石垣 琢麿:(横浜国立大学教育人間科学部)
2001年7月14日から7月22日まで、カナダのバンクーバーで行われた世界認知行動療法学会(World Congress of Behavioral and Cognitive Therapies:以下WCBCTと略す)に出席した。
WCBCTは認知行動療法に関して最も国際的かつ専門的な学会である。出席者のほとんどは世界的な顔ぶれであり、連日充実したシンポジウム、ワークショップ、研究発表が展開された。研究テーマは抑うつ、不安、強迫症状など、従来から盛んに議論されているものから、分裂病、感情障害、人格障害などのより病理的に重い状態まで広がり、さらに、PTSDや虐待といった現代的な問題にまで及んでいる。もちろんこうした内容の学会は日本でも開かれているが、WCBCTで特徴的なのは、すべてのテーマを通じて実証に基づくアプローチがとられていることであった。実際的な治療手技だけでなく、そのために必要なアセスメント・ツールの開発なども活発に議論されており、日本の臨床心理学の現状と大きく異なることがよく理解できた。
まず、当然のことではあるが、発表形式によって機能が明確に分化していることが興味深かった。日本の学会では、ワークショップ、パネルディスカッション、シンポジウムがあまり機能分化していないことも多いが、WCBCTのワークショップは臨床場面で応用可能なように実際的側面を重視しており、パネルディスカッションでは発表者どうしの白熱した議論が行われていた。筆者は”What does ‘History of Previous Suicide Attempts’ Really Mean in Suicide Assessment, Treatment, and Research?”というテーマに参加したが、シンポジウムとは異なり、様々な職種の発表者が盛んなディスカッションを繰り広げており、大変参考になった。
筆者はA. T. Beckが主催した一日がかりのワークショップ”Cognitive Therapy of Schizophrenia”に参加した。ワークショップは臨床技法の習得や研鑚にとって必要不可欠だが、WCBCTでの質の高さに驚かされた。その特徴は、①ロールプレイを十分入れて体験学習を重視する、②AV機器を駆使して臨場感を出し理解しやすくする、③講師に対する厳しい評価表を参加者が作成する、ということであり、こうした講師の努力や参加者の積極的かつ主体的な態度は今後の日本の学会で手本にすべきであると感じた。
筆者は分裂病の症状と認知行動療法について研究および臨床を行っているが、臨床心理学でも精神医学でも、日本の学会ではまとまって取り上げられることの少ないテーマであった。しかしWCBCTでは、先のBeckによるワークショップや講演会をはじめとしてシンポジウムが盛んに開かれていた。とくに日本ではほとんど紹介されていないが、幻聴や妄想などの陽性症状に対する認知行動療法や、発病直後の早期介入への認知行動療法の効果などについて、非常に興味深い研究報告をまとまって聞くことができたのは、WCBCTに参加した最大の成果の一つであった。
WCBCTでの発表はどれも臨床と研究を両立させており、そのどちらも実証主義によって貫かれていた。これがあたりまえのように語られている世界の現状と、日本の臨床心理学の現状とをよく比較し、実証的臨床心理学の発展を促していかなければいけないと強く感じた。