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ロンドン通信 6号

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  1. 丹野研究室がイギリスにやってきた(2002年11月30日)

15.丹野研究室がイギリスにやってきた(2002年11月30日)

11月には、丹野研の関係者がたくさんイギリスにやって来ました。

 今回の在外研究の目的のひとつは、「丹野研究室を国際化するシステムを考えたい」ということでした。つまり、丹野研究室の大学院生の研究に役立つようにしたいということです。このことは、ロンドン通信の6-4で述べたとおりです。そこで、私がロンドンにいる間に、丹野研の関係者がイギリスに来て、イギリスの研究者と共同研究をしたり、議論したり、臨床ワークショップに出て心理療法の技法をマスターすることを奨励しました。

 その結果、7人の丹野研の関係者がイギリスに来ることになりました。第1陣と第2陣に分かれてやってきて、それぞれ1週間ほど滞在して、研究と研修をしました。

 この研究ツアーの成果は大きいものがありましたので、報告したいと思います。

15-1.イギリスでの研究ツアーの目的

 第1陣は、杉浦義典さん(日本学術振興会特別研究員)と、丹野研の大学院生3人(小堀さん、伊藤さん、下山さん)です。おもに不安について研究しているグループです。IOPのワークショップを中心に、11月3日から約1週間滞在しました。

 第2陣は、石垣琢麿さん(横浜国立大学助教授)と、丹野研の大学院生2人(佐々木さんと山崎さん)です。おもに統合失調症(精神分裂病)について研究しているグループです。11月21日から約1週間滞在しました。

 今回のツアーの目的は、以下の4つです。

目的1:イギリスの研究者と共同研究について打ち合わせをすること

目的2:イギリスの研究者に自分の研究内容をプレゼンテーションして、議論すること

目的3:イギリスの臨床ワークショップに出て心理療法の技法をマスターすること

目的4:イギリスの臨床システムを視察すること

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15-2.ツアーの第1陣

11月4日(月)

 杉浦さんら一行をロンドン大学の精神医学研究所(IOP)に案内し、IOPのセミナーに参加し、Wilson教授の講演をききました(目的4)。このようなセミナーが毎日平均2つぐらいおこなわれているのがIOPです。セミナーの懇親会に、デシルバ先生が出ていたので、杉浦さんとあいさつしました。デシルバ先生は、不安障害の認知行動理論で大きな仕事をした人で、IOPのSenior Lecturerをしています。デシルバ先生の仕事については、私の『エビデンス臨床心理学』の第7章「強迫性障害の認知モデル」をごらんください。デシルバ先生と面識ができたことはたいへんうれしいことです。

11月5日(火)

 杉浦さんら一行と、オクスフォード大学のワーンフォード病院を尋ねました。オクスフォードは、ロンドンから電車で1時間ほどの街です。そこの精神科の臨床心理学者ロズ・シャフラン先生と会いました(目的1と2)。シャフラン先生は、サルコフスキス教授の学生だったそうで、非常に精力的に研究しており、たくさんの論文を書いています。とくに、完全主義の研究で有名です。そこで、完全主義を研究している小堀さんがコンタクトをとって、このミーティングが実現しました。ミーティングには、完全主義について研究しているオクスフォード大学の学生さんも参加しました。まず、小堀さんと杉浦さんが自分の研究をプレゼンテーションしました。パワーポイントの出力を用いて、紙芝居ふうのプレゼンテーションをおこないました。そして、シャフラン先生からコメントを受け、この論文を投稿するにはどの雑誌がよいのかアドバイスをもらいました。インテンシブな議論ができて、大成功でした。

 ワーンフォード病院の廊下には、クラーク、サルコフスキス、エーラーズの3人の写真が飾ってありました。この3人はオクスフォード大学精神科の不安障害研究グループとして、世界的な業績を上げました。3人は、2000年にロンドン大学のIOPの教授となって移ります。この3人とともに、12人の研究チームがオクスフォードからロンドン大学に移ったそうです。この3人は、今や世界の認知行動療法のリーダーとして活躍しています。2日後に、私たち一行は、この3教授にIOPで会うことになります(私は8月にIOPに来たときにサルコフスキス教授の自宅に呼ばれてこの3人にはお会いしているのですが、その時のことはまた別に報告しましょう)。

