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2005年 アメリカ心理学会APA(ワシントンDC) 丹野義彦 2005年8月27日

1.どんな学会が、いつ、どこで開かれたか。

アメリカ心理学会第113回年次大会 113th Annual Convention of American Psychological Association(APA)
日時:2005年8月18日~21日    場所:米国ワシントン・コンベンション・センター
 アメリカ心理学会の第113回目の大会である。1892年に創設され、スタンレー・ホールが初代会長をつとめてから113年目である。世界で最も古い心理学会のひとつである。ワシントン・コンベンション・センターは、巨大なホールであるが、他にも、近くのホテルを4つ借りて、会場としていた。きわめて巨大な学会である。筆者は初めてAPAに参加したが、いろいろな点で感銘を受けた。

2.どんな領域の研究者が参加するか、どんな雰囲気の学会か。

 アメリカ心理学会は、55の部会(division)の集合体である。それぞれの部会は独立した学会のように機能している。その総会がこの年次大会である。各部会の資料をまとめて置いてあるコーナーが設置されていた。
 アメリカ心理学会は、基礎心理学者よりも、実践的心理学者の方が多い。とくに臨床関係の心理学者が過半数を占めるようになっている。55の部会の半数は臨床関係の部会である。4分の1が臨床以外の実践的・応用的な心理学である。残る4分の1ほどは基礎的なアカデミックな心理学である。いろいろな学会が、分裂せずに、APAというひとつの傘のもとで統合されている。
 臨床関係の部会は、以下のとおりである。

 このように、臨床関係の学会も分裂せずに、APAという傘のもとでひとつに統合されている。

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3.学会の規模はどれくらいか 何人くらい参加するか

 14000人くらい参加する超大型学会である。APAの会員数は16万人。
 APAの大会は『地球の歩き方』に載っているほどである。それによると、参加者1400名は、ワシントン・コンベンション・センターでの年間上位15位に入るほどの大規模な集会である。学会関係の集会としては、神経科学会(26000名)やアメリカ癌学会(25000名)などに続いてベスト5に入る規模である。

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4.どんな学術プログラムがあるか、その内容で印象に残ったことは

 大会の学術プログラムは、1日400件、全体で1500本近くある。これを4日でこなすために、いろいろな工夫がある。例えば、朝7時からの「朝食セッション」という時間帯が出てきたり、夜9時までのセッションもある。

①シンポジウム

 110分の質の高い企画プログラム。1人20分くらいのまとまった話をして、同じテーマで4~6人が話すので、非常に勉強になる。今回、筆者は、おもに2つのテーマで聞いてきた。

a.統合失調症研究についてのNIMHグループのシンポジウム

 NIH(国立衛生研究所)の活躍が目立った。NIHは世界の医学研究のトップにある研究機関である。ワシントンDC郊外のベセスダという町にある。年間予算3兆円を持ち、その大半をアメリカの研究機関に配分している。NIHの研究費を得てノーベル賞をもらった人がたくさんいる。日本から留学して研究している人も350人はいるということである。NIHは28の機関に分かれている。この中で、心理学と関係が深いのは、NIMH(国立精神衛生研究所)である。多くの精神医学者や心理学者が研究しているし、NIMHから研究費をもらって研究している。例えば、うつ病への認知療法について、NIMHが多額の資金を出して多施設で治療効果研究をおこなったことでも有名である。
 また、NIMHは、統合失調症研究の世界の中心のひとつである。雑誌Schizophrenia Bulletinを発行している。心理学者も多く働いており、シャコウという臨床心理学者は有名である。また、『心理学とNIMH』という本がAPAから出ているが、そこにはNIMHの心理学者が果たした役割が詳しく載っている。筆者は若い頃は、統合失調症研究のシャコウの影響で、NIMHに留学したいと考えていた。しかし、シャコウも亡くなり、1990年代から統合失調症への認知行動療法が出てきてから、関心がロンドン大学の精神医学研究所へと向かうようになった。とはいえ、NIMHが統合失調症研究の世界の中心のひとつであることに変わりはない。現在、NIMHグループで有名なのは、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校精神医学・心理学部のネクターラインとグリーンである。彼らは、統合失調症の神経心理学の研究をおこなっている。統合失調症に本質的なのは、認知障害であり、妄想などの陽性症状よりも、社会的適応と関連することを主張している。
 彼らは、今回APAでシンポジウムを開いていた。ネクターラインの話では、TURNSという7大学施設の研究をおこなっている(カリフォルニア大学、ハーバード大学などアメリカのトップの大学の共同研究である)。また、統合失調症の治療効果研究におけるアセスメント・ツールの標準化に取り組んでいて、MATRICSというアセスメント・キットを開発して、売り出す予定という。このキットには、10個のサブテストが含まれる。WAISの積み木問題とか、ロンドン塔課題とか、迷路問題とか、金と手間をかけた割には、古典的なテストに収束していた。また、マイケル・グリーンは、神経心理学テストだけでなく、面接法を取り入れて、日常生活やコミュニティでの認知能力を測る方法を調べていた。これも、金と手間をかけた割には、地味な仕事をしている感じがした。

