認知行動療法を学ぼう世界の大学と病院を歩く丹野研究室の紹介駒場の授業
home世界の大学と病院を歩くロンドン通信 3号

ロンドン通信 3号

第3回 イギリスの臨床心理学と統合失調症

8.イギリスの統合失調症の研究(2002年10月20日)

 今回はいよいよ仕事の話です。イギリスの心理学研究について報告します。

 私の在外研究の課題は、「精神分裂病の臨床心理学研究」というものです。私が渡英する前は「精神分裂病」と呼ばれていました。渡英後の8月に横浜で国際精神医学会が開かれ、その時の日本精神神経学会で、"Schizophrenia"の訳語を、「精神分裂病」から「統合失調症」に変えることが決められました(漱石がお札から消えることになったり、精神分裂病という用語が変わったり、この3ヶ月の間にいろいろな変化がありました。帰るまでには国立大学の法人化も決まるでしょうし、日本は変化のスピードの早い国です。この点、イギリスとは大違い)。統合失調症という用語はまだ耳慣れない用語ですが、呼称変更の趣旨に賛同して、ここではこの用語を使うことにします。

8-1.IOPの統合失調症研究

 IOP(ロンドン大学の精神医学研究所)の最大の課題は、統合失調症の解明です。多くの精神医学者や生物学者が、となりのモーズレイ病院と連携しながら、統合失調症の原因解明と治療法開発にあたっています。IOPの心理学部も、統合失調症を中心課題のひとつとしています。

 IOPの心理学部はアイゼンクが作りました。アイゼンクのパーソナリティの3次元説はご存知の方も多いと思います。①内向外向の次元、②神経症傾向(Neuroticism)の次元、③精神病傾向(Psychoticism)の次元の3つです。このビッグスリーが、のちにビッグファイブに吸収されていくわけです。このうち、②は不安障害の研究からきており、③は精神病の研究からきています。ここにも見られるように、精神病(統合失調症)は、不安障害と並んで、IOP心理学部の中心テーマでした。

 このうち、不安障害については、ラックマン、マークス、グレイなどの研究で有名であり、2000年からは、デイビッド・クラークとサルコフスキスの研究グループがオクスフォードから移ってきて、今後さらに有名になっていくと思います。一方、精神病(統合失調症)については、レフの家族の感情表出(EE)や家族介入法の研究などが有名でしたが、後述のように、1990年代に入って、認知行動療法や、妄想や幻覚の研究が花開きました。最近は、若手研究者もたくさん育っており、IOPで最も期待される領域になっています。

 IOP心理学部で統合失調症の研究をしている教授は3人います。ヘムズレイ教授、カイパース教授、ワイクス教授です。また、IOPと関連してガレティ教授の仕事も有名です。ここでは4人の仕事を紹介します。

8-2.ヘムズレイ教授(Professor David Hemsley)

 今回の在外研究を受け入れていただいたのはヘムズレイ教授です。1970年代から統合失調症の心理学的研究をおこなってきた先生です。統合失調症の認知の障害について、実験心理学の手法を用いて解明をすすめてきました。統合失調症の認知心理学について、多くの論文を書いています。

 理論的なレビュー論文をいくつか書いており、それは世界的に影響力があります。1987年の知覚的統合障害仮説、1994年の抑制系障害説などがあります。妄想の研究に、ベイズ理論を応用したのもヘムズレイです。確率論のベイズ理論にもとづく信念形成モデルを枠組みとし,そこからの逸脱として妄想現象を説明しました(Hemsley & Garety, 1986)。少ない情報から強い確信に至ってしまう判断傾向のことを性急な結論バイアス(jumping to conclusion)と呼びますが、これが妄想を生み出すという仮説です。のちに、これを実験的に確かめる研究もおこなっています。ベイズ課題をおこなうと、妄想性障害をもつ人は、結論にいたるまでのサンプル抽出数が少なく,最初にたてる仮説の確信度が高いという結果が得られます。つまり,少ない情報量から性急に結論を引き出し,自説に対して過剰な確信を持つことが妄想を発生させると考えられます。面白いのは、この結果をベイズ理論からみると,妄想群のほうが「合理的」な判断をしており,逆に,健常群のほうが非合理的で慎重すぎる判断をしているということになることです。ベイズ理論からいうと,むしろ健常者に慎重な判断バイアスがあり,妄想群にはそうした慎重なバイアスがないというのです。うつ病の抑うつリアリズムのような話です。こうしたヘムズレイの仮説から妄想の判断バイアスの研究が始まりました。