 イギリスの日は短く、ワーンフォード病院を出たときはすでに暗く、残念ながら、オクスフォードの街を見学することはできませんでした。ですが、オクスフォードからロンドンに帰る電車の窓からずっと花火がみえました。きょうはイギリスの「ガイ・フォークス・デイ」で、花火をあげる日なのだそうです。

11月6日(水)

 サルコフスキス教授を訪問しました(目的1と2)。杉浦さんは、サルコフスキス教授に会うのはすでに3回目です。杉浦さんは、執筆中の英語論文についてコメントを受けました。あらかじめ渡しておいた論文について細かくコメントをいただき、チェックもしてもらいました。また、この論文を投稿するにはどの雑誌がよいのかアドバイスをもらいました。サルコフスキスのような世界的な研究者に論文をチェックしてもらえるのはたいへん幸福なことです。

 このあと小堀さんも、自分の研究をプレゼンテーションし、サルコフスキス教授からコメントを受けました。小堀さんもあらかじめ渡しておいた論文について細かくコメントをいただき、チェックもしてもらいました。また、下山さんと伊藤さんも現在の研究について、サルコフスキス教授から詳しいアドバイスをいただき、多くの資料や論文をもらってきました。

 サルコフスキス教授との議論は、第1陣のハイライトといってよいでしょう。サルコフスキス教授は、2001年に日本に来て講演会やワークショップを開きました。来日したときは、丹野研の全員でおもてなしをしました。その時の写真は、『認知行動療法ワークショップ(丹野編、金子書房)』の148ページにのっています。この写真は、「サルコフスキス@丹野研」のものです。今回は、逆に、丹野研のメンバーがサルコフスキスの研究室を訪れました。この「丹野研@サルコフスキス研」の写真を下に示します。この2枚の写真は対になるものです。

 サルコフスキス教授の仕事については、私の『エビデンス臨床心理学』の第7章「強迫性障害の認知モデル」か、『認知行動療法ワークショップ(丹野編、金子書房)』の第2章の杉浦さんの論文をごらんください。

IOPのサルコフスキス教授の研究室で
★写真1 IOPのサルコフスキス教授の研究室で

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11月7日(木)と8日(金)

 IOPで開かれた臨床ワークショップに参加しました(目的3と4)。このワークショップは、認知行動療法の技法を学ぶための研修会で、前述のクラーク、サルコフスキス、エーラーズたちが開いているものです。この秋に2日間ずつ、5回にわたって開かれました。認知行動療法の技法の具体的な方法と、精神病理学の最前線の知識について、2日間、朝から晩まで缶詰になって勉強します。かなりのおすすめのコースです。

 11月7日と8日は「PTSDの認知行動療法」のワークショップで、クラークとエーラーズの両教授が担当しました(おふたりはご夫婦です)。クラークは、これまで抑うつ、パニック障害、対人恐怖などについての研究で有名ですが、ここ数年はPTSDの研究をしています。クラークの仕事については、私の『エビデンス臨床心理学』の第6章「パニック障害と空間恐怖の認知モデル」と、第8章「対人恐怖の認知モデル」をごらんください。

 また、下山さんは10月31日と11月1日の「健康不安の認知行動療法」のワークショップに出たそうです。こちらはサルコフスキス教授らが担当しました。ワークショップの後で質問をしたら、サルコフスキスは、後日、研究室で時間をとって質問に答えてくれたようです。