b.エビデンス・ベースの実践(EBP)についてのシンポジウム

 エビデンス・ベースの実践(Evidence-Based Practice; EBP)というタイトルのシンポジウムがかなり多かった。EBPは、下火になるどころか、ますます火がついて、勢いが増している。EBPムーブメントという用語をよく聞いた。あちこちでいろいろな動きがおこっていて、とどまるところを知らない。明確には出てこなかったが、「キャンベル計画」などの影響もあるのではなかろうか。
 APAから『メンタルヘルスにおけるエビデンス・ベースの実践』という新刊が出たばかりであった(ノークラス、ビュートラー、レバント編)。レバントは2005年度のAPAの会長であり、この大会に合わせたタイムリーな本であった。初日から山積みであったが、最終日にはほとんど売り切れていた。この本は、EBPについて、いろいろな角度から論争し、賛否両論をとりあげた本である。
 シンポジウム3187『統合失調症に対する経験に裏づけられた治療』は、臨床心理学会(第12部会)の企画で、ブランチャード(メリーランド大学)が司会していた。有名なアラン・ベラック(メリーランド大学)は行動療法の立場から、グランホルム(カリフォルニア大学)は認知行動療法から、ベリガン(テキサス大学)は環境支援から、グリン(UCLA)は家族介入から、それぞれ統合失調症への治療介入について最新の研究を発表していた。統合失調症の認知行動療法といった話題はこれまでイギリスの臨床心理学者の独占であったが、アメリカにも新しい臨床研究が出てきたことは喜ばしい。
 シンポジウム2247『子供の双極性障害:最良でエビデンス・ベースで経験に裏づけられた臨床実践』は、多くの部門の相乗り企画であった。このような具体的で各論のシンポジウムには聴衆が多く、会場は立ち見であふれていた。
 シンポジウム2311『エビデンス・ベースの実践-公共部門における歴史、計画、実装』は、公共部門の心理学者部会(第18部会)のレーガンが司会していた。このなかで、サルフィノの発表は面白かった。彼は、ニューヨーク州精神衛生局の「エビデンス・ベース実践イニシアチブ」という部署に勤めている。エビデンス・ベース実践という用語は、すでに公共部門の部署名になっている。サルフィノは、アメリカのいろいろな部門でのエビデンス・ベース実践について、新しい動きを紹介していた。
 シンポジウム2172『エビデンス・ベースの実践(EBP)とESTの議論についての新しい方向』は、クリストファーとファウアーズ司会で、ホロン、ビュートラー、ノークラスらが話題提供していた。理論・哲学心理学会(第24部会)、心理療法部会(第29部会)、人間性心理学会(第32部会)の3つの部会の共同シンポジウムである。ホロンがRCT(無作為割り付け対照試験)について利点と問題点を手際よくまとめた。ノークラスは人間関係が大切といい、スライフは哲学的な問題を扱っていた。最後の方はやや批判的な論調もあった。
 ほかにも、出られなかったが、シンポジウム1275『エビデンス・ベースの集団治療』やシンポジウム1270『リハビリテーションにおけるエビデンス・ベース実践』といったタイトルもあった。
 なお、いろいろなところでエビデンス・ベースという用語が目を引いた。例えば、中学校の自殺予防プログラムの広告でも、「エビデンス・ベースの教育とスクリーニング」というキャッチフレーズか使われていた。日本では、「エビデンス・ベース」と「ナラティブ・ベース」が対語のようにして用いられるが、APAでは「ナラティブ・ベース」といったタイトルはひとつもみかけなかった。ナラティブ・ベースとは和製英語ではないかと思われるくらいであった。

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②招待講演

 著名な研究者による50分の講演会。全体で200本くらいある。勉強になる。
 統合失調症については、ブランチャード(メリーランド大学)が「統合失調症のアンヘドニア」について講演した。スライドもきちんとしていて、わかりやすい発表であった。その他の領域では、ニスベット(ミシガン大学)は、一般心理学ウィリアム・ジェームス出版賞の講演で、「思考の地理学」と題した講演で、アジア人と西洋人の認知の差について文化心理学の研究をまとめていた。アジア人は地に注意が向き、西洋人は図に注意が向くというデータをいろいろな観点から示していた。日本人を対象とした研究も多くおこなっていて、北山忍氏の研究も多く引用していた。この講演も多くの人を集めていた。
 また、ピンカー(ハーバード大学)は、一般心理学ウィリアム・ジェームス出版賞の講演で、「空白状態」というタイトルで講演した。ピンカーは日本でも翻訳のある有名な進化心理学者である。長髪で講演も面白く、会場は立ち見であふれていた。さらに、シャクター(ハーバード大学)が、「記憶の特異性:認知神経科学から」というタイトルで講演していた。こちらは聴衆は少なかった。

③ポスター発表とペーパー・セッション

 個人の発表はポスター発表とペーパー・セッション(口頭発表)である。ポスター発表の数はかなり多い。若い人はほとんどポスター発表である。

④ワークショップ(研修会)