 また、最近では、神経心理学に力を入れ、fMRIを使った統合失調症の研究も力を入れています。統合失調症の神経心理学仮説で有名なCrith Frith(ロンドン大学)とも共同研究しているようです。 このように、ヘムズレイ教授は、認知障害の理論を考えてきた理論的な指導者なのですが、また同時に臨床家でもあります。後述のように、毎週ベスレム病院で回診をおこない、モーズレイ病院でクライエントの認知行動療法に当たっています。こうした臨床活動の仲から彼の認知理論が出てきているようです。

 ヘムズレイ教授の指導によって、統合失調症の研究にたずさわる若い研究者が多く育ってきています。次に紹介するガレティ教授、PDIで有名なピーターズ講師の指導教官もヘムズレイ教授でした。彼のグループの若手としては、スティールやクマリなどがいます。
ヘムズレイ教授の写真
★ヘムズレイ教授の写真

8-3.ガレティ教授(Professor Philippa Garety)

 ガレティ教授は、一貫して妄想の臨床心理学研究に取り組んでいます。私がしたいと思っている妄想研究に一番近いのがガレティ教授です。今回の在外研究では、ガレティ教授のグループといっしょに仕事をして、その仕事をよく見て、いろいろと吸収したいと思っています。共同研究などもすすめられればと思っています。

 ガレティ教授の正式の肩書きは、IOPではなく、ロンドン大学キングスカレッジ医学部の臨床心理学教授というものです。IOPにはちょくちょく顔を出して、研究の指導をしています。

 統合失調症という疾患を扱うのではなく、妄想や幻覚という症状を扱う方法のことを「症状中心アプローチ」といいますが、ガレティ教授は、妄想の症状中心アプローチの開拓者です。妄想を記述し、アセスメント法を開発し、発生メカニズムを考え、治療介入をおこなうというスキーマを作りました。妄想の認知行動療法を強力に開発したのもガレティです。ガレティ教授は、もともとはヘムズレイ教授の弟子であり、妄想のベイズ理論を実験的に証明したのもガレティでした。1994年に、それまでの仕事をまとめて、「妄想:妄想的推論の心理学的研究Delusions: Investigations into the psychology of delusional reasoning」という本を書きます(Garety & Hemsley, 1994, Psycholpgy Press)。この本はきわめて大きい影響力を持ち、この本に惹かれて多くの若手心理学者が妄想の科学的研究をはじめました(ピーターズ談)。この本はぜひとも翻訳して日本に紹介したいものです。どなたか出版社の編集部の方がこの文を見て興味を持たれましたら下記までご連絡をいただけると幸いです。

ctan@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

 1999年には、妄想の心理学理論のレビューを書いて、妄想的推論を次の3つの仮説にまとめました(Garety & Freeman, 1999)。①前述のベイズ理論における性急な結論バイアス(jumping to conclusion)、②心の理論の障害(他者の意図を推測する歪みが被害妄想を生じるとする仮説)、③原因帰属バイアス(抑うつのバイアスとは正反対で、ネガティヴな出来事に対しては外的に帰属し、ポジティヴな出来事に対しては内的に帰属しやすい傾向のこと)。

 さらに、最近は、「精神病の陽性症状の多要因理論」という論文を書いて、妄想発生のメカニズムについていろいろな要因をまとめています(Garety, Kuipers, Fowler, Freeman & Bebbington, 2001)。

 ガレティ教授の研究方法は、イギリスの精神病理学の良き特徴であるメカニズム中心の考え方です。もちろん、それは難解な哲学的精神病理学ではなく、心理学研究によって実証も反証も可能な科学的理論です。こうしたメカニズム志向のところは、アメリカの臨床心理学とは一線を画すところであり、私にとっては非常に魅力的です。アメリカの臨床心理学は、治療効果研究一点張りで、極端にいうと、理論はどうでもよくて、治療効果があればよいという考え方です。これに対して、イギリスの臨床心理学は、障害のメカニズムを解明し、それにもとづいて治療を考えていくという考え方が強いのです。精神病理学にもとづいた治療をめざす点が特徴です。われわれにとってはなじみやすい考え方です。統合失調症について、こうしたメカニズム志向の臨床心理学の研究をおこなっている最先端がロンドン大学であり、私が在外研究先にロンドン大学を選んだのはこのためです。