 これらの臨床ワークショップの成果については、丹野研ホームページの「ワークショップで認知行動療法を学ぼう」でお知らせしましょう。

 なお、このワークショップには、IOP元教授のラックマン(現在、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学教授)もたまたま参加していました。ラックマンは、IOPにおいてクラークとサルコフスキスの指導教官でした。杉浦さんは、幸運にも、サルコフスキスを通じて、ラックマンに紹介していただいたそうです。また、杉浦さんは、ラックマンとデシルバとサルコフスキスの3人が、IOPのレストランで話しているところを見たそうです。認知行動理論の研究者ならば、このシーンがいかにすごいものか理解できるでしょう。この3人が強迫性障害の認知理論を作ってきたのであり、まさに強迫性障害研究の歴史を見る思いです。ラックマンとデシルバが侵入思考(強迫観念)の研究を確立し、それを強迫性障害に拡張したのがサルコフスキスの仕事です。この歴史については、私の『エビデンス臨床心理学』の第7章「強迫性障害の認知モデル」をごらんください。

11月9日(土)

 フロイト博物館(フロイトがロンドンに亡命していた当時の家がそのまま保存されています)や、イギリスの精神分析学のメッカであるタビストック研究所を見学し、ロンドン大学のUniversity Collegeなども見ました。

 第1陣はこのあと帰国しました。

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15-3.ツアーの第2陣

11月22日(金)

 第2陣がロンドンにやってきました。石垣琢麿さん(横浜国立大学助教授)と大学院生2名です。この日は、横田正夫先生(日本大学教授)もロンドンにやってきました。これはかなり意義のあることです。

 IOPは、統合失調症(精神分裂病)研究の世界的中心のひとつです。これまで述べてきたように、IOPは、統合失調症の精神医学の研究では、論文生産が世界トップです(何とアメリカの国立精神衛生研究所NIMHよりも多いのです!)。また、前述のように、IOPの心理学者は、統合失調症の認知行動療法では世界をリードしています。そのIOPに、横田先生と石垣さんという日本の統合失調症の心理学研究の代表ともいえるおふたりをお迎えしたわけです。私たちは、これまでずっと学会活動や研究活動をいっしょにしてきた同士です。また丹野研のふたりも、これからの統合失調症研究の将来を担う人たちです。さっそく、一行をIOPとモーズレイ病院に案内しました。

 横田先生と石垣さんがロンドンにいらした大きな目的のひとつは、現在編集中である『統合失調症の臨床心理学』という本の編集会議をすることです。2000年には、講座臨床心理学第4巻『異常心理学Ⅱ』(東京大学出版会)の中に、精神分裂病の臨床をまとめることができました。それに続いて、これまでの統合失調症研究をふりかえり、これからの研究を構想していくために、『統合失調症の臨床心理学』を作ることにしました。私たち3人でこの本を作っているのですが、私が在外研究で海外に出たため、作業が遅れてしまいました。そこで、ロンドンに原稿を送ってもらって、3人で編集会議を開いたわけです。この日の夕方、IOPで一室を借りて会議をおこないました。その写真を下に示します。壁に飾ってあるのは、アイゼンクとシャピロの肖像画です。統合失調症研究の世界的中心で開かれた会議はたいへん意義深いものになりました。大げさかもしれませんが、いつか、この「ロンドン会議」が、日本の臨床心理学研究の発展のターニングポイントになったといわれる日が来るでしょう。

IOPで部屋を借りて編集会議
★写真2 IOPで部屋を借りて編集会議(左から石垣さん、横田先生、私)

11月23日(土)

 石垣さんら一行と、ケンブリッジ大学を見学しました。ケンブリッジは、ロンドンから電車で1時間ほどの街です。ケンブリッジ大学で助手をしている筒井健一郎さんを訪ねました。筒井さんは、東京大学の心理学の大学院で石垣さんと同期でした。筒井さんのいる学部はダウニング・サイトにあり、ここだけで、ノーベル賞受賞者が22人いるそうです(ケンブリッジ大学全体では60人以上の受賞者)。今年も、ケンブリッジ大学の分子生物学研究所から3人がノーベル賞を受賞しました。筒井さん自身も、最近、論文が「サイエンス」に掲載されました。日本にいたら新聞記事になっているでしょう。

