認知行動療法を学ぼう世界の大学と病院を歩く丹野研究室の紹介駒場の授業
home世界の大学と病院を歩く2.ボストン(アメリカ) 2006年2月更新

2.ボストン(アメリカ) 2006年2月更新

 ボストンには60の大学がある。世界的に見てもボストンは教育・研究の中心地であるし、ハーバード大学はアメリカ心理学の発祥の地といってもよい。また、ボストンは、有名な臨床施設も多い。ボストンは、アメリカの他の大都市に比べると治安も良く、地下鉄が発達しているので、臨床施設はほとんど地下鉄で回ることができる。はじめてボストンを訪れた人にとっても、容易にいろいろな施設をみることができる。
 2003年11月に,アメリカのボストンで開かれた行動療法促進学会(AABT)に出席してきた(学会の報告は、本ホームページの「国際学会の情報」に掲載した)。また、2004年9月に、学生相談機関を視察で再びボストンを訪れた。この視察については、東京大学教養学部報480号(「アメリカの大学のメンタルヘルス」2005年)と、東京大学教養学部学生相談所2004年度紀要に報告した。これらの体験をもとにして、ボストンの臨床心理学の施設を紹介しよう。

1)ハーバード大学

 地下鉄レッドラインに乗り、都心から10分ほどでハーバード駅に着く。駅を出ると、すぐにハーバード大学の広大な敷地である。  ハーバード大学は、1636年に創立されたアメリカで最も長い伝統のある私立大学である。13のカレッジや学部からなる。学生数18000名、教員9000名の大規模大学である。キャンパスは、ボストン市のとなりのケンブリッジにある。

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心理学科

 ハーバード大学は、アメリカ心理学の発祥の地ともいえる。ハーバード大学の心理学コースは、1875年にウィリアム・ジェームスが作った。これはアメリカで最初の心理学実験室である。その後、スタンレイ・ホール、ヒューゴー・ミュンスターバーグ、モートン・プリンス、ヘンリー・マレイ、ボーリング、ゴードン・オルポートといったそうそうたる心理学者を生んできた。名誉教授としては、以下の名前がある。ウィリアム・エスティス、フィリップ・ホルツマン、ジェローム・ケーガン、ブレンダン・マハー、ロバート・ローゼンタール。
 ハーバード大学は13個のカレッジや学部からなるが、そのうち文理学部に、心理学科(Department of Psychology)がある。現在は、ダニエル・シャクターが主任をつとめている。研究グループは以下の4つに分かれている。1)実験精神病理学・臨床心理学グループ、2)認知・脳・行動グループ、3)発達心理学グループ、4)社会心理学の4つである。
 このうち、1)実験精神病理学・臨床心理学グループには、ドッジ・ファーナード、ジル・フーリー、リチャード・マクナリー、マシュー・ノック、デイーゴ・ピッツァガリが教授をつとめている。このうち、リチャード・マクナリーには、2003年のAABTの会場で会うことができた。ハーバード大学の臨床心理学は、1927年にモートン・プリンスの指導のもとで心理学クリニックが作られたのが最初であり、長い伝統がある。TAT(主題統覚テスト)で有名なヘンリー・マレイや、人格心理学で有名なゴードン・オルポート、眼球運動など生理的指標を使った臨床研究で有名なフィリップ・ホルツマン、精神病理学のブレンダン・マハーやロバート・ローゼンタールといった臨床心理学者を生んできた。これらの心理学者の著作は邦訳も多い。現在は臨床心理学の養成コースはないが、その基礎研究として実験精神病理学が盛んである。
 また、2)認知・脳・行動グループには、パトリック・カバナー、ケン・ナカヤマ、ステファン・コスリン、ダニエル・シャクターなどの教授がいる。3)発達心理学グループには、スティーヴン・ピンカー、ジェシイ・スネデカーなどの教授がいる。スティーヴン・ピンカーの著作は邦訳も出ている。4)社会心理学グループには、ダニエル・ギルバート、リチャード・ハックマン、フィリップ・ストーン、ダニエル・ウェグナーなどの教授がいる。
 心理学科は、ウィリアム・ジェームズ・ホールという建物にある。ウィリアム・ジェームズという名前から、古い歴史のある建物であろうと想像していったが、行って見たら15階建ての高層ビルであったのには驚いた。欧米の大学の心理学科は、日本と違って、非常に金持ちであり、ひとつのビルを持っていることが多い。このビルは、ハーバード大学では初めての高層ビルであるとのことであり、建築家はヤマサキ・ミノルという日系人である。

