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◆2017年国際認知療法会議(ICCP) ルーマニア  丹野義彦


 2017年にルーマニアのクルジュナポカで開かれた第9回国際認知療法会議(ICCP2017)に出席した。大会の様子を報告したい。

1.どんな学会が、いつ、どこで開かれるか。
学会:国際認知療法会議(International Congress of Cognitive Psychotherapy:ICCP)
会期:2017年6月28日~7月1日
会場:クルジュナポカ バベシュ・ボヤイ大学 Babeş-Bolyai University(UBB)

 大会長は、バベシュ・ボヤイ大学教授のダニエル・デイヴィッド氏である。氏はニューヨークのマウント・シナイ・アイカーン医科大学Icahn School of Medicine at Mount Sinaiの非常勤教員であり、ニューヨークのアルバートエリス研究所のスーパーバイザーであり、ベックの認知療法アカデミーのスーパーバイザーの資格も持っている。
 大会のテーマは、「CBTの統合に向けて:科学と実践の連携」というものであった。

2.どんな領域の研究者が参加するか、どんな雰囲気の学会か
 この会議は、国際認知心理療法連合International Association for Cognitive Psychotherapy (IACP)が主催する学会である。IACPは、アーロン・ベックが中心となって作られた認知行動療法に関する国際学会である。現在は、ステファン・ホフマン(ボストン大学)が会長をつとめている。以前の会長には、キース・ドブソン、ポール・サルコフスキス、アーサー・フリーマン、ロバート・リーヒー、ラタ・マッギンがいる。
 認知行動療法や治療についての臨床研究が主体であるが、基礎的な研究や認知心理学的な発表も多い。

3.学会の規模はどれくらいか。 何人くらい参加するか。

 帰国後に参加者にメールの報告があった。それによると、今回のルーマニア大会には、42ヵ国から550名の参加があったという。

国別発表数
 シンポジウムと口頭発表とポスター発表の国別数(第1著者の国籍)は、以下のようであった。

ルーマニア 50
アメリカ  20
ポーランド 13
日本  11
イギリス  11
イタリア 11
トルコ 11
デンマーク 8
クロアチア 5
韓国 4
スウェーデン 4

3本を発表していた国 
セルビア フランス イラン

2本を発表していた国 
カナダ オーストラリア ドイツ ベルギー シンガポール

1本を発表していた国 
スペイン オランダ フィンランド ギリシャ ロシア イスラエル ニュージーランド
台湾 香港   


4.どんな学術プログラムがあるか。
(1)プログラムの概要

 学術プログラムは、ワークショップ26本(前日13本、大会中13本)、基調講演は17本、シンポジウムは14本、口頭発表40本、ポスター発表80本であった。
 この学会としてはやや少ない構成である。ワークショップが多めであり、認知行動療法のスキルの普及に力を入れていることがわかる。

(2)開会式
 開会式は6月28日18:30から、バベシュ・ボヤイ大学の大講堂Auditorium Maximumで開かれた。
 最初に大会長の挨拶で、バベシュ・ボヤイ大学の紹介があった。この大学は、公式に3言語(ルーマニア語、ハンガリー語、ドイツ語)が併用されている。これはこの地、トランシルヴァニア地方の歴史によっている。ハンガリー帝国の一部だったが、ドイツ人の移植も多かった。第一次世界大戦後に、ルーマニア領となった。今でも、この地はハンガリー人とルーマニア人が半分ずつを占めるという状況にある。ルーマニア語とハンガリー語が両方公用語で、さらにドイツ語を話す人も多い。東欧の民族分布は複雑である。
 クルジュ・ナポカは、日本人にはあまりなじみがないが、人口32万人でルーマニア第3の都市である。「クルジュ」とは「丘の間の地」という意味で、「ナポカ」とは「古代ダキア人の城」という意味である。それまではクルジュと呼ばれていたが、1974年に現在のクルジュ=ナポカと改称された。クルジュ・ナポカ市は、それほど大きな都市ではないが、6つの国立大学と4つの私立大学をもつ大学都市である。
 バベシュ・ボヤイ大学は、世界各地から学生が来ており、国際性が売り物である。神学部が4つもあるのが特徴で、この地の宗教性が複雑であることを示している。
 次に、ジュディス・ベックのあいさつで、父アーロン・ベックは、95歳になったという報告だった。
 IACP会長のステファン・ホフマン(ボストン大学)のあいさつであった。会場にいる科学委員をひとりずつ紹介した。
 大会のプログラムとして「心理療法の歴史」のビデオが上映された。フロイトの精神分析療法に始まり、認知行動療法を経てバーチャルリアリティ療法へ。精神分析療法は、この大学の学生が演じていたという。テクノロジーの発展を強調し、ロボットも出てきた。バーチャルリアリティVRやテクノロジーの応用を強調していて、あまり認知行動療法への思い入れはないようだった。
 次に、ルーマニア民族舞踊。10人くらいの民族衣装を着た人たちが、バイオリンの伴奏で歌いながら、20分くらい踊った。
 最後に、レセプションがあり、スウェーデン式のスモ―ガスボードが大量にあり、ワインなど飲み放題だった。食べ物はおいしかったが、後でのどがかわいた。レセプションには、デイビッド・M・クラークも来ていた。