 筒井さんに案内してもらい、キングスカレッジとか、長谷川寿一・真理子先生夫妻が在外研究でいらしたダーウィン・カレッジとか、ワトソンとクリックが議論したパブなどを見学しました。

 筒井さんが研究している学部の近くには、心理学部があり、「心の理論」で有名なバロン-コーエンが教授をしている自閉症研究センターを見つけました。ケンブリッジ大学には、臨床心理学の博士コースはありませんが、基礎心理学からの臨床へのアプローチはさかんです。例えば、心の理論からの自閉症研究はケンブリッジ大学が本場ですし、うつ病の改訂学習性無力感理論で有名なティーズデイル教授とか、不安障害理論のダルグライシなどもケンブリッジ大学で働いています。

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11月25日(月)

 石垣さんら一行と、バーミンガム大学のバーチウッド教授を訪問しました(目的1と2と4)。バーミンガムは、ロンドンから電車で2時間ほどの大都市です。

 バーチウッド教授は、大学の職員なのですが、大学ではなく、早期介入センター(Early Intervention Centre)という施設で研究しています。これは、統合失調症(精神分裂病)に対するコミュニティ・ケアの施設です。慢性化した統合失調症を病院でケアすると莫大な費用がかかります。そこで、発病したばかり人に対して、保健所のような組織が、早期に治療をはじめる試みがされるようになりました。バーチウッド教授の率いるバーミンガムの早期介入センターは、早くからこうした試みをして、低コストで大きな成果をあげました。統合失調症の発病を予測し,それにもとづいて初回のエピソードがあった時にすぐに介入できる体制を整えているのです。この施設は、バーミンガムの西地区を担当します。西地区の人口は18000人で、統合失調症を発病する人は毎年100人近くいるそうです。ひとりのコミュニティ・ナースが15人のケースを担当しています。24時間365日の体制で、発病した人の家庭を訪問し、医療サービスをおこなっています。かなり画期的なシステムです。ここがモデルとなって、統合失調症の早期介入がNHS(英国健康サービス)の正式の活動として取り入れられることになり,イギリスで50カ所に早期介入施設が作られる予定ということでした。早期介入センターのホームページは以下の通りです。

http://www.iris-initiative.org.uk/index.shtml

 バーチウッド教授の研究は、こうしたコミュニティ・ケアの実践の中から生まれてきています。具体的には、幻聴や妄想に対する理論や治療のことです。バーチウッド教授の仕事については、私の『エビデンス臨床心理学』の第10章「幻覚の認知モデル」か、『認知行動療法ワークショップ(丹野編、金子書房)』の第4章の石垣さんの論文をごらんください。

 イギリスの臨床心理学は、研究と臨床実践が結びついた「科学者-実践家モデル」にもとづいているのですが、そうしたモデルを支えているのは、大学の教官が臨床施設の中で研究・教育をおこなうというシステムです。今回、バーチウッド教授の研究室を訪ねて、このことが理解できました。こうしたことは、学会で会ったりしてもわからないことであり、研究者の仕事場を訪問することの意義はここにあります。

 バーチウッド教授から早期介入センターの説明を受けた後、石垣さんが、幻聴の認知行動療法の実際について話し、バーチウッド教授からコメントをもらいました。続いて、佐々木さんと山崎さんが自分の研究をプレゼンテーションし、バーチウッド教授からコメントを受け、この論文を投稿にもっていくにはどうしたらよいか、どの学術誌がよいかなどのアドバイスをもらいました。

 また、バーチウッド教授は、2001年に、"Schizophrenia"という解説書をPsychology Press から出しましたが、この本は、統合失調症を生物・心理・社会モデルからバランスよく解説した名著なので、石垣さんを中心として翻訳することになっています。今回は、バーチウッド教授とその打ち合わせをすることができました。

 丹野研のメンバーがバーチウッド教授に会うのは2度目です。教授は2001年に日本にいらして講演会やワークショップを開きましたが、その時に丹野研がおもてなしをしたからです。その時の写真は、『認知行動療法ワークショップ(丹野編、金子書房)』の149ページにのっています。今回は、逆に、丹野研のメンバーがバーチウッドの研究室を訪れたわけです。「丹野研@バーチウッド研」の写真を下に示します。