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サイエンス・センター

 ハーバード・ヤードの北に位置する巨大な建物がサイエンス・センターである。中には自由に入れる。中は多くの学生でにぎわっており、カフェなどもある。
 多くの教室・実験室・講堂がある。キャボット科学図書館もこことにある。
 建物の上の階には、数学部・統計学部・科学史部の研究室がある。2004年に訪問したときは、われわれ一行の繁桝算男先生の友人で統計学部教授のジャック・ルービン先生を尋ねた。夜には、大学の近くで夕食をともにすることができた。

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メンタルヘルス・サービス

 ハーバード大学は、日本の新制大学の一般教育のモデルになった大学である。つまり、人文・社会・自然の3分野均等必修といった日本の大学の教養課程は、ハーバード大学のローエルやコナントが学長だった時代の民主的教育制度をモデルにして作られた(これについては、東京大学出版会の『知の技法』の中の筆者の「アンケート」の項を参照)。日本の大学の学生相談所もハーバード大学をモデルにして作られたと思われる。
 ハーバード大学には多くの学生支援サービス機関がある。メンタルヘルス・サービス、学習相談局、キャリア・サービスなどである。
 カウンセリング機関としては、メンタルヘルス・サービスと学習相談局がある。メンタルヘルス・サービスは、ハーバード大学健康サービス(Harvard University Health Service: HUHSと略される)という部局の一部門である。HUHSは、地下鉄駅前のホリオーク・センターという大きなビルにある。場所は、マサチューセッツ通りをはさんで、ハーバード・ヤードの向かい側である。ホリオーク・センターには、ハーバード・インフォーメーションや大学出版局などが入っている。このセンターの上の階にHUHSがある。その建物の4階にメンタルヘルス・サービスがある。ここには、心理学者と精神科医が常駐している。いろいろな問題ごとにセラピー・グループが作られている。例えば、抑うつ、摂食障害、アルコール・ドラッグ問題、睡眠障害、ストレス・マネジメントといったグループである。また、24時間体制の緊急ケア・サービスをおこなっている。
 現在、ハーバード大学では、学生支援サービス機関の再編成が進んでおり、学習相談局とメンタルヘルス・サービスが統合されつつある。財政面、法律面、効率面などの理由からである。きっかけとなったのは、MIT(マサチューセッツ工科大学)でおこった事件である。2000年に、自殺した女子学生の親が、カウンセラーが学生の自殺未遂を知っていたにもかかわらず、親に知らせなかったとして、30億円の賠償を求めて訴訟をおこした。この事件はアメリカの学生サービスに大きな影響を及ぼした。