 ワークショップは、スキルや理論を直接学習する場である。テーマとしては、臨床関係だけではなく、基礎的な研究スキルのワークショップも多い。ワークショップは、計100本以上開かれた。有料のものと無料のものがある。
 有料ワークショップは、1日15本くらい、計60本開かれた。大会の前日(17日)にもおこなわれたものもあるし、大会期間中(18~21日)におこなわれるものもある。全日(7時間)と半日(4時間)のものがある。人数制限があるので、チケットを買って予約参加する。費用は、全日が245ドル(会員)と315ドル(非会員)であり、かなり高い(事前に登録すると175ドルと245ドルと少し安くなる)。
 無料のワークショップもあり、これは50分と110分のものがある。1日10~15本、計50本ほど開かれる。
 有料のワークショップは、生涯学習のための単位(CEクレジット)として認められるが、無料のワークショップは単位にならない。
 ワークショップは、コンベンションセンターとは別のホテルで静かにおこなわれていた。筆者の参加目的のひとつはワークショップの視察にあったので、数本のワークショップに出てみた。
 「集団心理療法と精神の問題を結びつける」はリッター(カリフォルニア大学)の集団療法についてのワークショップである。心理療法系のテーマであり、スライドを使わず、ホワイトボードに書いて示し、話をするだけの形式であった。英語がほとんど聞き取れず、理解できなかった。ハンドアウトも4ページの簡単なもので、うち1ページは文献リストなので、ほとんど役に立たない。
 「大学以外の職を得る機会」は、社会的問題の心理学的研究(第9部会)が企画したもの。演者がだらだらと自分の経験談を話しているだけで、ハンドアウトもない。ワークショップというよりは雑談の会。情熱は感じないが、親しみやすく、参加しやすいものである。
 「口腔感覚と慢性病」は、これは4人の演者が研究発表をする形式。演者たちは、スライドを使っていて、話もわかりやすいし、エネルギッシュで情熱を感じる。指定討論者もいる。ワークショップというよりは、シンポジウムに近い。フロアからの質問がかなり活発だったので、その点ではワークショップ的である。
 「集団療法と心理療法を臨床実践に組み込む」は、2人の演者がずっとしゃべり続けるという心理療法家のスタイルで、スライドもない。30分話して、あとは4人ずつのグループに分かれてのディスカッションとなった。この段階で、ほとんど理解できなくなったので、退出せざるを得なかった。
 「心理学者のためのウェブサイトを使いやすくするためのガイド」は、講演スタイルである。スライドも使ってわかりやすい。しかし聴衆は20人ほどしかいなかった。
 「応用心理学のための連邦資金の獲得法」は、研究費の獲得法である。陸軍・海軍・NSF(国立科学財団)などからの研究費の取り方を話していた。シンポジウム形式で、数人がそれぞれの資金の解説をしていた。スライドを使ってわかりやすく、ためになった。
 「研究とコミュニティの架け橋」は、10人くらいの小規模なグループで、椅子を丸く囲んで話していた。英語の不得意な人間はどうしても入れる雰囲気ではなく、すぐに抜け出してしまった。
 こうしていくつか覗いてみたが、形式も内容も千差万別であった。形式的には、ワークショップ型、シンポジウム型、講演型、議論型などさまざま。内容も、臨床から就職法、資金獲得法、ウェブ使用法まで、さまざまの内容である。

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⑤フィルム・セッション

 ひとつの部屋では、4日間ずっとビデオや映画を流している。違う種類のビデオである。行った時は『人間の攻撃性の起源』という番組であった。プロが作った学習用のテレビ番組である。APAは映像をきわめて重視して、多くの番組や資料を作っている。APAストアでも、ビデオ作品がたくさん並べられていた。

⑥開会式

 開会式は、初日の午後6時からおこなわれた。APAからの授賞式があった。11月に来日予定のリチャード・スーイン(コロラド州立大学)が表彰を受けていた。
 ワシントンDC市長のアンソニー・ウィリアムも来て、スピーチをした。どこかで見たことがあると思ったら、『地球の歩き方ワシントンDC』に、写真入りでこの市長の挨拶文があった。
 最後は、アーロ・ガスリーのコンサートになった。有名なカントリー歌手のウディ・ガスリーの息子で、1960年代にアメリカで一世を風靡したフォーク歌手とのこと。今は68歳とか。「アリスのレストラン」という曲が大ヒットしたとのことで、会場でもみんな歌っていた。

⑦タウンホール・ミーティング

 現会長のレバントの出るディスカッション。手話をする人がいたり、スーツをばしっと決めたコンパニオンの女性数名がサポートしていた。

⑧特別セッション

 2日目の夜には、「APAナイト」という特別イベントが、アメリカ・インディアン博物館でおこなわれた。APAの第18部会(公共部門の心理学者部会)と、この部会の副部会である「インド系心理学者部会」の主催である。アメリカ・インディアン博物館は、スミソニアン博物館のひとつである。スミソニアン博物館は、世界で最も大きい博物館の組織で、ワシントンDCを中心に18の博物館・美術館・動物園を持っている。アメリカ・インディアン博物館は、スミソニアンの18の博物館の中で最も新しい施設である。2004年の9月に開館したばかりである。 4階では「我々は誰か?」という15分のフィルムを上映している。また、4階の「我々の宇宙」と「我々の人々」という民俗学の資料の展示は、その圧倒的な量と展示のセンスに驚かされる。大英博物館のようにすべての資料を展示してあるのではなく、質の高いものだけを選択して、現代的にビジュアルな方法で展示してある。表に出ている展示は少ないが、質の高さからみて、展示されずに裏で眠っている資料が厖大であることを予想させる。

