oei氏(Australia)がつとめてきたが、今回からは、委員長はJungHye Kwon氏(韓国)がつとめ、副会長をZhang Ning(中国、今回のアジア認知行動療法会議の大会長)がつとめることになった。


6.日本から誰が参加していたか。
 大会の組織委員として大野裕先生と坂野雄二先生、科学委員として熊野宏昭先生が名前をつらねていた。
 また、日本人のポスター発表と口頭発表数は、前述のように19本であり、主催地の中国を除けばトップであった。早稲田大学の佐々木和義先生と嶋田洋徳先生が発表していた。千葉大学の清水英司先生はシンポジウムを企画した。
 大学別では、早稲田大学、千葉大学などからの参加者が多かった。
 日本からの3名は、この大会からの奨学金を受賞していた。
 また、日本認知療法学会においても、若手研究奨励基金の規定が変わり、今年からアジアの学会にも助成することになり、今回の南京の大会にも2名に援助がなされた。丹野はその責任者として、援助者のポスター発表を見た。
 また、日本認知・行動療法では、10名に援助をおこなった。

7.発表申し込みの〆切はいつか、大会参加費はいくらか。
 ポスター発表などの申し込みの〆切は 2015年1月31日。
 参加費は、外国人は米ドルで支払うことになっていた。カードは使用できず、現金のみ扱っていた。
 参加費(当日)は、学生以外が240米ドル(約28000円)、学生が150米ドル(約18000円)である。
 大会前の予約参加費では、学生以外が190米ドル(約23000円)、学生が120米ドル(約14000円)となる。
 一日ワークショップの参加費は130米ドル(約15000円)である。


8.次回の学会はいつどこで開かれるか。

 次回、第6回アジア認知行動療法会議は、2018年に、バングラディシュのダッカ大学で開かれる未定である。ダッカ大学が主催校である。
ダッカ大学心理学科のホームページを見ると、Md. Shahanur Hossainという助教授が認知行動療法として出ている。

9.中国の認知行動療法について

9-1.中国における認知行動療法の発展と展望

 大会長の長宁(Ning Zhang)氏(Nanjing Medical University,Nanjing Normal University and Nanjing University)は、次のような発表をおこなっていた。
1)現在の状況と問題点
 心理療法の系統的なトレーニングが中国に伝えられたのは1980年代のことであった。2003年には、心理学的カウンセラーの質保証の試験が始まり、2007年には登録システムが作られた。2012年には中国精神衛生法が成立し、2013年に実施された。現在の中国では、質保証にパスして政府の人力資源・社会保障部に登録されている心理学的カウンセラーは60万人にも達する。
 しかし、そのトレーニングは単純で、不十分であり、非系統的である。多くの医療機関は心理療法の専門家を雇っていない。そうした数少ない3000人の常勤の心理療法家のうち、登録しているのは670名にすぎない。また25000人の精神科医のうち、心理療法のトレーニングプログラムを受けたのは2%以下である。論文数でいうと、認知行動療法より精神分析のものが多く、これは世界の趨勢とは逆である。
2)なぜ認知行動療法の発展は中国ではこんなに遅いのか
 それにはいくつかの理由があるだろう。例えば、①導入されて日が浅いこと、②実践家が少ないこと、③公衆からの効果的な要求が少ないこと、④認知行動療法の役割が過大評価されたり過小評価されたりしていること、⑤医療ケアシステムが不十分なこと、⑥料金支払い方法が複雑なこと、⑦スキルが簡単だという誤解、⑧中国の心理療法が自己探求の位相にあること、⑨心理療法という文化があまりないこと、などがあげられる。
3)発展のための方略と展望
 心理療法の需要が増えるにつれて、その効果は認められており、その地位は徐々に固まりつつある。関係する法律や政治も変わりつつある。適切な機関も作られつつある。心理療法家に対する公衆の関心も高まっている。さらに、トレーニングプログラムも急速に発展しつつある。心理療法の発展は軌道に乗ったといえるだろう。
 今後、中国における認知行動療法の理論と実践を発展させるには、トレーニング・プログラムを標準化し、それを公のシステムの中に組み入れ、この分野のコミュニケーションを高めることが大切だろう。