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学習相談局

 メンタルヘルス・サービスは、学生のメンタルヘルスの相談を担当しているのに対して、学習相談局(Bureau of Study Counsel)は、おもに学生の学習面の相談に応じている。ただし、学習面に限ることなく、生活全般の相談にも応じている。
 2004年に、学習相談局を訪れて、話をきくこができた。ハーバード・ヤードを囲むマサチューセッツ通りを少し行き、リンデン通りを右に曲がると4階建てのこじんまりした建物がある。ここが学習相談局である。建物の中は、古き良きアメリカの家庭を思い起こさせる家庭的な雰囲気で統一されていて、学生が安心して相談に来られる。暖炉のあるアット・ホームな相談室で、副所長のスザンヌ・レンナ博士に話を聞くことができた。
 学習相談局のスタッフは、常勤換算で7~8名である。常勤5名、非常勤10名である。教育学博士が多い。この部局の長は学長(Provost)である。年間の予算は、人件費を除いて、80万ドル(約9000万円)である。学習相談局は比較的新しい部局であるが、その確立に貢献したのは、Kiyo Morimotoという日本人の心理学者とのことである。それについては、この部局で出した"Forms of Ethical & Intellectual Development"(Perry編)という本に詳しい。
 学習相談局でおこなう仕事は、
①学習カウンセリング、
②個人カウンセリング、
③葛藤解決、
④カップル・カウンセリング、
⑤アセスメント、
⑥ワークショップ、
⑦ピア・チューター制度、
⑧学習スキル獲得コース、
⑨コンサルテーション、
⑩アウトリーチ、
⑪スーパービジョンである。
なお、⑧学習スキル獲得コースとは、速読や学習のスキルを学ぶ講習会である。1回1時間、週3回計14回にわたり開かれる。料金は、学生が25ドル、その他は150ドルという。余談だが、ハーバード大学の自殺率は、全米平均より低いと言っていた。

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ハーバード・ヤード

 ハーバード大学は、観光地化されており、いろいろな見所もある。3つの美術館があり、多くの科学博物館が公開されている(有料)。ミシュランの観光案内でも、ハーバード大学は三つ星がついているほどである。キャンパスの中を自由に見ることができる。時間があれば一日中遊んでいても飽きないだろう。学生がキャンパスを案内してくれるツアーもある。図書館なども開放されているということである。
 地下鉄の駅前には、ホリオーク・センターという大きなビルがある。場所は、マサチューセッツ通りをはさんで、ハーバード・ヤードの向かい側である。ホリオーク・センターには、いろいろな施設が入っている。①ハーバード・インフォーメーション、②ハーバード大学出版会、③ハーバード大学健康サービス(前述のHUHS)などである。①ハーバード・インフォーメーションでは、大学に関するいろいろな情報があり、ハーバード大学のグッズも販売している。パンフレット類も置いてある。 ハーバード・インフォメーションでは、日本語版の「ハーバード・ヤードひとり歩きのしおり」というパンフレットを売っている。このしおりには1時間ほどのツアーのルートが出ている。沿って歩くと、ハーバード大学の中心部(ハーバード・ヤード)は見ることができる。②ハーバード大学出版会は、書店であり、心理学関係の書籍も多く並んでいる。
 大学の前のブラットル通りには、生協(ハーバード・クープ)の建物がある。たくさんのハーバードグッズが売られている。
 ハーバード大学の医学部は、後述のように、別のキャンパスにある。

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ハーバード大学の美術館と博物館

 このルートに沿って歩くと、3つの美術館を巡ることができる。ハーバード大学は美術研究のために3つの美術館を持ち、それを公開している。5ドルを払うと、3つの美術館共通の入館バッジをくれる。サックラー美術館は、おもに東洋の美術品を集めている。フォッグ美術館は、中世以降の西欧美術を扱っている。世界を代表する画家の作品が集められている。モローやロセッティの作品などが印象的である。ブッシュ・リーシンガー美術館は、北欧の美術品を集めている。その隣には、ビジュアル・アート・カーペンター・センターがある。ル・コルビジェが設計した建物だという。筆者の個人的には、フォッグ美術館が見ごたえがある。
 博物館も多い。ハーバード・ヤードの北側の「科学エリア」に、いくつかの博物館群がある。全体が「大学文化自然史博物館」と総称される。これは、4つの博物館からなる。植物学博物館、比較動物学博物館、鉱物学・地質学博物館、ピーボディ考古学・民族学博物館である。

2)マサチューセッツ工科大学(MIT)

