認知行動療法を学ぼう世界の大学と病院を歩く丹野研究室の紹介駒場の授業
home世界の大学と病院を歩くバンクーバーのWCBCTの報告 石垣琢麿 2001年7月16日~7月23日

◆2016ヨーロッパ認知行動療法学会(EABCT)ストックホルム 
   2016年8月 丹野義彦

 2016年8月にスウェーデンのストックホルムで開かれたヨーロッパ認知行動療法学会(EABCT2016)に参加した。

1.どんな学会が、いつ、どこで開かれるか。
ヨーロッパ認知行動療法学会  European Association of Behavior and Cognitive Therapies (EABCT)
日時:2016年8月31日~9月3日
場所:ストックホルム Stockholm Waterfront Congress Centre


2.どんな領域の研究者が参加するか、どんな雰囲気の学会か。
 ヨーロッパ行動認知療法学会EABCTは、ヨーロッパの38カ国から52の学会が加盟する傘団体である(2013年現在)。1976年にヨーロッパ行動療法学会(EABT)として創立され、1992年に、認知療法が加わって、ヨーロッパ行動認知療法学会(EABCT)と改称した。現在、加盟者数は25,000名に達する。
スウェーデンの認知行動療法の学会
 スウェーデンには、認知行動療法の学会がふたつある。 http://www.sfkbt.se/files/file.php?id=80
 ひとつはスウェーデン行動療法学会(Swedish Association of Behaviour Therapy: SABT)で、これは1971 年にストックホルム大学のSten RönnbergやLars-Göran Östらによって創設され、現在は1000名の会員がいる。
 もうひとつはスウェーデン認知行動療法学会(Swedish Association of Cognitive and Behavioural Therapies : SACBT)で、これは1986年にウメオ大学のCarlo Perris らの精神科医によって創設され、現在は1000名の会員がいる。
(日本でも日本行動療法学会と日本認知療法学会という会員がほぼ同数の学会が並立しているが、スウェーデンでも同じような状況のようである)
 今回のEABCTの大会長はBJÖRN PAXLING(スウェーデン行動療法学会会長、Psykologpartners)であり、副大会長はKRISTOFFER NT MÅNSSON(リンショーピン大学)である。どうやら、大会長BJÖRN PAXLINGは前者SABT、副大会長KRISTOFFER NT MÅNSSONは後者SABCTから出ているようだ。今回のEABCTの準備委員会は2012年に初めて開かれたそうだか、ここで2人は初めて出会ったと言っていた。


3.学会の規模はどれくらいか。 何人くらい参加するか
 この大会では、850名の予約参加者があり、1300名が参加したらしい。
 会場は、Stockholm Waterfront Congress Centre。交通の便はとてもよい。
 地下鉄の出口を出るところに、「I©CBT」やベック達の顔写真、EABCTなどのデザインが飾りつけられていたのには驚いた。このような趣向は始めてである。主催者はいろいろな工夫をして大会を盛り上げていた。
 会場の部屋の名前は、認知行動療法の有名な研究者の名前になっていた。アーロン(ベック)、デイビッド(クラーク)、クリスティン(パデスキー)、エドナ(フォア)などである。

4.どんな学術プログラムがあるか。

 この学会の発表数は、一日ワークショップ13本、大会中のワークショップ30本、招待キーノート講演16本、シンポジウム73本、口頭発表96本、ポスター218本であった。
 初日(8月31日)は、臨床ワークショップの日である。13本の8時間ワークショップが開かれた。講師はヨーロッパとアメリカの第一線の認知行動療法家である。後述のように、イギリス5名、スウェーデン3名、アメリカ2名、オランダ2名、ドイツ1名である。