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5.有名な研究者でどんな人が参加するか

 統合失調症の研究者としては、前述のNIMH系の研究者たちが来ていた。カリフォルニア大学のネクターラインとグリーンなどである。メリーランド大学のブランチャードやアラン・ベラックもみた。
 認知行動療法系では、アーロンとジュディスのベック親子が出席していた。アーロン・ベックは、高齢だが、こうした大会でもいくつものシンポジウムを掛け持ちして、アクティブに参加していた。リネハンも参加して講演していた。
 行動療法系では、リチャード・スーイン(コロラド州立大学)が出ていた。スーインは、行動療法家で、アジア系で初めてAPAの会長を務めた大物で、開会式で表彰を受けていた(Citation and Awards)。スーインは今年の11月の日本行動療法学会に坂野先生が招待する予定である。また、ラザルス、アズリン、フランクス、スターツといった大物が、「行動療法のパイオニアたち」というシンポジウムを開いていた。いずれもAABT(行動療法促進学会)の会長を勤めたビッグ・ネームである。しかし、シンポジウムは、昔のことを回顧する話ばかりで、新しい動きを作ろうという意志も活気も感じられない。タイトルもよくない。聴衆も年輩の人ばかりで、昔のことを懐かしがるために聞きに来ているという感じ。若い人はほとんど聞いていない。アメリカにもこういうプログラムがある。
 臨床社会心理学系では、ノレン・ホエクセマが講演していた。

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6.日本から誰が参加していたか。

 津田彰先生と津田研究室の人たち数名と、大島尚先生(東洋大学)を見かけた。津田先生と東京大学出版会から出版予定の『臨床ストレス心理学』の編集会議をおこなうことも、今回の渡米の目的のひとつである。
 日本からの参加者は、特に数えたわけではないが、おそらく50人ほどであろう。これだけ多いと、日本の旅行社がツアーを組めるかもしれない。
 社会心理学の若手でポスター発表している人も多かった。APAで一度ポスター発表することは、丹野研の院生にも勧められる。

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7.発表申し込みの〆切はいつか、大会参加費はいくらか。

 だいたい例年、発表申し込みが前年の12月くらいで、大会は8月にある。
 参加費は、会員が270ドル、非会員が300ドル、学生会員が70ドル(1ドルはだいたい110円)である。事前に登録すると、安くなる(それぞれ215ドル、245ドル、60ドルになる)。
 非会員の参加費は300ドル(約33000円)と高い。日本の学会の4~5倍である。しかし、それだけの見返りは十分ある。
 APAの会員への申請。筆者は以前からAPAの会員になりたいと思っていたが、今回参加してみて、感銘を受けたので、入会することにした。会場にあるメンバーシップのコーナーへ行って、入会申請書をもらい、記入して出した。入会審査があり、合格すると通知が送られてくるということであった。

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8.次回の学会はいつどこで開かれるか。

 発表申し込みが前年の12月くらいで、大会は8月にある。
 次回のポスター発表などの申し込みの〆切は 2005年12月2日。
 開催地と開催地は2013年まで決まっている。

なお、これまでの大会の資料は、APAのホームページで見ることができる。

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9.学会や大学や旅行や観光で気がついたこと、その他

 この大会は、日本の心理学会がモデルにするべき点がたくさんある。

①初参加者対策

 APA大会に初めて参加する人への細かい配慮がある。他の学会では見られないものであり、感心した。さすがに会員を16万人に増やしてきたAPAの戦略は行き届いている。日本でも見習うべき点がある。学会というものの考え方が根本的に違うのだと実感した。少し詳しく報告したい。

a.ホームページでのメッセージとFAQ

 大会のホームページでは、初参加者のためのコーナーを設けている。そこを見ると、まず「初参加者への手紙」があって、APAの会長が、初参加者は大歓迎であると述べ、この大会に出るとこんな良いことがあり、こんなに楽しいイベントがありますと宣伝している。そして、初参加者のために、FAQ(よく出る質問)を作ったり、オリエンテーション・セッションや特別社交プログラムなどを作っているので、ぜひ参加してほしいと呼びかけている。こうしたメッセージから、手放しで大歓迎するという姿勢が伝わってくる。
 FAQ(よく出る質問)のコーナーでは、37個の質問が出ている。「大会プログラムにはいろいろありますが、それぞれの特徴は何ですか?」「部会とは何ですか?」「プログラムは厖大で圧倒されてしまいますが、自分で出たいプログラムを探すのにはどうしたらよいですか?」「会場を探すにはどうしたらよいですか?」「どんな服装で出たらよいですか?」などであり、だいたいの質問が網羅されている。それに対する説明も詳しい。おざなりのものではない。おそらく、会場の受付に寄せられた質問を毎年リストアップして、大会専門の職員が、かなりの時間をかけて作っているに違いない。