 地下鉄レッドラインに乗り、2駅戻るとケンドール駅に着く。駅を出ると、すぐにマサチューセッツ工科大学(MIT)の広大な敷地である。
 MITは、ノーバート・ウィーナーなど多くの自然科学者を輩出してきたが、人文科学や社会科学にもかなりの力を入れている。言語学のローマン・ヤコブソンやノーム・チョムスキー、科学史のトマス・クーンなどは心理学者にもよく知られている。経済学でも多くのノーベル賞受賞者がいる。
 1951年には、経済学・社会科学部の中に心理学コースができ、64年に正式な心理学科(Department of Psychology)となった。リチャード・ヘルド、ハンス・トイバーといった有名な実験心理学者を輩出してきた。
 精神分析のエリク・エリクソンがMITの客員教授をつとめていたことは有名である。
 1986年には、心理学科は、脳認知科学科に吸収された。脳認知科学科の事務室は、ホワイテイカー・カレッジのビルの4階にある。行ってみると、事務室があった。現在建設中の「脳認知科学センター」ができればそこに移るのであろう。
MITのキャンパスは開かれており、多くの建物は自由に出入りできる。ミシュランの観光案内でも、MITは一つ星で紹介されている。
 最も有名なロジャース・ビルに入ると、右手にインフォメーションがあり、MITの地図をもらうことができる。その地図を頼りに、ロジャース・ビルをどんどん奥に入っていくと、いくつかの建物が渡り廊下でつながっていて、多くの学生が歩いている。MITの廊下は、市内のアーケードなどと同じで、誰でも自由に歩けるようだ。壁には研究者や科学史のパネルが飾ってあり、見ていると結構面白い。上で述べたMITの歴史は、廊下のパネルに書いてあったものである。また、廊下には、いくつかの博物館やアートギャラリーなども作られている(無料)。学生のカウンセリング・ルームなどもある。カフェやトイレなどもあるので、訪問者にとっては助かる。面白いのは、この渡り廊下には、地下のトンネルがあり、いくつかの建物が地下でもつながっていることである。地下に降りて歩いてみたところ、地下には自転車置き場などもあって、地下道を自転車で移動する人もいるらしい。
 MITにもいくつかの美術館や科学博物館があり公開されている(一部は有料)。学内のツアーなどもある。ケンドール駅前の生協ではたくさんのMITグッズも売っていた。その地下には、MITの大学教科書の販売所があり、心理学のコーナーを見ていると、どんな教科書が使われているかがわかる。生協の向かい側には、MIT出版会があり、心理学関係の書籍も並んでいる。MITも、もし時間があれば一日中遊んでいても飽きないだろう。

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3)マサチューセッツ総合病院(MGH)

 地下鉄レッドラインに乗り、さらに1駅戻るとチャールズ駅に着く。駅を出て、数分歩くと、マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital: MGH)がある。ここは、ハーバード大学と連携している。ハーバード大学には、MGHやマクレーン病院などいくつかの附属病院がある。筑波大学心理学系の堀越勝氏はマクレーン病院で仕事をしていた。マサチューセッツ総合病院は、臨床心理学でも有名である。今回のAABTでも、マサチューセッツ総合病院の臨床心理学者や精神医学者が多く発表していた。マサチューセッツ総合病院の精神科では、臨床訓練もおこなっており、そのパンフレットがAABTの会場に置いてあった。マサチューセッツ総合病院は、チャールズ川をはさんでもうひとつの敷地を持っており、そこではニューロイメージングなどの研究施設があるということであった。
 臨床心理学者の山本和郎氏(現在は大妻女子大学)は、1965年にハーバード大学医学部のリサーチ・フェロウとしてマサチューセッツ総合病院に留学し、当時さかんとなったコミュニティ・サービスを目の当たりにしたという。『コミュニティ心理学』(東京大学出版会)によると、当時、ハーバード大学医学部ではキャプランがコミュニティ精神医学研究室を作り、臨床訓練のコースを作っていたという。マサチューセッツ総合病院でも、緊急精神科サービスが作られ、コミュニティ・サービスを基本とした専門家の訓練がおこなわれていた。山本氏は、この病院で地域精神衛生の基本理念に触れ、世界観を根本的に変えさせられたのだという。ここでの体験が、後の山本氏のコミュニティ心理学の基本となっている。日本の精神医療は入院治療が基本であるのに対し、アメリカやイギリスはコミュニティ中心になっており、入院患者は激減している。こうしたコミュニティ・ケアの発祥の地がハーバード大学医学部のキャプランであり、このマサチューセッツ総合病院である。
 マサチューセッツ総合病院の精神科の病棟内部は見ることはできなかったが、基本的にはふつうの病院なので、自由に見て歩くことができる。売店やトイレなども利用できるので、訪問者には便利である。病院の中には、世界で初めて麻酔を使った手術室が展示されている。また、このあたりはすでにボストンの中心部なので、観光名所から歩いてすぐである。例えば、科学博物館とかフリーダム・トレイルとかボストン・コモンとか、どの観光案内にも書いてある名所である。