(3)ワークショップ
 大会前日の一日ワークショップは15本、大会期間中のワークショップが15本である。ほとんどがアメリカやヨーロッパで活躍する認知行動療法家である。ジュディス・ベック、スティーヴン・ヘイズ、アーサー・フリーマン、ダニエル・フリーマン、リーヒー、ドブソン、ディギセッペといった人たちである。
 ワークショップへの参加料は140米ドルである(非会員、当日参加)。

(4)印象に残ったプログラム
 デイビッド・M・クラーク(オクスフォード大学教授)のキーノート講演は印象的であった。タイトルは「不安症に対する効果的な心理学的治療法を発展させ普及させる:科学・政治学・経済学」というものであった。「政治学・経済学」という言葉が入っているのは、イギリス政府が2008年におこなった「心理療法アクセス改善計画」(Improving Access to Psychological Therapies)の話をしたからである。この政策は、認知行動療法の普及に革命的な影響を与えた。その中心で仕事をしたクラークは、認知行動療法の英雄のように扱われている。彼らが出版した本『心理療法がひらく未来:エビデンスにもとづく幸福政策』(ちとせプレス、2017年)を私たちは翻訳したばかりであったので、大いに理解が深まった。
 また、ダニエル・フリーマン(オクスフォード大学教授)のキーノート講演「被害妄想からの回復をターゲットにする」も面白かった。フリーマンは、統合失調症への認知行動療法の開発者で、特にバーチャルリアリティを用いた被害妄想の発生と治療を研究している。今回もそうした領域の最新の研究成果を発表していた。ダニエル・フリーマンは、ロンドン大学のフィリッパ・ガレティ教授といっしょに研究していたが、数年前にオクスフォード大学の教授となった。もう15年前のことになるが、ロンドン大学でガレティ教授に世話になったときに、ダニエル・フリーマンにも紹介してもらい、何回か話したことがある。それ以後会っていなかったが、講演後に挨拶したら、覚えていてくれた。
 レイモンド・ディギセッペのキーノート講演「認知行動療法ではすべての思考を等しく扱うわけではない:心理療法ではどの認知をターゲットとすべきだろうか」も面白かった。「熱い認知」と「冷たい認知」に分けると、認知行動療法でターゲットとすべきは前者でる。これについてわかりやすく例をあげて説明していた。認知-感情論について広くレビューしており、勉強になる講演であった。

5.有名な研究者でどんな人が参加するか。
 この大会の科学プログラム委員長(Scientific Program Chair)は、オランダのビム・クイパースである。そのメンバーは、デイビッド・バーロウ、、ジュディス・ベック、ドブソン、デイヴィッド・A・クラーク、ダティリオ、ドブソン、ドライデン、エンメルカンプ、アーサー・フリーマン、リーヒーなどである。彼らはだいたい参加していた。
 今回の大会は、アメリカの認知行動療法関係者が多かった。ルーマニアが会場だが、ヨーロッパ系の認知行動療法関係者はそれほど多くなかったような気がする。これは、大会会長のダニエル・デイヴィッド氏が、アメリカのニューヨークで認知療法を学び、ニューヨークのアルバートエリス研究所などの関係が強いからかもしれない。
 今回のICCPは、9月にスロベニアで行われるヨーロッパ認知行動療法学会(EABCT)と時間的にも場所的にも重なってしまい、両方参加するできる人が少なかったのは残念である。ルーマニアとスロベニアは、国境こそ接していないが、同じ東欧諸国として近い関係にある。実はスロベニアのEABCTのほうは、はじめ東欧ではなく、トルコのイスタンブールで開かれる予定であり、ICCPと重なることはなかった。ところが、トルコがイラク紛争による難民で不安定になってしまったため、急遽、スロベニアで開かれることになってしまった。こうした国際情勢のために、このような残念な結果となってしまった。