バーミンガム大学のバーチウッド教授の研究室で
★写真3 バーミンガム大学のバーチウッド教授の研究室で

 バーミンガムからロンドンに戻り、私と石垣さんは、IOPに急ぎました。浜松医科大学からIOPに留学されていた岩田泰秀先生が11月に日本に戻られるので、その送別会があるためです。IOPでは、つねに10人ほどの日本人の精神科医や臨床心理学者が研究しているそうです。以前は、武井教使先生(現・浜松医科大学)と吉田敬子先生(現・九州大学)がIOPのSenior Lecturerをされていました。Senior Lecturerとは、日本でいえば助教授にあたります。IOPの教授と話していると必ず武井教使先生のことが話題にのぼり、武井先生が非常に高く評価されていることがわかります。おふたりがいらした当時は、日本からたくさんの研究者がIOPを訪れたそうです。前述の木村駿先生とか、九州大学の北山修先生などもそのひとりです。こちらで長く研究されている日本の先生の話はとても貴重で、ためになります。

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11月26日(火)

 IOPの先生方3人を次々に訪ね、議論しました(目的1と2と4)。ヘムズレイ教授、ワイクス教授、ピーターズ先生で、統合失調症を研究している心理学者です。いずれも、まず、石垣さんが、幻聴の認知行動療法の日本での実施経験について話し、先生からコメントをもらいました。続いて、佐々木さんと山崎さんが自分の研究をプレゼンテーションし、先生からコメントやアドバイスをもらいました。

 ヘムズレイ教授は、生理心理学のジェフリー・グレイ(現在IOPの名誉教授)といっしょに統合失調症の神経心理学的研究をしてきました。基本は統合失調症は抑制系の障害があるという仮説であり、いろいろな現象をとりあげて研究してきたとおっしゃっていました。1970年頃からこれについてのレビュー論文を書いてきたとのことです。

 ワイクス教授は、統合失調症に対する認知リハビリテーションで著名です。とくに、認知的補償療法(Cognitive Remediation Therapy:CRT)は世界的な注目を浴びています。CRTを横田先生にお話ししたところたいへん興味を示されましたので、ワイクス教授に日本で実施してみてよいか聞いたところ、ぜひ日本でも試してほしいとのことでした。マニュアルを日本で翻訳したり、訓練コースに来たり、共同研究をすることになりました。また、ワイクス教授は、世界ではじめて幻聴に対するグループ認知行動療法をおこなっており、それを日本でおこなっている石垣さんといろいろ情報交換しました。ワイクス教授の研究室での写真を示します。中央がワイクス教授で、右端は、CRTの研究をしている臨床心理学者のクレア・リーダーさんです。

IOPのワイクス教授の研究室で
★写真4 IOPのワイクス教授の研究室で

 ピーターズ先生は、IOPの講師をしています。この人は、研究面でも、臨床実践面でもアクティブにとびまわっています。研究の面では、この数年で多くの論文を発表しています。とくに有名なのは、PDI(Peters et al. Delusions Inventory)という質問紙法を用いた健常者の妄想的観念の研究です。山崎さんがこのPDIを使った研究をしているので、突っ込んだ議論をすることかできました。また、ピーターズ先生は、ガレティ教授らの開発したベイズ課題を用いたSchizotypyの妄想的観念の論文を書いていますが、山崎さんはこのベイズ課題を使った研究もしているので、これについても突っ込んだ議論をしました。

 ピーターズ先生は、臨床実践についてもアクティブです。このホームページで何回も紹介したように、ロビンマレイ教授の病棟回診に出たり、その病棟で看護スタッフへの教育をおこなうロング・ハンド・オーバーをおこなったり、PICuPのスーパービジョンのコーディネーターをしたりしています。今回の研修旅行でも、イギリスの精神科の病棟を見せてもらえるように、ピーターズ先生といろいろ交渉しました。その結果、27日のロビンマレイ教授の病棟回診へ石垣さんが出席できることになりました。他にも今回の研修ではピーターズ先生は実に親切にアドバイスをしてくれました。