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4)サフォーク大学

 地下鉄レッドラインに乗り、さらに1駅戻るとパーク・ストリート駅に着く。すぐそばに、アメリカ最古の公園ボストン・コモンがある。この公園は、ボストンの歴史を辿る遊歩道「フリーダム・トレイル」の出発点である。その近くには、州会議場やパーク通り教会、グラナリー墓地といった歴史的な旧跡がある。そうした旧跡を囲むようにして、サフォーク大学(Suffolk University)の建物群が建っている。まさにボストンの中心部にキャンパスがある。
 サフォーク大学は、1906年創立の小規模の大学である。学部学生5000名、大学院生2000名のこじんまりとした私立大学である。あちこちの建物を買収して拡張した都市型のキャンパスであり、敷地に囲まれているわけではない。
 サフォーク大学には多くの学生支援サービス部局がある。学生用ハンドブックには20の組織があげられている。カウンセリング・センター、健康サービス、キャリア・サービスなどのほかに、マイノリティ人種学生サポート、第2言語サポート、ゲイ・レスビアン・トランスジェンダー・バイセクシュアル学生サポートなどがある。
 ボストン・コモンから200メートルほど北に向かうと、ケンブリッジ通りに出る。そこの一角に、4階建てのリッジウエイ・ビルがある。その3階に、カウンセリング・センター(CCと略す)がある。受付は比較的小さなスペースであるが、手作りの物や展示物が多く飾られていて、家庭的で暖かい雰囲気を出すように工夫されていた。
 カウンセリング・センターの所長はケネス・ガーニ教授(教育学博士)である。あらかじめメールで質問事項を送っておいたところ、ガーニ教授は、それに対して答えをタイプしておいてくれた。また、われわれの質問に対して、詳しいデータを示しながら、ていねいに答えてくれた。
 カウンセリング・センターのスタッフは、常勤換算で5名の心理学者、3名の博士インターン生、計8名である。全員が、博士号と公認心理士の免許をもっている。非常勤で精神科医2名もいる。所長、訓練担当長、博士インターン生などからなる。所長のGarni教授は、サフォーク大カウンセリング・センターの所長であり、文理学部の教授でもある。大学のメンタルヘルス政策に対して、カウンセリング・センターのスタッフは発言力を持っている。年間の予算は、人件費を除いて年3万ドル(約330万円)である。ほかに、うつ病教育のグラントが45000ドルある。このセンターは、短期療法志向、認知行動療法的な志向が強い。非精神分析的である。インターネットでの連絡には特に力を入れている。5つのカテゴリ-に分けてスクリーニングをするようになっている(抑うつ、不安障害、摂食障害など)。