6.日本から誰が参加していたか。
 日本からの演題の発表は、11題であった。国別の発表数で見ると、アメリカやポーランドに次いで第4位であり、イギリス・イタリア・トルコと並ぶ。
 目立っていたのは、広島大学のグループと琉球大学のグループがまとまって多くの発表をおこなっていたことであった。また、京都大学の古川壽亮先生と松本昇氏が発表していた。

7.発表申し込みの〆切はいつか、大会参加費はいくらか。
 ポスター発表などのアブストラクトの〆切は 2017年3月である。
 参加費は、会員が400ユーロ、非会員が500ユーロ、学生会員が300ユーロである。

8.これまでの開催地と次回の開催地はどこか。
 1986年に第1回大会がウメオ(スウェーデン)で開かれた。
 1989年に第2回がオクスフォード(イギリス)で開かれた。
 1992年に第3回がトロント(カナダ)で開かれた。
 1995年からは、世界行動療法認知療法会議(WCBCT)と合体して、デンマークのコペンハーゲン(1995年),メキシコのアカプルコ(1998年),カナダのバンクーバー(2001年)、日本の神戸(2004年)、スペインのバルセロナ(2007年)、アメリカのボストン(2010年)、ペルーのリマ(2013年)で開かれた。
 WCBCTと合体してからも、独自の大会を3年に一度開いている。回数は4回に戻った。
 2000年 第4回 カターニア(イタリア)
 2005年 第5回 ヨーテボリ(スウェーデン)
 2008年 第6回 ローマ(イタリア)
 2011年 第7回 イスタンブール(トルコ)
 2014年 第8回 香港(中国)
 2017年 第9回 クルジュ=ナポカ(ルーマニア)
 次回第10回は、2020年7月にローマ(イタリア)で開かれる予定である。

9.学会や大学や旅行で気がついたこと、その他
 スタッフはバベシュ・ボヤイ大学の院生だろうか。黄色いTシャツを着て、みんながんばっていた。
 大会のランチは、立食だが、本格的なビュッフェ形式であった。冷たいものだけではなく、熱かい料理も大量にあった。カツレツとかカレー味のじゃがいもや黄色い米など。
 大学内に、冷たい水のサーバーがあり、夏の暑い時期だっので助かった。
 バベシュ・ボヤイ大学の大学博物館があると聞いたが、見つからなかった。

プログラムに紹介されていた心理学科のアバロン・ビルと植物園
 この大会は、バベシュ・ボヤイ大学のほとんどの建物を使用していた。その中には、心理療法の建物もあった。本会場は街の中心部だが、心理療法のビルは歩いて10分ほどの郊外にある。大会プログラムにも、リラックスのため歩いて散歩してはどうかと勧めていた。そこで、この心理療法のアバロンビルまで散歩してみた。「心理療法と応用メンタルヘルスのための先端研究の国際研究所」という看板がかかっていた。狭い敷地だが、バベシュ・ボヤイ大学の心理学部のキャンパスである。敷地の中にいくつかビルがある。うしろはアバロンビルといって、新しい建物である。「バーチャル応用研究」をしていると書いてある。うしろに塔みたいな建物がある。前は黄色の建物である。敷地の向かいはオンコロジー研究所とその病院になっている。
 アバロンビルの南には植物園がある。この植物園はクルジュ・ナポカの誇りとするらしく、大会のプログラムでも、「リラックスするならココ」と勧めていた。立派な門があり、10レイの入場料を払って中に入った。かなり広いので、中を見ようと思ったら1時間くらいはかかるだろう。時間がなかったので、5分くらいしか見られなかったのは残念だった。


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