 ガレティ教授は、多くのビッグプロジェクトを動かしています。PRPトライアル(Psychosis Research Project)、LEO(Lambeth Early Onset),OASIS(Outreach And Support In South London)といったものです。とくにPRPトライアルは、統合失調症に対する認知行動療法の効果を調べる研究であり、20人のセラピストが500人のクライエントを2年間に渡ってフォローアップするそうです。イギリス政府は認知行動療法にかなりの研究費を出してバックアップしているようです。こうしたガレティ教授のもとでは多くのリサーチスタッフが働いています。フリーマンなどの若手研究者も育っています。ガレティ教授は、そうした研究のマネジメントが仕事になっているそうで、研究のマネジメントの仕方もよく見てきたいと思っています。

★ガレティ教授の写真
★ガレティ教授の写真

8-4.カイパース教授(Professor Elizabeth Kuipers)

 ワイクス教授は、統合失調症に対する認知リハビリテーションで著名です。とくに、認知的補償療法(Cognitive Remediation Therapy:CRT)は世界的な注目を浴びています。これは、いろいろな心理学的な訓練方法を用いて、統合失調症の認知機能をトレーニングする方法です。きちんとしたマニュアルも作られています。このマニュアルをみると、知覚心理学や認知心理学や神経心理学などで使われている認知課題や図版をうまく利用しており、実験心理学と心理療法のインターフェースをなしています。実際にセラピストが統合失調症のクライエントにCRTを実施しているところも見学させてもらいました。知能テストで用いられている課題も多く見られ、アセスメントとセラピーがうまく結びついた方法だなと思いました。CRTの治療効果はあることが確かめられています(Wykes et al., 1999)。また、fMRIを用いて、CRT後に脳の血流量が増えたといった研究結果も報告しています。CRTの訓練コースも作られています。欧米の認知行動療法は何でもすぐにマニュアルと訓練コースを作って構造化してしまい、何も知らないセラピストを教育する方法を確立するところがすごいです(日本だと「セラピスト10箇条」といった標語を作って、あとは師から弟子への直伝というようなところがあるのでは)。

 ほかにも、統合失調症の幻聴に対する認知行動療法をグループでおこなった研究も有名です。日本では石垣琢麿氏がおこなっていますが、その最初の試みはワイクス教授によるものです。また、お弟子さんのヘイワードといっしょに、統合失調症に対するスティグマ療法というのもおこなっています。これは、社会からの統合失調症に対するスティグマに対して、クライエント自身がそれを否定して、自尊心を高めようとする方法で、認知行動療法のひとつのユニットとして使え、効果もあるということでした。

 以上のような教授のもとに何人かのリサーチスタッフがいて、それぞれが共通した課題にとりくみつつ、各自が自分のテーマを持って研究しているようです。

ページのトップへ戻る

9.イギリスの臨床心理士の実力をみた(2002年10月20日)

  ロビン・マレイ教授の病棟回診

 IOPの精神医学の教授であるロビン・マレイRobin Murray教授の病棟回診に出ました。場所は、ロンドンのベスレム・ロイヤル病院です。

 マレイ教授は、統合失調症の精神医学の研究では、論文生産が世界トップの研究者です。精神医学では世界的に著名な先生です。この回診には、私のお世話になっているヘムスレイ教授とピーターズという臨床心理士も参加しています。このふたりも研究者としては有名であり、ずいぶんハイレベルな回診だなあと思いました。

 回診の方法は日本の病院とそれほどかわりはないようです。病棟管理医、主治医、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、OTといった人が一室に集まって、カルテを検討したり、実際に患者さんと面接して、これからの治療方針を検討していくものです。

 6名ほどの患者についての回診でしたが、その回はすべてschizophreniaという診断でした。

 早口の英語で進んでいくので、半分も聞き取れませんでしたが、それでもこの会議で印象的だったことがあります。それは、医師中心ではありながら、各職種の人が、分業体制をとっていることです。医師は、患者の全体的な管理に責任を持ち、薬物療法と身体面の管理を担当しています。臨床心理士は、患者の心理面の管理を担当しています。ソーシャルワーカーは、職業などの社会的な面を担当します。このようなbio-psycho-socialの分業が成り立っているようでした。

 面白いことに、精神科医の関心は、薬物療法や生物学的研究に移っているため、精神科医は患者の心理にはあまり関心を持たなくなっています。精神病理や心理療法については、臨床心理士に任せて、精神科医は、薬物療法や身体面の管理を重視するという傾向があるようです。

 その分、臨床心理士は、患者の心理面について、全体的な責任を持つようになっています。やるべき仕事もたくさんあります。患者の心理状態を把握する仕事(心理アセスメント)や、患者の病理の理論的に説明する仕事(異常心理学)、心理療法(認知行動療法や家族介入など)などが臨床心理士の仕事となります。