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5)ボストン・ユニバーシティ

 地下鉄のパーク・ストリートで、グリーンラインのボストン・カレッジ行きに乗り替える。5分ほどでケンモア駅を過ぎると、地下鉄は地下に出て、ふつうの路面電車となる。そのあたりはボストン・ユニバーシティのキャンパスである。適当な駅で降りて見学するとよい。
 ボストン大学は、学部学生15000名、大学院生5000名、教員4000名であり、アメリカで3番目に大きい私立大学ということである。15の学部やカレッジからなる。
 そのうち文理学部に、心理学科(Department of Psychology)がある。心理学科は3つの研究グループに分かれている。1)臨床心理学グループ、2)人間発達グループ、3)脳・行動・認知グループ、の3つである。
 このうち、1)臨床心理学グループはデイビッド・バーロウが主任をつとめ、ティモシー・ブラウン、ステファン・ホフマン、ドナ・ピンカスなどが教授をつとめている。地元ということもあり、彼らは今年のAABTで大活躍していた。デイビッド・バーロウは、不安障害の認知行動療法について、多くの著書があり、アメリカの臨床心理学のリーダー的存在である。1978年からAABTの会長を務めた。昨年のリノのAABTでも活躍していたが、今年のAABTでもいろいろなプログラムに参加していた。彼は、後述の不安障害関連センター(CARD)の所長も務めており、そこで会うことができた。
 また、2)人間発達グループは、デボラ・ベル、アルバート・カロンなどが教授をつとめている。
 さらに、3)脳・行動・認知グループは、ハワード・アイケンバウム、マイケル・ハッセルモ、デイビッド・モストフスキーなどが教授をつとめている。
 このグループで認知心理学の第一線で活躍しているのが、日本の渡辺武郎氏である。今回、渡辺氏のラボを訪問して、アメリカの心理学について多くを教えてもらうことができた。渡辺氏は、東京大学教養学部の助手をつとめた後、ハーバード大学のポスドクで研究し、アメリカの大学に職を得て、ここ数年はボストン・ユニバーシティの助教授をつとめている。渡辺氏は、知覚心理学や知覚学習が専門であり、この分野では、脳のイメージングや生理学などの生物学的な領域と区別がつかなくなっているということであった。渡辺氏は、ハーバード大学医学部やMITやマサチューセッツ総合病院ニューロイメージング研究施設などと密接な連携をとって研究していた。渡辺氏の紹介で、後述のように、ハーバード大学医学部のアーロンさんの研究室を見せていただいた。また、渡辺氏の研究室で研究している松田哲也氏(現東京医科歯科大学大学院)には、ハーバード大学医学部や不安障害関連センター(CARD)などを案内していただいた。渡辺氏は、Natureなどの雑誌に多くの論文を載せており、その研究はアメリカの新聞や雑誌などにもよく取り上げられる。アメリカではグラント(研究費)の競争が激しいが、一度取れるとどんどん研究も進み、研究環境もよくなるということであった。渡辺氏は、以前、東京大学医学部精神科と共同で、統合失調症の認知心理学的研究をされていたこともある。また、以前、東京大学東京大学駒場キャンパスで集中講義をお願いした。2002年も日本を訪れ、東京大学医学部の精神科など各地で講演会を開いた。
 また、夕方から渡辺氏のおこなっている大学院のゼミにも参加させていただき、アメリカの大学院の教育に触れることができた。これはなかなか得がたい貴重な体験であった。
 ボストン・ユニバーシティにはカウンセリング・センターがあるが、センター所長のフィゲタキアス博士によると、2004年9月末で閉鎖されるということであった。

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ボストン・ユニバーシティ不安障害関連センター(CARD)