 その後、IOPのセミナーに参加し、Gunn教授の講演をききました(目的4)。教授の退官記念のセミナーで、最終講義を聞くことができました。

11月27日(水)

 石垣さんはマレイ教授の病棟回診に出ました(目的4)。これは、ベスレム・ロイヤル病院というところでおこなわれます。この病院は、モーズレイ病院と並んで有名なロンドンの大きな精神科病院です。この回診には、ヘムズレイ教授とピーターズ先生も参加しています。ピーターズ先生の紹介で、参加が可能になりました。臨床の現場を見学できる機会は、日本人にとってはかなり貴重です。以前私がこの回診に参加したときのことについては、すでにこのホームページで紹介しました。今回は、石垣さんの話では、マレイ教授は不在でしたが、朝9時から4時間にわたってインテンシブな議論が交わされたということです。統合失調症の患者さんの状態がよくなくて、石垣さんに名指ししたりして、いろいろとたいへんだったとのこと。回診が終わってから、石垣さんと私は、日本の臨床心理学や訓練システムについていろいろと議論しました。

 第2陣はこのあと帰国しました。

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15-4.研究ツアーの目的は達成できたか

 以上のように、5名の大学院生を含めて、7名の丹野研関係者が研究ツアーでやって来ました。全日程を無事に終了して、事故もなく、全員帰国しました。指導教官としても一安心です。そのセッティングなどで結構時間と労力を使いましたが、成果も大きいものがありました。

 はじめにあげた4つの目的はだいたい達成することができました。

 第1の目的は、イギリスの研究者と共同研究について打ち合わせをすることでした。今回は、ワイクス教授の認知的補償療法(CRT)について共同研究をすることになりましたし、ピーターズ先生とPDIを使った妄想的観念やSchizotypyの比較文化研究をしようという計画もあります。また、今回会うことのできた研究者には、2004年に神戸で開かれるWCBCT(国際行動認知療法学会)で、シンポジウムに出るように勧めました。さらに、バーチウッド教授やヘムズレイ教授の著作を翻訳するという計画も進めました。

 第2の目的は、イギリスの研究者に自分の研究内容をプレゼンテーションして、議論することでした。今回のツアーの最大の収穫は、先生方に見てもらったことで、院生たちが英語論文を投稿しやすくなったということです。サルコフスキス教授、シャフラン先生、バーチウッド教授、ワイクス教授、ピーターズ先生といった世界的な研究者を前にして、自分の研究内容をプレゼンテーションし、コメントを受け、この論文を出すにはどの英文誌がよいかアドバイスをもらいました。学会発表などよりも長くインテンシブな議論ができて、大成功でした。

 ひとつ気がついたことがあります。イギリスの研究者はだいたい日本人には親切なのですが、彼らがこれだけ時間をとって論文をみてくれたり、親切にしてくれたことには、もうひとつ要因があります。それは、昨年サルコフスキス教授やバーチウッド教授が来日したときに、丹野研でいろいろとお世話をしたことです。それを『認知行動療法ワークショップ』(丹野編、金子書房)という本にまとめたことも、良かったと思います(自分の本の翻訳が出ることは非常にうれしいようです)。こうしたことがあったので、今回、彼らも非常に親切にもてなしてくれたのでしょう。こういう応報性も国際交流には大切です。2004年の神戸WCBCTでも積極的におもてなしをしたいものです。また、『認知行動療法ワークショップ』の続編などをどんどん出して、海外の臨床家との交流を深めたいものです。

 第3の目的は,イギリスの臨床ワークショップに出て心理療法の技法をマスターすることでした。これも達成できました。第1陣は、クラーク教授とエーラーズ教授の「PTSDの認知行動療法」と、サルコフスキス教授の「健康不安の認知行動療法」のワークショップに出ることができました。第2陣の日程にはこのようなワークショップがありませんでしたが、認知的補償療法(CRT)の訓練コースについてワイクス教授と話すことができました。