b.初参加者のオリエンテーション・セッション

 初日の9:00-9:50まで、初参加者のためのオリエンテーションが開かれた。「学会で生き残るテクニック-APAの大会から多くのものを得るために」と題されていた。筆者も初参加だったので、行ってみた。200人くらいの人が集まっていた。若い学生と中年の社会人らしき人とが半々だった。
 ビル・ヒル(ケンソー州立大学)とダイアン・ハルパーン(クレアモント・マッケンナ・カレッジ)が司会した。彼らの話しぶりは明るく精力的である。
 最初に、周りの2人に話しかけて、自己紹介するようにと言われた。筆者もふたりとあいさつした。メキシコの大学院生とアメリカの大学院生であった。だいぶ気が楽になった。初めての学会というものは、周りの人がすごい人に思えるものなので、この自己紹介で気が楽になった。司会者から、「自己紹介した人は、会場で出会ったら、ハーイと声をかけるようにしましょう」と言われた。大勢の参加者の中でひとりでも知り合いがいるということは、やや心強い気持ちになる。
 初参加者は、初参加者リボンをバッジにつけることと、受付で簡単なプレゼントが用意されているということだった。
 司会者は、次に、大会のしくみをひとつずつ説明していく。ワークショップ、継続教育、特別セッション、プログラム・ブックの見方、会場の仕組みなどである。「初日の夕方に初参加者歓迎パーティがあるから、必ず参加してください」といわれた。こういわれると、途中で帰ることができなくなり、そのパーティに参加しなくてはならないという気になる。一種の催眠効果である。そして、質問を受け付けた。「スーパーマーケットはどこにあるか」なんていう質問も出ていた。
 日本の学会でも、このようなオリエンテーションは取り入れてもよいのではなかろうか。考えてみれば、筆者も、初めて学会に参加したときは、何もわからず、会場をうろうろしていたものである。とくにひとりで初めて参加した学会は心細かった。このような時に、ていねいな説明があると、学会への印象はよくなるだろう。オリエンテーションは手取り足取り解説してくれるのである。リピーターが増えるだろう。

c.「初参加者リボン」の仕掛け

 さっそく受付に行って、「初参加者」(FIRST CONVENTION)と書かれたリボンをもらった。初参加リボンをつける前は、運転の若葉マークと同じで、周りからバカにされるのではないかと思っていた。しかし、このリボンを見ると、ちゃちなものではなく、見栄えがする立派なものである(お金がかかっている)。それで試しにつけてみた。すると、晴れがましい気分になったから不思議である。
 こうした「リボン効果」は面白い現象である。ふつうの学会では、初参加者は会場の隅で肩身の狭い思いをしているものである。学会とは、「ベテランの会員が偉い。初参加者は隅でおとなしくしていろ」という雰囲気である。ところが、このリボンはそれを逆転させてしまう。リボンによって、自分が「お客様」になった気分になる。「自分は、APAから歓迎されている大事なお客さんである」と考えて、良い気持ちになる。また、ふつうの学会では、偉い人(役員やスタッフ)がリボンをつけており、何もリボンをつけていない人は、ヒラの人間である。だから、何かのリボンをつけると、自分が特別の参加者になったような晴れがましい気分になるのである。「リボン効果」は劇的である。会場の隅で小さくなっていた初参加者が、回りから脚光をあびた気分になるから不思議なものである。
 このリボン効果を支えるために、ふたつの仕掛けがある。ひとつは、リボンがお金をかけた見栄えのするものであることである。ちゃちな安物のリボンなら効果は低い。
 もうひとつは、初参加者を大事にしようという会場の掲示である。受付の目立つところに、初参加者歓迎のメッセージ・ボードがあった。こんなことが書いてある。「すでに何回も参加されている方は、初参加者を歓迎しましょう。初参加者のリボンをつけている人を見たら、声をかけてください。また、今回初めてAPAに参加する人は、『初参加者』というリボンをつけましょう。初参加者には、贈り物を差しあげます」。初参加リボンを付けていると、バカにされるどころか、大事にされるというメッセージが書いてあるわけである。リピーターが増えるだろう。行き届いた仕掛けである。
 なお、受付では、同時に小さなプレゼント(APAロゴ入りバッジ)をもらった。

d.初参加者歓迎パーティ

 初日の4時から、初参加者歓迎パーティが開かれた。オリエンテーションで「ぜひ来てください」と何回も言われていたので、行かなくてはならないという気がしてくる。
 会場となったホテルの一室には、50人くらいが来ていた。簡単な立食の食事ができて、ワインが飲み放題であった。料理は、おざなりなものではなく、お金のかかったものであった。
 オリエンテーションをしたビル・ヒル教授が司会をして、APA会長のレバント氏がスピーチをした。また、各部会からも人が来ていて、資料を配ったりしていた。部会の宣伝の機会でもあるようだ。
 パーティでひとりで食べていたら、2人組が話しかけてきた。ジョージア大学のカウンセリング・センター長をしているアジア系の男の人と、ハワイ大学の教員をしている女の人であった。かなり愛想良く、いろいろなことを話してくれて、気が楽になった。パーティの担当者がいて、初参加者に話しかけてもてなすようである。
 このように、初参加者は無料で飲み食いし、至れりつくせりのもてなしを受ける。リピーターになるはずである。
 学会の懇親会とは逆である。懇親会とは、ベテランの会員がみずから高い金を払って、学会の人脈を作るものであり、初参加者は懇親会には出ないものである。この初参加者歓迎パーティは、逆に、初参加者が、お客様として大事にもてなされる。2回以上の参加者はサービスを得られなくなる。逆転の発想である。

e.受付のわかりやすさ

 参加登録の手続きは、初参加者には面倒なものであるが、この大会では実にわかりやすい。非会員でもわかりやすく表示してある。
 受付の広い会場に行くと、手続きが3つのステップからなることが一目でわかる。
 第1ステップ:申込書を記入する
 第2ステップ:参加費を払い込む
 第3ステップ:参加バッグをもらう