 地下鉄のグリーンラインのケンモア駅で降りると、ボストン大学の建物があり、その中に不安障害関連センター(Center for Anxiety and Related Disorders; CARDと略される)がある。この施設は、ボストン・ユニバーシティの心理学科の付属施設であり、前述のデイビッド・バーロウが主任をつとめている。
 今回はとくに予約もなしに、飛び込みで訪ねてみた。拙い英語で日本から見学に来たことを伝えると、ナース・アドミニストレーターのボニー・コンクリンさんが対応してくれた。CARDは、全般性不安障害やパニック障害、強迫性障害などの不安障害の心理学的治療の施設である。年間350人ほどの大人と125名ほどの子どもが治療に訪れるという。臨床心理士は7名いる。薬物療法などはおこなわないので、医師はいない。認知行動療法が中心で、だいたい12週間のプログラムをおこなうという。また、臨床心理士の訓練施設にもなっている。詳しくは、ホームページにのっているということであった。http://www.bu.edu/anxiety/
 デイビッド・バーロウは、現代のアメリカの臨床心理学を代表する研究者・臨床家である。1993年にアメリカ心理学会の第12部会(臨床心理学部会)が作成した心理学的治療のガイドラインは有名であるが、このタスクフォースの座長をしたのがバーロウである。1980年頃から心理学的治療法の効果を確かめる対照試験が非常に多くなり,それを集約するため,第12部会は、デイビッド・バーロウを座長とするタスクフォースを組織した。このタスクフォースは1993年に「十分に確立された治療」18種と「おそらく効果がある治療」7種を選び出した。このガイドラインは大きな反響を呼び、多くの雑誌で特集が組まれた。その後、このタスクフォースは活動を続け、1998年には、アップデートされた。この版では「おそらく効果がある治療」は55種に増えている(市井,2004)。こうガイドラインを転換点として、アメリカの臨床心理学は科学的な志向を強めていくことになるのである。
 デイビッド・バーロウは、パニック障害の認知行動療法のRCT(無作為割付対照試験)の研究で有名であるが、その研究の一部はこの施設でおこなわれたという。その論文の別冊などをもらっているうちに、バーロウ本人があらわれて、あいさつをすることになった。予約なしでいきなり訪れて失礼であったが、たいへん幸運であった。バーロウは、2004年に神戸で開かれる世界行動療法認知療法会議に来て、基調講演をすることになっている。神戸ではぜひ多くの人に講演を聴いてもらいたいものである。
 CARDのビルの近くには、ボストン・ユニバーシティのブックストアがある。ここではボストン・ユニバーシティのグッズを買うことができる。

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6)ボストン・カレッジ

 地下鉄のグリーンラインのボストン・カレッジ行きで終点まで30分ほど乗ると、ボストン・カレッジ(Boston College)に着く。ボストンの中心部から約10キロ離れたチェストナットヒルという丘の上にある静かな大学である。
 ボストン・カレッジは、1863年創立のカトリック系の大学である。学部学生9000名、大学院学生5000名、教員600名の中規模私立大学である。カレッジといっても、8つの学部やカレッジからなる総合大学である。キャンパスの建物はとても落ち着いていて、歴史が感じられる。
 心理学科は、12人の教授と8人の助教授からなる。①行動神経科学、②認知・知覚,③文化心理学、④発達心理学、⑤社会・人格心理学の5つのグループに分かれている。
 ボストン・カレッジにもいくつかの学生支援組織があるが、2004年に、大学カウンセリング・サービス(UCSと略す)を訪問した。USCは、学内に3つの建物に分かれて、3つのユニットを組んでいる(ギャッソン・ホール・ユニット、フルトン・ホール・ユニット、キャンピオン・ホール・ユニット)。
 USCの所長のトマス・マクギネス博士は、このうちギャッソン・ホール・ユニットに属している。ギャッソン・ホールは、キャンパスの中央にあり、高い塔を持ち、最も目立つ建物である。1913年に建造され、キャンパスで最も古い建物である。ギャッソン・ホールの建物の1角に、UCSの部屋があった。歴史を感じさせるが、部屋の中は新しく清潔で快適である。所長のマクギネス博士と、心理学者のクリスティン・マークル博士に話を聞くことができた。
 UCSのスタッフは、常勤換算で12名の心理学者がいる。非常勤で精神科医2名もいる。心理学者は、全員がPh.D.と公認心理士(Licensed Psychologist)の免許をもつ。学長がトップである。その下に、副所長とシステム担当長がいる。システム担当は、インターン生の指導をする。USC全体としてチームで仕事に当たるようにしている。年間の予算は、人件費を含めて140万ドル(約1億5000万円)である。