開会式
 初日の夜にオープニング・セレモニーが開かれた。無料だが、ウェブでの予約が必要。
 この開会式には少し感動した。これまで参加した国際学会のオープニング・セレモニーで、最も面白かった。工夫している。時間と金をかけて作っている。シロウトではここまでできるはずがなく、プロの演出家が関わっている気がした。
 はじめに、前述の大会長BJÖRN PAXLINGと副大会長KRISTOFFER NT MÅNSSON(リンショーピン大学)が挨拶した。
 学会の大会長とは60代の高齢者がふつうだが、ふたりはとても若くて、才気にあふれ、掛け合い漫才のようだった。
 次にEABCTの会長THOMAS KALPAKOGLOU(ギリシャ)が挨拶し、「認知療法の起源は誰か」と問い、ベックやクラークだとするのかと思いきや、古代ギリシャ時代にさかのぼり、「哲学者エピクテトスが認知療法の起源である」と述べて、ギリシャのニコポリスの映像を流した。ギリシャ人らしいスピーチであった。
 次にエミリー・ホームズ(カロリンスカ研究所教授)がスピーチをした。時間をかけてよく準備したスライド発表で会場を楽しませた。ストックホルム出身のABBAの歌詞を出して、「ABBAはサイコセラビストだ」と言ったりして、会場から受けていた(ストックホルムにはABBA博物館がある)。また、今回のEABCTのポスターのデザインがよくないと言って笑わせていた。
 最後にスウェーデンのサーカスチームCirkus Cirkörのアクロバットショーがあった(写真撮影不可)。男女5人の若者のチーム。1人の女性はロープ、2人の男性が大輪とシーソー、1人の女性が太輪のアクロバットを見せた。彼らは観客をずっとにらみながら演技し、観客の感情をゆさぶるようにしていた。5人目の男性は、ボーカルと音楽担当で、たくさんの楽器を弾きながら歌っていた。演技が終ると、観客はスタンディング・オベーションとなった。
 終って、レセプションとなり、ワインとスナックが出された。

ジュディス・ベックのキーノート講演
 4日目にはジュディス・ベックが「アーロン・ベックの個人史と認知療法」というキーノート講演をおこなった。95歳になった父アーロン・ベックの研究史・臨床史をまとめていた。かなり詳しく、ベックの自伝的な話をした。2000年以降も80歳をすぎてからも200本以上の論文を発表している。95歳になった2016年にも論文を大学しているのには驚いた。最後にベックの大家族の集合写真が出た。学問的な成功は良しとしても、あまりにサクセスストーリーすぎる個人生活まで話すのは少し興ざめ。
パネルディスカッション
 セラピストの能力とマニュアルの使用について。


5.有名な研究者でどんな人が参加するか。
 初日は、以下の13本の8時間ワークショップが開かれた。ヨーロッパとアメリカから第一線の認知行動療法家を招いて、本格的なワークショップをおこなっている。これらの講師は、ほとんど招待講演をおこなっていた。
1. デイビッド・M・クラーク(オクスフォード大学) Professor David M Clark
社交不安症に対する認知療法アップデート
An Update on Cognitive Therapy for Social Anxiety Disorder in Adults and Adolescents
2. ラース・ゲーレン・エスト(ストックホルム大学)Professor Lars-Göran Öst
限局性恐怖症に対する1セッション治療
itle: One-session treatment of specific phobias
3. エミリー・ホームズ(カロリンスカ研究所)Professor Emily A. Holmes
心的イメージ;認知科学と認知療法
MENTAL IMAGERY: Cognitive Science and Cognitive Therapy
4. ジョアン・ダール(ウプサラ大学)Professor JoAnne Dahl
人種的偏見に対する介入:共感と心理学的柔軟性を高めるための視点取得法
Workshop on the prevention of prejudice: Using Perspective taking to develop empathy and psychological flexibility
5. ジュデイス・ベック(ベック認知行動療法研究所)Associate Professor Judith Beck
パーソナリティ障害に対する認知療法
Cognitive Therapy for Personality Disorders
6. エドワード・ワトキンス(エクセター大学)Professor Edward Watkins
うつと不安に対する反芻焦点型認知行動療法
Rumination-focused CBT as a transdiagnostic treatment for depression and anxiety
7.パトリシア・ヴァン・オッペン(アムステルダム自由大学Vrije Universiteit Amsterdam:VU)
Professor Patricia van Oppen
慢性うつ病に対するCBASP(認知行動分析システム精神療法)
Cognitive Behavioral Analysis System of Psychotherapy (CBASP) for the treatment of chronic depression.
8. ロズ・シャフラン(ロンドン大学UCL臨床完全主義研究所) Professor Roz Shafran
臨床完全主義に対する認知行動療法
Cognitive-Behavioural Treatment of Clinical Perfectionism
9. アン・マリー・アルバノ(コロンビア大学医学センター)Associate Professor Anne Marie Albano
思春期と成人初期における不安:体験率、 症状、認知行動療法
Anxiety in Adolescents and Emerging Adults: Prevalence, phenomenology, and a developmental CBT treatment model
10. ランス・マックラッケン(ロンドン大学キングス・カレッジ) Professor Lance M. McCracken
慢性疼痛に対するACT
ACT, psychological flexibility, and chronic pain: A short practical workshop
11.ステファン・バートン(ニューキャッスル大学) Dr Stephen Barton
認知行動療法スーパービジョンのニューキャッスル・モデル
The Newcastle Model of CBT Supervision: Integrating Practical Skills with a Conceptual Framework
12. スーザン・ベーゲルス(アムステルダム大学) Professor Susan Bögels
マインドフル・ベアレンティング
Mindful Parenting in mental health care and “preventive” settings
13. クリストファー・ルーズ(ハインリッヒ・ハイネ大学)Professor Christof Loose
子ども・思春期・親のためのスキーマ療法
Schematherapy for Children, Adolescents, and Parents