 心理的治療の方針を決める時には医師と対等の立場になります。臨床心理士がかなり発言力があります。具体的な心理療法の方針を決める際には、臨床心理士が主導的な地位にあります。かといって、心理療法が万能であるなどと考えておらず、あくまで、統合失調症の治療は薬物療法が第1選択であることは認めています。びっくりしたのは、臨床心理士側が「この薬の方がよいのでは」などと、薬物療法にまで言及するシーンなどもあったことです。日本では、統合失調症の治療方針について、臨床心理士が口出しすることなどはほとんどありませんし、ましてや日本の臨床心理士は薬物についてほとんど知識がありません。イギリスの臨床心理士の実力を肌で感じました。それもそのはずで、イギリスの臨床心理士には、それだけの実力を持っています。これについては後述します。

 もうひとつ感じたのは、研究と臨床活動がひとつになっていることです。臨床心理士は、患者の心理面の管理を担当するので、患者の心理状態の把握(心理アセスメント)や、患者の病理の理論的説明(異常心理学)がつねに求められます。その際に、心理学的な研究は大きな武器になるようです。研究で使われるアセスメント技法がそのまま臨床場面でも用いられていました。また、被害妄想のメカニズムとか、それによる抑うつか、異常心理学(精神病理学)の理論がそのまま回診でも説明されていました。こうしたことについて、精神科医はほとんど何も言わず、臨床心理士が患者の病理の理論的な説明をしているのです。このように、研究が臨床活動を支えているのです。また、逆に、臨床活動から得られたアイディアが、実験心理学的研究や臨床研究によって実証されることも多いとのことです。ヘムズレイ教授もこの回診では主導的な立場にありますが、ヘムズレイ教授の心理学理論も、こうした臨床活動の仲から生まれてきたのだということがわかります。研究と臨床活動は車の両輪です。研究と臨床活動が密接に結びついているということも、この回診で実感することができました。

★ロビン・マレイ教授の写真
★ロビン・マレイ教授の写真

ページのトップへ戻る

10.統合失調症の治療と研究は、イギリスの臨床心理学の中心課題(2002年10月20日)

 日本では、統合失調症の治療というと,精神科医の仕事であるという先入観があります。統合失調症は生物学的なものなので、臨床心理学の仕事ではないと考えている方も多いかもしれません。このため、日本の臨床心理学では、統合失調症の研究はきわめて低調でした。私が統合失調症の研究を始めたのは1980年頃のことでしたが,統合失調症の心理学研究はほとんどありませんでした。1960年代後半から、反精神医学などの影響もあって、統合失調症の研究はほとんどタブーのようになってしまいました。

 これに対して、欧米では、最近では、統合失調症に対する心理療法や研究は、臨床心理士の手に委ねられています。むしろ、統合失調症の治療や研究は、臨床心理学の中心的な課題であるといっても過言ではありません。こう言っても、日本の臨床心理学の中では、「えー、ホント?」と、信じてもらえないかもしれません。そこで、このことを具体的にお知らせしようと思います。

10-1.心理療法でイニシアチブをとる臨床心理学

 まず、日本では、統合失調症の治療や精神病理学は、精神医学者の仕事になっています。ところが、前述のように、欧米では、精神病理や心理療法については、臨床心理士に任せて、精神科医は、薬物療法や身体面の管理を重視するという傾向にあるようです。医師は身体面、臨床心理士は心理面、ソーシャル・ワーカーは社会面という三者の分業体制となっているのです。だから、臨床心理士は統合失調症の患者の心理面の管理について責任を持ち、たくさんの仕事をするようになっています。患者の心理状態を把握する仕事(心理アセスメント)や、患者の病理の理論的に説明する仕事(異常心理学)、心理療法(認知行動療法や家族介入など)などが臨床心理士の仕事となります。心理的治療の方針を決める時には医師と対等の立場になります。