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7)ハンチントン通り

 地下鉄のグリーンラインをコープリー駅まで戻り、Eラインに乗る。この路線はハンチントン通りを走る。この通りには、いろいろな大学や医療施設が並んでいる。
 この通りには、ノースイースタン大学、ニューイングランド・コンサバトリー、ウェントワース工科大学、サイモンズ・カレッジ、マサチューセッツ芸術大学などの大学が並んでいる。さらに進むと、ハーバード大学の医学部を中心とした地域となる。ここはロングウッド医学研究エリアと呼ばれる。ハーバード大学医学部(Harvard Medical School)を中心として、ハーバード大学公衆衛生学部、ハーバード大学歯学部、ハーバード大学医学研究所、マサチューセッツ薬学保健カレッジ、フォーサイス歯科研究所などがある。
 筆者は、渡辺武郎氏の紹介で、松田哲也氏(現東京医科歯科大学大学院)に案内してもらい、ハーバード大学医学部のアーロンさんの研究室を見せていただいた。アーロン氏は、もとは渡辺氏の研究室で実験をしていて、ハーバード大学医学部のボスドクとして研究を続けている。新しい建物の中で、動物を対象として知覚学習の脳内メカニズムをさぐる研究をしていた。
 このエリアにはたくさんの病院がある。ブリガム婦人科病院、小児科病院、ベイイスラエル病院、ニューイングランドバプティスト病院などである。
 地下鉄グリーンラインは、このあたりは地上を走る路面電車となる。適当な所で降りて見学するとよいだろう。なお、このハンチントン通りには、ボストン美術館、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館、クリスチャン・サイエンス・センター、シンフォニーホールといった観光名所も並んでいる。もし、このような観光名所にを訪れる機会があれば、ついでに大学や臨床施設を見てくるとよいのではなかろうか。ただし、ハンチントン通りの南側の地域は、ボストンでも治安の良くない地域だということなので、道路より南側には深入りしないほうがよい。

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8)ウェルズリー・カレッジ

 ボストン郊外のウェルズリーに、ウェルズリー・カレッジ(Wellesley College)という女子大学がある。ヒラリー・クリントンが卒業した大学として有名になった。1870年に創立され、学生数2300名の小さな大学である。
 鉄道(コミューター・レイル)のウェルズリー・スクエア駅から歩いてすぐにある。筆者はタクシーを利用して、ボストンカレッジから25ドルほどであった(帰りもそのままタクシーで戻り、75ドルであった)。
 この大学は、アメリカで最も美しい大学といわれているらしい。確かに、郊外の高級住宅地の中にあり、自然に恵まれた庭園がそのまま大学になった感じである。学内に大きな湖があり、その湖の周りには、人工物がほとんどない。人工的に自然が保存されており、極めて美しい。確かに一度行ったら忘れられないキャンパスのひとつである。ペンシルバニア州立大学とはまた違った意味で、自然に恵まれている。
 キャンパスの中央にはチャペルがある。デイビス美術館やカルチャー・センターなどの施設もある。
 1891年に、メアリー・カルキンスによって心理学実験室が作られた。現在の心理学科は、16名の教員がいるこじんまりとした学科である。
 カウンセリング・センターは、ストーンハウスというところにあった(ここで学内の地図をもらった)。センターでは、カウンセリングよりは、予防に努めているという。ストーンハウスの中には、病院もあった。
 スレイターハウスには、国際プログラムがあった。突然行ったが、スタッフが親切に応対してくれた。日本からも10人ほどの学生が来ているということだった。


 以上、ボストンのおもな臨床施設は短時間で回ることができる。これらの施設は地下鉄のレッドラインとグリーンラインに集中しているし、ほとんどが駅のそばにあるので、きわめて効率的に回ることができる。ほとんど迷うということはないだろう。東京を歩くよりずっと簡単である。はじめてボストンを訪れた人にとっても、容易に回ることができる。地下鉄の1日券(6ドル)を買えば、たいへん楽に、しかも安く回ることができる。英語を使う必要もあまりなかった。ボストン市内の情報については、『地球の歩き方 63 ボストン&ニューイングランド』を参考にした。この本はたいへん頼りになる。
 この記事を読んで、ひとりでもボストンの臨床心理学施設を訪ねてみたいとか、AABTに出てみたいとか、アメリカで臨床心理学を勉強したいと思う方が出てくれば幸いである。渡辺氏によれば、ボストン・ユニバーシティには、教官や学生も含めて130名近くの日本人がいるということであった。

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