f.障害をもつ人へのサポート

 障害を持つ人がが大会に参加する場合のサポートもある。車椅子のまま乗り降りできる自動車を用意している。また、聴覚障害を持つ人には手話通訳を用意し、視覚障害を持つ人には、付き添いの人をつける。大会の会場には、専用の部屋を用意してあり、そこを利用することができる。専門のスタッフがついて、細かい配慮をしている。ひとりでも多くの人に参加してもらう工夫である。

g.参加者の満足度を高める対策

 初参加者への配慮は、参加者の満足度を高める工夫である。高い参加費(他の学会の4~5倍)を払った分、サービスも提供するという姿勢である。満足度を高めて、リピーターを増やし、さらには会員数を増やす。そのための工夫である。障害を持つ人へのサポートも、大会参加者の満足度を高め、ひとりでも多くの参加者を募る工夫であろう。
 また、初参加者への配慮は、大会参加への閾を下げて、ひとりでも多くの参加者を獲得したいという戦略の一環である。「来たいやつだけ勝手に来い」というのではなく、「お客様としてのサービスをするから、ぜひいらしてください」という姿勢である。研究志向を少し犠牲にしてでも、ひとりでも参加者を増やすために、学部の学生や一般人も大歓迎する。人集めイベントのお客様という側面もある。だから参加者が14000人の大きな学会となり、会員が16万人に増えたのである。

②APAストアでのビジネス

 展示場の一番目立つところに場所をとって、「APAストア」を作り、APAの本やグッズを販売している。APAは、多くの本やビデオを出版している。また、APAのロゴ入りグッス(Tシャツ、スウェット、マグカップ、ノート、ボールペンなど)もたくさん作っている。これらを展示・販売していた。大会価格で本が安く買えるので、いつも満員で、多くの客が4~5冊の本をまとめ買いしている。相当な収入になるだろう。また、本の著者と会って、本にサインをしてもらうイベントも開かれており、本の売り上げはさらに増える。
 APAはしたたかな商売人である。それを強く感じたエピソードがある。筆者は本を数冊買ったが、本を買う人があまりにも多くて、レジは5台くらいあるのに、行列が長くなってしまった。少しイライラして待っていたら、レジの女の人が、チョコレートをかごに山盛りにして、行列の人に配りだした。筆者のところにも回ってきて、ひとつだけ取ったら、「もっと好きなだけたくさんとって良い」とニコニコしながら言っていた。チョコを取る人は、誰しもニコニコ顔になる。日本では、行列に並んでいる人にこれだけ配慮するだろうか。まして、ここは商店ではなく、学会である。APAは、したたかな商売人である。筆者は、ついレジの近くにあった光るボールペン(APAロゴ入り)を買ってしまった。こちらは防衛の弱い消費者である(とはいえ、その光るボールペンは、ふつうのペンではなく、少しセンスの良いものであり、子どもたちにおみやげにしたら喜ばれた。学会グッズを子供たちに買って帰って喜ばれたのは初めてである。)

③展示ブース・・・スポンサーへの配慮

 広大な展示場には、展示ブース(Exhibition)が300近くある。日本の学会での展示は、多くて30社くらいであるから、その規模は10倍以上である。半分は出版社であるが、他にも、実験機器メーカーや学会・大学・研究所などの宣伝ブースも多い。例えば、NIHの各研究所(NIMHやNIDA)がブースを出している。
 展示者は高いお金を出して、展示ブースを買う。スポンサーになるわけである。
 APAは、スポンサーである展示者にさまざまのサービスを提供する。
a.初日の午後4時~5時は、展示見学時間(Exhibits-Only Hour)であり、学会のプログラムは何も入れない。参加者は展示ブースへ行くことを奨励される。6時から開会式なので、参加者はみんな展示ブースへと殺到する。当然売り上げも伸びるのである。それで、展示者も増えるのである。
b.展示者の部屋も用意されていて、飲み物などが用意されている。スポンサーへのサービスは、至れり尽くせりである。
c.大会プログラムにも1社数行の広告が載せられている。それだけでも8ページくらいになる。
d.本の著者と会ってサイン会をするというイベントも開かれている。「この著者は会期中の何時からどこでサイン会をする」というリストが看板に出ていた。30人くらいの著者がリストアップされていた。スポンサーとなる出版社へのサービスである。

④事前登録者の抽選

 事前登録した人の中から、抽選でプレゼントが当たる。抽選の結果が会場に張り出されていた。賞品は、アメリカンイクスプレスのギフトカード250ドル分1名、ホテル宿泊券200ドル分5名、ワシントンDCのレストラン食事券100ドル分5名、アメリカンイクスプレスのギフトカード100ドル分5名といったぐあいである。当選者の名前がずらりと張り出してある。たぶん賞品はスポンサーからCMとして提供されたものであろう。事前登録の割合を増やし、学会を楽しくすごすというアメリカ的な発想だが、「学会がこんなギャンブルまがいのことをしていいのか、ここまでやるか」という抵抗も感じる。