9-2.中国における認知行動療法の研究の発展

 また、Beijing Anding Hospital, Capital Medical Universityの李占江(Zhan Jiang Li)氏は、研究について次のような発表をおこなった。
1)エビデンスに基づく実践の研究
 中国でも認知行動療法の有効性を示す研究が多くおこなわれている。例えば、不安障害、大うつ病、摂食障害、不眠症、統合失調症、心身疾患(糖尿病、高血圧、がん)などについて、有効性が認められている。われわれは、多施設のRCTを中国で初めて行った。統合失調症の患者196例を対象として効果研究をおこなった結果、陽性症状と洞察力と社会機能について、認知行動療法+薬物療法は、認知行動療法+支持的心理療法よりも有効であった。私たちの他の研究によると、大うつ病に対して認知行動療法は有効だった。また、中程度・重度の精神病理に対して、認知行動療法+SSRIは、認知行動療法だけ、または薬物療法だけよりも有効だった。
2)認知行動療法の技法と実施の標準化に関する研究
 この研究は実際の現場で関心が強い。われわれの研究によると、認知行動療法の基本技法(例えばソクラテス式質問、妄想や幻覚への技法)の理解については、職種によって大きく異なっていた。訓練のバックグラウンドが異なるので、こうした違いも出てくるのだろう。
3)認知行動療法の効果をもたらすメカニズム
 認知プロセス(例えば、非機能的態度、認知バイアス、対処スタイル、注意バイアスなど)は、その障害の種類によって、質問紙で測ったり、実験で測ったりさまざまである。大うつ病の患者は、たとえ回復しても、健常者よりも非機能的態度が強い。大うつ病やOCDに対する認知行動療法において、変化をfMRIで測った研究も少ないながら存在する。
 全般性不安障害の患者に対して、認知再評価法をおこなわせると、ERPに変化が見られた。領域均一法(Regional Homogeneity)を開いた研究では、OCDの患者は、前頭葉尾状核において、異常が見られるが、認知行動療法によって症状が改善すると、こうした異常は改善された。また、治療前のOFCにおける領域均一性は、認知行動療法に対する反応性を予測した。認知行動療法の有効性を予測する要因として明らかになったのは、患者の性格特徴、治療への好み、治療者の質保証、障害の精神病理などである。
4)今後の課題
 たしかに中国本土では、認知行動療法の研究は、まだ開始期にすぎない。多施設間のRCTは少ないし、実際の臨床場面で、診断ごとにどのくらいの効果があるのかを調べた研究はない。ほとんどの認知行動療法は、マニュアルなしに行われ、ランダマイゼーションも十分でない。もっと現代的な技法(PET,人工知能、認知神経科学)などを用いた研究が重要である。コンピューターを用いた認知行動療法も、中国では重要になるだろう。

9-3.中国の認知行動療法の発展

 さらに、前回2011年の大会で、ラン・ツァング氏(Lan Zhang, West China Hospital, Sichuan University)が、中国の認知行動療法の発展についてまとめていた。それによると、中国の認知行動療法の歴史は4段階に分けられる。
 第1段階は1978~1986年の開放期である。中国本土は、1966年~77年の文化大革命の間、欧米の思想をシャットアウトした。心理学者という職種もいなかったという。したがって、精神分析学というものも中国には入らなかった。1978年に文化大革命が終わり、海外の文化が入ってくるようになった。欧米から認知行動療法が入ってきた。つまり,精神分析学の時代を飛び越えて、いきなり認知行動療法の時代になった。
 第2段階は1987~2000年の初期発展期である。この時期は、認知行動療法を注意深く慎重に取り入れていた時期である。察するに、当時の中国では、まだ政治的な動向は安定しておらず、西欧の文化に飛びつくことは命がけのことだったのかもしれない。いつまた文化大革命の時代に戻って粛正されてしまうかわからない時代だったからである。
 第3段階は、2000年以降の急速発展期である。自分なりのやり方がわかって、急速に認知行動療法が定着した時期である。2005年には、中国認知行動療法学会(Chinese Association of Cognitive Behaviour Therapy: CACBT)が作られた。その議長となったのは、香港のウォン氏である。
 第4段階として、最近は、東洋的な認知行動療法をめざす動きがあるという。道教(タオイズム)や森田療法との融合をめざす動きがあるという。また、北京の精神科医Zhongは認知洞察療法(Cognitive Insight Therapy)を提案した。これは認知行動療法と精神分析療法の融合であるという。


10.学会や大学や旅行で気がついたこと、その他

中国の一人っ子政策の家族心理学的意味について
 1985年から中国はひとりっ子政策をとり、そろそろ30年がたつ。このため子ども「小皇帝」と言われて甘やかされて育つようになったとよく報道される。知識として知っていたが、確かに中国の街を歩いていると、2人以上の子供を連れた親はいない。子供連れの家族は、父母と子供ひとりの3人家族である。これは少し奇妙な感じがした。
 気がついたのは、ひとりっ子政策のもとでは、「家族」や「親戚」という概念が変化してしまうということだ。兄弟がいないので、子どもは「きょうだい」の体験というものがない。子どもは必ず長子かつ末子である。また、この政策が続けば、「おじ」とか「おば」とか「おい」とか「めい」という概念も存在しなくなる。父母と祖父母という「親族」はいるものの、「親戚」という概念は存在しなくなる。このように中国では、人類史上体験しなかった新しい家族状況を迎えている。こうした国家規模の社会実験によって、家族心理学も書き換えられるのかもしれない。
 ただし、ひとりっ子政策はまだ30年しかたっていないので、家族状況が完全に変わるためにはもっと時間がかかるし、一部の省では2人以上の子を持つことを容認しているようなので、社会全体が変わるわけではないようだが。

ページのトップへ戻る