 第4の目的は、イギリスの臨床システムを視察することでした。これも達成できました。IOPとモーズレイ病院を見学し、オクスフォード大学のワーンフォード病院やバーミンガムの早期介入センターを訪問したり、ベスレム・ロイヤル病院での病棟回診に参加したり、ワークショップに参加することなどを通じて、イギリスの臨床システムに触れることができました。フロイト博物館やタビストック研究所も見学しました。

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15-5.今回のツアーで何を得たか

 今回のツアーは、いろいろな目的を短期間に詰め込んだため、毎日朝から晩まで、たいへんなハードスケジュールでした。ツアーの旅費は、学振や科研費をもらっている人はそこから出したようですし、私費の人もありました。日程的にも金銭的にも参加者はたいへんだったと思いますが、苦労しただけ、大きな収穫もありました。

 第1は、世界をリードする研究者と会って、自分の研究をプレゼンテーションし、忌憚のない意見をもらうことで、研究のモチベーションが高まったことです。自分たちの研究が、世界のレベルからみて見劣りしないことが理解できました(むしろ世界的なレベルの発想で研究しているという自負も高まりました)。英語の発信能力さえ磨いていけば、世界レベルの研究をすることも可能であると感じました。彼らからシビアな意見ももらいましたが、こうすればよいというアドバイスももらったので、今後の研究の方向性が見えたようです。

 第2は、英語圏の先生方に見てもらったことで、これから英語論文を投稿しやすくなったということです。また、これを機会にして、将来も、メールなどで、論文指導をしていただけると思います。修士論文などもぜひ英語で書いてほしいものです。そうすれば、それをもとに、国際学会で発表したり、投稿したり、留学先に提出したりすることが簡単にできます。

 第3に、研究者の仕事場を訪問することができたことです。彼らの仕事がどのような環境から出てきているか身をもって体験できました。日本でも臨床環境にビルトインされた研究現場を作っていかなければならないでしょう。杉浦さんは、サルコフスキス教授の実験室なども見学させてもらいました。学会の会場で会うのとは違って、仕事場を訪れるのは大きな意義があります。

 第4に、国際的な視野を持って研究していくことの大切さが理解できたと思います。これがきっかけで、国際学会などにどんどん参加して発表したり、海外で研究する人が増えてほしいものです。将来の海外での研究生活を考えるきっかけにはなったのではないでしょうか。私の在外研究を留学のひとつのモデル(踏み台)にしてもらえるとよいでしょう。これを踏み台にして、さらに大きく海外に羽ばたいてほしいものです。

 第5に、英語能力の開発の大切さが理解できたと思います。とくに若い臨床心理学者が、英語での受信と発信の力をつけることは大切なことです。私も若い頃はそうだったのですが、日本では、英語で論文を読むのが面倒なので、臨床の仕事でもしようかと考える人もいるのではないでしょうか。しかし、これでは日本の臨床心理学はますます世界から取り残されるばかりです。こうした状況を変えていかなければなりません。そのためには、ややしんどいのですが、英語での読み書きの努力を続けていかなければなりません。若ければ若いほど英語能力も伸びます。若い人に期待したいと思います。

 第6に、指導教官として、在外研究の間は、院生の研究指導がなかなかできなくなりますが、今回、院生がこちらに来てくれたおかげで、少しは指導の不在の埋め合わせができました。


日英の臨床研究交流のシステムを作るには

今回のツアーで得たことを、今回限りにするのはもったいないことです。今回の体験を生かして、できるだけいろいろな日英研究交流のシステムを考えていただきたいものです。例えば、共同研究をどんどん広げていったり、海外の認知行動療法ワークショップのツアーを企画したり、海外の臨床家を日本に呼んでワークショップを開いたり、留学や臨床訓練コースについての情報を集めて提供したり、といったことです。何かアイディアや情報があれば丹野までお寄せください。

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