⑤メディア対策

 夜テレビを見ていたら、ニュースでAPAの心理学者の研究が取りあげられていた。別の日に2回、別の内容のニュースであった。これはAPAがメディアに配信するプレス・リリースのためだろう。会期中にたまたま見たテレビでも(しかも英語の不得意な日本人がたまたま見ていたテレビで)、2つ取りあげられていたのだから、実際にはもっと多いだろう。
 APAのメディア対策はしっかりしている。APAのホームページを見ると、心理学者の研究の成果が、プレス・リリースとしてたくさん並んでいる。メディア関係者はそれをみて記事にする。こうしたメディア対策は、日本の心理学には欠けている。

⑥会長選挙の立候補者のための情報提供

 会場には、会長選挙の立候補者のための机が用意されていた。そこに立候補者は、写真入りの選挙公約のビラを置いておく。今回は、3人の立候補者のビラがおいてあった。女性2名と男性1名である。いずれも臨床心理学関係が専門であった。彼らの公約や推薦書がおいてあった。ひとりの候補者は、「~氏をAPA会長にしよう」というバッジ(ブリキの安いもの)を大量に置いていた。大統領選挙がモデルであろう。
 APAの会長選挙は、会員の直接選挙である。アメリカ大統領の選挙と似ている。日本の心理学会は、直接選挙ではなく、間接選挙である(理事を選挙で選び、理事が理事長を選ぶ)。APAの会長は、学問的業績とか研究者としての尊敬度もさることながら、政治力も大きな要素となる。会員は、「この人ならAPAをもっと強力にしてくれる」という人を選ぶ。候補者もそのことを事前にアピールする。APAの会長になるということは、学問的な名誉というよりも、社会的な名誉と権力を持つということである。会長になると、その名誉や権力は大変なものであろうから、その選挙運動も激しくなるのだろう。

⑦プログラム・ブックの工夫

 抄録のついていないプログラム・ブックだけで、電話帳の厚さになる。プログラム・ブックには、いろいろな工夫がしてあった。
 学術プログラムの数は4日間で計1500件近くになる。多すぎて、一覧表が作れない。そこで、各日に「個人のスケジュール」というページが作ってあり、そこに行動予定を書き込むようになっている。一覧表より不便ではあるが、意外に早く慣れる。プログラムが多すぎるので、興味のあるものをすべて回ろうとか、関係するものをすべて回ろうとしても不可能である。そうした完全主義は捨てなければ身が持たない。
 主力プログラム(会長講演やハイライトのプログラム)は、緑色のページに目立つように印刷されている。
 事項索引が50ページ近くあって、テーマ別の検索ができる。ただし、これは、項目が荒すぎるので、使いにくい気がした。例えば、Evidence-Based Practiceなどという項目はない。
 人名索引が100ページ近くある。発表した人すべてについて、学位、所属、住所、発表プログラム番号が載っている。学位や所属や住所が載っているのは、その人を知ってコンタクトをとるには、便利である。住所録としても使えるのである。初めて発表した学生にとっては、自分の情報が載っているのはうれしいだろう。これに対して、日本の学会のプログラムの人名索引は、発表のページくらいしか書いていない。住所や所属を載せるとしたら、校正などで厖大な手間暇がかかるからだ。APAのプログラムは、それだけ手間暇をかけいるということである。
 また、会場で配られるのは、プログラムだけであって、発表の抄録集は配られない。抄録はあとでPsycEXTRAというデータベースとして発表されるようだ。これは大会後に作られるプロシーディングのようである。会員はインターネットでアクセスできる。個人で買うことはできず、図書館で購入してくださいと書いてあった。
 会場で発表を聞く時に、聴衆の手元にあるのはプログラムだけであり、抄録がないので、理解度が低下する。とくに日本人にとって、抄録なしに口頭発表だけで理解するのはきつい。これは大会の弱点である。研究面がやや切り捨てられている気がする。