6.日本から誰が参加していたか。

 日本からは18件の発表があった。うち17件はポスター発表で、1件は口頭発表であった。
 内訳は千葉大学3件、早稲田大学2件、筑波大学2件、専修大学2件、鳥取大学2件、桜美林大学1件、琉球大学1件などである。特定の大学に集中するわけではなく、たくさんの大学から発表があった。
 千葉大の清水栄司先生のグループといっしょになった。千葉大学からは中川彰子先生、早稲田大学からは鈴木伸一先生のグループが参加していた。日本人の参加は約30名だろう。


7.発表申し込みの〆切はいつか、大会参加費はいくらか。
 ポスター発表などのアブストラクトの〆切は 2016年4月28日である。
 参加費は、会員が620ユーロ、非会員が720ユーロ、学生会員が380ユーロである。


8.これまでの開催地と次回の開催地はどこか。
 EABCTについては、2002年のマーストリヒト大会から初めて参加して以来、6回目の参加である(2006年のパリ大会、2007年のバルセロナ大会、2008年のヘルシンキ大会、2013年のマラケシュ大会)。毎回、ヨーロッパの知人と再会できるのはうれしいことである。
 この学会の最近の開催地は以下の通りである。
2001年 トルコのイスタンブール
2002年 オランダのマーストリヒト
2003年 チェコのプラハ 
2004年 イギリスのマンチェスター(BABCPとの共同開催)
2005年 ギリシアのテッサロニキ
2006年 フランスのパリ
2007年 スペインのバルセロナ(WCBCTと共同開催)
2008年 フィンランドのヘルシンキ(2008年9月10-13日)
2009年 クロアチアのドゥブロヴニク(2009年9月16-19日)
2010年 イタリアのミラノ(2010年10月7-10日)
2011年 アイスランドのレイキャビク (2011年8月31日-9月3日)
2012年 スイスのジュネーブ (2012年8月29日-9月1日)
2013年 モロッコのマラケシュ (2013年9月25日-28日)
2014年 オランダのハーグ(2014年9月10日-13日)
2015年 イスラエルのエルサレム(2015年8月31~9月3日)
2016年 スウェーデンのストックホルム (2016年8月31~9月3日)
2017年 トルコのイスタンブール (2017年9月13~16日)
2018年 ブルガリアのソフィア (2018年9月5~8日)

 日本人の参加者は、丹野の知る限りでいうと、マーストリヒト大会(2002年)では3名,プラハ大会(2003年)では10名、マンチェスター大会(2004年)では15名、テッサロニキ大会(2005年)では12名(うち丹野研から8名参加)、パリ大会(2006年)では7名、バルセロナ大会(2007年)では150名、ヘルシンキ大会(2008年)では11名、マラケシュ大会(2013年)では10名、ストックホルム大会(2016年)は30名である。エルサレム大会(2015年)では、治安の関係で参加できなかったのは心残りである。

今回のEABCTは力が入っていた
 これまでにない工夫があった。
コングレス・マガジン
 コングレス・マガジンという冊子が発行されていた。デザインもいい。プロが金をかけて作っている。
 思い出すのは、2004年のWCBCT神戸大会で、丹野研で作ったコングレス・ニューズレターである。会期中の毎日、英語と日本語でニューズレターを作って会場で配付していた。このようなミニコミを、今回は学会できちんと作っていた。
 コングレス・マガジンの中に、1986年のスメオ大会の写真があった。30年前のベックやクラークやパデスキーが写っている。貴重な写真である。
グッズ
 いろいろなグッズが作られて配付されていたのも印象的である。
 「I©CBT」のロゴ入りの水入れがコングレスバッグに入っていた。
 「I©CBT」のロゴのインスタント・タトゥーシールがコングレスバッグに入っていた。同じデザインで「I©CBT Sofia 2018」のバッジも入っていた。
 この大会のゲームが作られ、ダウンロードもできるという。
プロダクション・デザイン
全体にデザインが良い。大会プログラムや抄録集、ホームページなど、いろいろな出版物のデザインが統一されていた。上のグッズの「I©CBT」のロゴもあちこちで利用されていた。おそらく、プロダクション・デザイナーがいて、デザインを統一している気がした。これはシロウトの仕事ではない。プログラムには、アート・ディレクションStaffan Lagar(staffanlagar.se)という名前が出ている。
 ただし、大会ポスターは、首の下から根が出ているデザインであったが、これは評判が良くなかった。オープニングセレモニーで、ホームズも言っていた。
食べ物
 開会式ではワインとスナックが出た。
 コーヒーやランチは大会参加費に含まれていた。冷たいパスタと水。暖かくないのは残念。
 食事のコーナーにはEACBT専用のポップコーンが配られていた。