 このようにイギリスの臨床心理士は元気なのですが、それはカラ元気なのではなくて、そうした活動に耐えられるだけの実力があるからです(ちなみにイギリスでも臨床心理士の8割は女性です)。イギリスでも、1980年ころまでは、現在の日本と同じように、病院の臨床心理士の仕事は、知能検査や人格検査などの心理テストが中心だったといいます。ところが、1980年頃から、認知行動療法や家族介入などの心理学的介入法が確立して、臨床心理士が統合失調症の治療をおこなうようになりました。これがターニングポイントだったようです。認知行動療法や家族介入法といった強力な治療技法を持ったことは、臨床心理士にとって最大の武器となりました。その治療効果も確かめられています。1996年には、イギリス政府の要請を受けて,精神分析学者のRothとFonagyが,さまざまな治療効果研究をレビューし、「どの治療法が誰にきくのか(What Works for Whom)」という報告書を出しました。それによると、統合失調症に対しては、家族介入法と認知行動療法が効果があり、力動的心理療法や一般的なカウンセリングは効果が証明されていないのです。精神分析学者が、統合失調症には効果がないと敗北を認めたわけです。この研究によって、政府が認知行動療法を積極的に後押しするようになりました。このような技法を持っているので、臨床心理士は医師と対等な立場でいられるようです。

10-2.研究でイニシアチブをとる臨床心理学

 また、研究という点からみても、臨床心理士による統合失調症の研究がきわめてさかんです。前述の回診でみたように、臨床心理学の研究が臨床活動を支えているのです。

 イギリスのメンタルヘルス政策は、日本の厚生労働省にあたるNHS(National Health Service:国民健康サービス)が大きな力を持っています。NHSは、統合失調症の研究や、認知行動療法の効果研究などには莫大な研究費を出しています。イギリスの心理学で一番お金持ちは臨床心理学です。ですから、基礎心理学の研究者は、臨床心理学者といっしょに研究をしたがります。こうして、基礎心理学のほうから、臨床心理学へとインターフェースを求めるという驚くべき現象がおこっています。前述のヘムズレイ教授やワイクス教授の研究のように、fMRIを使った臨床心理学研究は当たり前のようになっています。ケンブリッジ大学でも、心の理論と自閉症研究が結びついて大きく発展しました。基礎心理学と臨床心理学のインターフェースがこのような形でおこっています(お金がからむとインターフェースも簡単ですね。イギリスがうらやましい)。日本は逆ですね。今の日本では基礎心理学の方が研究費をたくさん持っていて、臨床心理学は研究費がほとんどありません(今年から、科研費の申請の枠として「臨床心理学」という項目ができましたが、どうなるでしょう)。

 イギリスのNHS(国民健康サービス)は、臨床心理士の役割を高く評価し、後押ししています。したがって,精神科臨床の最大の問題である統合失調症に対する治療は、臨床心理士の中心課題となってきました。イギリスの臨床心理士は長い間ずっと統合失調症に真剣に取り組んできたのです。その中心となったのは、ロンドン大学・マンチェスター大学・バーミンガム大学などの臨床心理学者でした。具体的には、ヘムズリー,ガレティ,タリア、ベンタル,バーチウッド、チャドウィックといった人たちです。

 統合失調症についての心理学的理論も多く提出されています。これは私の『エビデンス臨床心理学』(日本評論社)をごらんくだい。妄想や幻覚の研究は1990年代の心理学で最も発展したホットな領域といわれています。

10-3.日本でどうするか

 日本でも、何とかしなければと思います。日本では統合失調症の臨床心理学研究は非常に少ない状況にあります。こうした危機感から、統合失調症を研究している臨床心理士が集まって、ここ数年いろいろな学会活動をおこなっています。例えば、1999年から毎年、日本心理臨床学会や日本心理学会でシンポジウムやワークショップを継続しています。2001年の日本心理臨床学会(日本大学文理学部)では、バーミンガム大学のバーチウッド教授を呼んで、講演を開くことができました。また、バーチウッド教授には、臨床ワークショップも開いていただいて、それを『認知行動療法の臨床ワークショップ』(丹野義彦編、金子書房編)という本にまとめることもできました。そうした活動の集大成として、東京大学出版会の講座臨床心理学第4巻『異常心理学Ⅱ』の中に、統合失調症(精神分裂病)の臨床をまとめることができました。さらには、日本の統合失調症の臨床心理学研究をまとめて、『統合失調症の臨床心理学』という本を東京大学出版会から出版する予定です(横田正夫・石垣琢麿・丹野義彦編、2003年春刊行予定)。また、2004年7月のWCBCT(国際行動認知療法学会、World Congress of Behavioral and Cognitive Therapies)や、2004年8月のICP(国際心理学会、International Congress of Psychology)で、統合失調症についてのシンポジウムを計画しています。欧米からもどんどん臨床家を呼んで、ワークショップなどを開いていかなければなりません。

 誰かが言っていましたが、認知行動療法は、単なる治療技法ではありません。認知行動療法は、治療技法であり、理論であり、研究の枠組みであり、そのような全体的なシステムをなしているとのことでした。

次号を見る→

ページのトップへ戻る