⑧APAの本部ビルの内部見学

 大会2日目の10:00-14:00に、「オープン・ハウス」というプログラムがあり、APA本部ビルの内部を見学できた。ふだんはAPAビルの中を見る機会はなかなかないが、大会がワシントンDCで開かれたので、内部公開が企画された。これはたいへん貴重な体験であった。
 APAは2つの大きなビルを所有している。ひとつはファースト通り750番地のビルである。ワシントンDCの中心部にある。これがAPA本部ビル(ヘッドクオーター・ビル)である。1992年に完成した。地上9階(その上にテラスがある)、地下2階(駐車場)である。1~6階をAPAの学会本部として使っている。7~9階は、ソーシャル・ワーカー協会や教育関係などの16団体に貸している。
 もうひとつのビルは、G通り10番地ビルであり、本部ビルから南に1区画行ったところにある。地上6階(その上にテラスがある)、地下2階(駐車場)である。APAが使っているのは4階の一部のみであり、あとは貸している。貸出先は、ワシントンポストやアムトラックなど一般企業を含む17団体である。このビルは、財テクのための営利用ビルである。
 本部ビルへ行くには、地下鉄レッドラインで、ユニオン・ステーションでおりる。駅の向かいに、国立郵便博物館(スミソニアン博物館の一部)がある。駅と博物館をはさむのがファースト通りである。坂をおりていくと1分ほどでビルが見えてくる。9階建ての大きなビルでよく目立つ。前面に「アメリカ心理学会、ファースト通り750番地」と大きく表示してある。入口のロビーはかなり広く取ってあり、事務のビルとは思えない余裕のある造りである。今でも広いが、さらに拡張する計画があるという。
 オープン・ハウスでは、3~6階が公開された。中にはいると、各階ごとに事務局の人が、1組1組ていねいに対応して案内してくれた。みんな愛想良く応対してくれた。
 3階は、図書室(アーサー・W・メルトン図書室)である。これまでのAPAの学会資料などが保管されている。
 4階は、実践支援部門とコンピュータ室である。実践部門は、実務的心理学の支援部門であり、資格の管理や臨床心理士の認定校の管理、法律や規制についての問題などを扱う。
 5階は、科学部門、教育部門、広報部門である。科学部門は、雑誌や本の出版,研究費獲得の援助、ワークショップや訓練などを担当する。教育部門は、大学や大学院での心理学教育、年次大会の運営などを担当する。広報部門は、広報のための出版物の発行や、社会・メディアへの広報活動をおこなっている。
 これらの部門では、ひとりの局員がひとつの部屋を持っている。職員には博士号を持つ人もいる。この日は、職員のほとんどは、大会の会場に行っていて不在であったが、かえって中をよく見て回ることができた。各人の部屋はかなり広いスペースで、新しくて清潔で仕事しやすそうである。
 6階は、会議室と執行部室(エグゼクティブ・オフィス)である。会議室は、大きな楕円形のテーブルがあり、回りの壁には、歴代のAPA会長の写真が飾ってある。1892年の初代会長のスタンレー・ホール(ジョンズ・ホプキンス大学、クラーク大学)以来、2期目のラッド(エール大学)、3期目のウィリアム・ジェームズ(ハーバート大学)をはじめ、113年間の会長の写真である。ちょうどホールやジェームスの写真の前に、見学者用のクッキーや飲み物が置かれていて、接待はありがたいが、写真がよく見えなかったのは残念であった。6階の廊下の壁には、これまでのアメリカン・サイコロジストの表紙の絵を集めて飾ってあり、ちょっとした美術館になっていた。有名な画家の絵や、統合失調症を持つ患者さんの絵などもあるという。6階には、APAの本を販売する書店がある。パンフレット類もたくさん置いてある。ふだんは6階の書店は、一般人でも出入りできるのかもしれない。
 この時に配られたパンフレットによると、APAのスタッフは550名(常勤・非常勤合わせて)である。年間収入は1億20万ドル(約110億円)、会員からの収入はそのうち14%にすぎず、多くは事業収入である。支出の半分5200万ドルは、人件費・事業・ビルなどにかかわるものである。APAビルの資産価値は2億4千万ドル(約250億円)であり、ビルの負債も1億2千万ドル(約140億円)残っている。
 回ってみて、つい日本心理学会と比べざるを得なかった。前から聞かされてはいたが、いざ目の前にすると、その差が実感できる。日本心理学会、英国心理学会、アメリカ心理学会の会員数、職員数、年間予算、建物を比べると以下のようになる。

  会員数 職員 年間予算 建物
日本心理学会 6千人 5人 1億円 賃貸マンションの1室
英国心理学会 2万人 100人 15億円 4階建てのビル
米国心理学会 16万人 550人 110億円 9階建てビル2棟

 明らかに、日本心理学会は、英国心理学会とは1桁の差があり、アメリカ心理学会とは2桁の差がある。日本心理学会も、少しでもアメリカやイギリスに近づく努力をするべきではなかろうか。アメリカ心理学会も、新しいビルの前は、4階建てのビルに入っていたという。学会が急成長したのは、つい最近のことにすぎない。したがって,APAの本部ビルやAPA大会の運営方法をよく見ることは、日本心理学会の発展にとって、何か手がかりを与えてくれるに違いない。提案だが、日本心理学会の理事会や事務局は、APAの本部や大会を積極的に見学し、これからの学会のあり方を考えてみてはどうだろうか。

⑨APAの哲学について

 APAの戦略は、会員数を増やして、規模を拡大することである。会員が16万人に増えた。学会が金持ちになるにつれて、きめの細かい参加者サービスができるようになった。小さな学会は、こういうサービスをしたくても、金と人材がなくてできないのである。心理学者がたくさん集まり、心理学が活性化し、社会的発言力が高まる。テレビや新聞も心理学を大きく取りあげる。心理学で飯が食えるようになる。アメリカの心理学は、研究からビジネスへと変化しつつある。こうした変化が、大会のいろいろな場面で見られた。
 しかし、こうした路線には賛否両論もあるだろう。確かに、ネガティブな側面もありそうだ。例えば、抄録が配られないなど、アカデミックな研究発表への配慮が低下している。また、アカデミックな発表に関心がなかったり、慣れていない聴衆が多くなり、アカデミックな研究発表に聴衆が入らなかったり、ものを食べていたり、途中で席を立ったりといった態度のよくない聴衆が増えるなどである。ふつうの学会は、「来たいやつだけ勝手に来い」という考え方である。日本の学会のほとんどがそうであるように、学会とは、研究・教育のディシプリンの場であるから、初参加者は、謙虚な態度で、ベテランの研究内容・方法・発表技法・態度を学ぶべきである。初参加者が大きな顔をしていては、そのような学習が阻害される。学会はできるだけ少数の方が、研究レベルは高まる。意欲のある少数者だけが集まるべきで、関心のない者が集まると、学会のレベルは低下する。規模拡大のネガティブな面にどう対処していくかが今後の課題であろう。

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