9.学会や大学や旅行で気がついたこと、その他

ノーベル賞ディナー会場のEABCTディナー

 ストックホルムでの学術大会だけに、ノーベル賞に関連したものがあった。
 大会ディナーは、ストックホルム市庁舎で行われたが、この市庁舎は、毎年のノーベル賞ディナー会場として有名である。大会ディナーは有料で予約が必要であった。

クラークのノーベル・フォーラムでの講演

 8月31日は、オクスフォード大学のデイビッド・クラークが、EABCTに合わせて、「ストックホルム精神医学講演」を行った。この講演は、カロリンスカ研究所のノーベル・フォーラムという建物でおこなわれた。この建物は、毎年のノーベル医学生理学賞の発表がおこなわれ、受賞記念講演が開かれる建物である。
 「ストックホルム精神医学講演」は2009年から毎年おこなわれている連続講演で、今回は心理学者のクラークが選ばれた。タイトルは「効果的な心理療法を発展・普及させる(IAPT 物語)」というものである。IAPTとは、イギリス政府がおこなった「心理療法アクセス改善計画」(Improving Access to Psychological Therapies)のことであり、認知行動療法の普及に革命的な影響を与えた。その中心で仕事をしたクラークは、認知行動療法の英雄のように扱われている。彼らが出版した本" Thrive"を私たちは翻訳している時だったので、大いに理解が深まった。
 なお、クラークのストックホルム精神医学講演はYouTubeで公開されている。
  https://www.youtube.com/ psychiatrylectures

カロリンスカ研究所
 クラークの講演がおこなわれたカロリンスカ研究所は、中央駅から北西に3キロほどのところにあり、バスで15分ほどで行ける。広大な敷地の西側がカロリンスカ研究所で、東側はカロリンスカ病院である。
金色でカロリンスカ研究所と書かれた門を入ると、ノーベル通り(Nobel väg)という道があり、ノーベル通り1番地にノーベル・フォーラムという建物がある。2階建ての建物で、入口は非常に小さいので、まさかここで毎年のノーベル生理医学賞が発表されるとは信じられないほどである。しかし、この建物は、細長い長方形をしていて、奥に回ると意外に大きな建物であることがわかる。ここでクラークの講演が行われた。
 ちなみに、ノーベル通り9番地は、臨床神経科学科であり、ここに心理学科Division of psychologyがある。カロリンスカ研究所にも心理学者が研究している。
 ノーベル通りには、アウラ・メディカ(医学講堂)があり、ここにも1000人の入る講堂があり、ノーベル賞の講演がおこなわれることがある。
 その隣は、建築中のバイオメディクムの実験室ビルであり、カロリンスカ病院と渡り廊下で結ばれるようだ。ノーベル通りの終点にはサイエンスパークとなっていて、アルファ、ベータ、ガンマという3つのビルが建っている。また、研究所内のRetzins通りには日本学術振興会のオフィスがある。ノーベル賞対策なのだろうか。
 ノーベル生理学医学賞はカロリンスカ研究所のノーベルフォーラムで発表されるが、ノーベル文学賞はスウェーデン・アカデミーでおこなわれ、ノーベル物理学賞、化学賞、経済学賞は、スウェーデン科学アカデミーでおこなわれる。スウェーデン科学アカデミーは、ストックホルム大学のすくそばにある。ノーベル平和賞はスウェーデンではなく、ノルウェー国会で発表される。

大隅良典先生のノーベル医学生理学賞

 ストックホルムから帰国して、1ヶ月後の10月3日には、大隅良典先生のノーベル医学生理学賞の受賞が伝えられた。発表会場であるカロリンスカ研究所のノーベル・フォーラム内の映像が何度も流れた。
 大隅先生は、東京大学教養学部の基礎科学科を卒業された。1988年から東京大学教養学部の助教授となり、1996年に基礎生物学研究所に移られた。ちなみに、丹野が教養学部に赴任したのは1991年で、5年間は教授会の同僚で、同じ委員会の委員だったこともある(当時はヒゲがかっこいいダンディなおじさんという印象であった)。
 大隅先生の受賞理由となったオートファジーの研究は、教養学部時代に始められたものである。
http://bio.c.u-tokyo.ac.jp/file/OHSUMI.pdf

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