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2006年アジア認知行動療法会議(中国・香港)丹野義彦 2006年6月2日

1.どんな学会が、いつ、どこで開かれたか

アジア認知行動療法会議 Asian Cognitive Behaviour Therapy Conference(ACBTC)
日時:2006年5月28日~30日
場所:中国・香港中文大学(Chinese University of Hong Kong)

2.どんな領域の研究者が参加するか、どんな雰囲気の学会か

アジア認知行動療法会議は、アジアの認知行動療法家の学会である。

この会議が開かれるに至った経過

 認知行動療法は現在のアメリカやイギリスでは心理療法の主流となっているが、世界においても「グローバル・スタンダード」となった。アジア地区においても認知行動療法が急速に広まりつつあり、とくに、2004年に日本の神戸で開かれた世界行動療法認知療法会議(WCBCT)は、アジアに大きなインパクトを与えた。これをきっかけに、アジアでは大きな動きが2つあった。ひとつは、認知行動療法の世界会議委員会(WCC:World Congress Committee)という大きな傘組織の中に、アジア地域の組織を作ろうという動きである。次回のWCCは、2007年にバルセロナで開かれるWCBCTの時に開催される予定である。アジア地域の代表は、日本の関西学院大学の松見淳子先生と、韓国Yonsei 大学のKyung Ja Oh 先生でである。そのWCCにおいて、アジア地域の組織の第1回総会を開こうという計画がある。
 もうひとつの新しい動きが、このアジア認知行動療法会議である。オーストラリアのクイーンランド大学のシャン・ウィ(Tian Oei)教授と、香港中文大学のキャサリーン・タン教授(Catherine Tang)が組織委員として企画した会議である。

会議の目的

 会議の基本テーマは「エビデンスにもとづくアセスメント・理論・治療」となっている。
 会議の目的は、次の2点に置かれている。
①アジアにおけるエビデンス・ベースの認知行動療法を紹介して普及させること。
②もっと広く、エビデンス・ベースのアセスメントや理論や治療をとること。

プログラム委員

 この学会を企画したプログラム委員には、日本から杉浦義典氏(信州大学)と越川房子氏(早稲田大学)がいる。プログラム委員は、他に、パドマール・デ・シルバ(イギリスのオクスフォード大学)、ソンポック・イアムスパシット(タイのチュラオンゴム大学)、モーリッツ・クウィー(オランダ)、ユン・ハイ・コン(韓国大学)、クリシュナ・モハン(インドのネール・ナガール大学)、ミンギ・シャン(北京大学)、サーリト・サルウォナ(インドネシア)、ダラワン・タピンタ(タイのチェンマイ大学)である。

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3.学会の規模は 何人くらい参加するか

 ほぼ300人の参加者があった。初日のワークショップにも200人が出ていた。
 演題を発表している人の国籍はアジア各国に渡っている。人名索引を国別に見ると、日本が最も多く51名であった。日本からの発表者が最も多かったのは幸いである。
 続いて、韓国46名、中国(本土)45名、香港23名、オーストラリア19名、台湾18名、アメリカ合衆国9名、タイ8名、マレーシア6名、フィリピン3名、ニュージーランド3名、オランダ3名、インド2名、ブラジル2名、スリランカ1名、イギリス1名となっている。
 開催場所のせいもあり、東アジアが主で、東南アジアも多かったが、南アジアや西アジアは少なかった。
 組織委員のシャン・ウィの働きかけもあって、オーストラリアやアメリカ合衆国からの参加者も多かった。
 全体に参加者の年齢は若い。指導者は40歳代~50歳代である。大学院生の参加者も多かった。
 臨床心理学の専門家が多かったが、精神科医や看護師などの参加者も多かった。

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4.どんなプログラムがあるか、その内容で印象に残ったことは

①ワークショップ

 大会初日の28日には、デイビッド・バーロウのワークショップがおこなわれた。デイビッド・バーロウは、アメリカのボストン大学の教授であり、世界のエビデンス・ベースの臨床心理学を代表する心理学者である。1993年にアメリカ心理学会の第12部会(臨床心理学部会)が作成した心理学的治療のガイドラインは有名であるが、このタスクフォースの座長をしたのがバーロウである。このガイドラインを転換点として、アメリカの臨床心理学は、「エビデンス・ベースの臨床実践」の志向を急速に強めていく。現在、バーロウは、ボストン大学の付属施設である不安障害関連センター(Center for Anxiety and Related Disorders; CARDと略される)の主任をつとめている。邦訳された著書には、『恐慌性障害-その治療の実際』(バーローとサーニー著、上里一郎監訳、金剛出版)と『一事例の実験デザイン』(バーローとハーセン著、高木・佐久間監訳、二瓶社)がある。
 2004年の神戸WCBCTにおいても来日し、基調講演、シンポジウム、教育セッション、ランチョン・セミナーを精力的にこなした。基調講演は、「情動障害の治療における認知行動療法の統合的プロトコール:理論と実践」と題するものであった。
 今回のワークショップは『情動障害の治療における認知行動療法の統合的プロトコール』と題され、午前中に2セッション、午後に2セッションに分けておこなわれた。ビデオで事例を示しながら、朝9時から午後5時まで一日中ワークショップは続いた。

②基調講演

 第2日目の冒頭の招待講演もデイビッド・バーロウによるものであった。『認知行動療法とエビデンス・ベースの臨床実践:その未来』と題するものであり、エビデンス・ベースの臨床実践(EBP)についてわかりやすい解説していた。筆者は最前列で聞いていたが、講演が終わったバーロウがたまたま隣りに座った。そこで、ぜひ2007年の日本心理学会に招待したいと強く思ったので、隣のバーロウに交渉してみた。スケジュールが合えばということであった。しかし、あとで知るところによると、バーロウは、香港中文大学の臨床心理学プログラムと正式の提携をしており、中文大学の大学院生がバーロウのもとでスーパービジョンを受けたりしているという。このような密接な関係があるので、バーロウもこの大会を引き受けたのだろうと思われる。
 バーロウのほかには、モーリッツ・クウィー(オランダ)が講演をおこなった。クウィーも2004年の神戸WCBCTにおいても来日し、「治療への準備と再発予防のためのマインドフルネスに関する理論、研究、実践」と題したワークショップをおこなった。

③シンポジウム

 16本のワークショップが開かれ、盛況であった。日本人も積極的にシンポジウムを開いていた。松見淳子先生は「アジアにおける認知行動療法の改良」というシンポジウムを企画・司会し、越川房子先生は「認知行動療法と仏教心理学」、杉浦義典先生は「マインドフルネスと受容療法のメカニズム」というシンポジウムを企画・司会した。これ以外にも、日本の若手の研究者が多くシンポジウムに参加しており、若手の台頭を強く感じた。これは神戸のWCBCTの時から目立ってきた傾向である。
 シンポジウムについては、丹野は、「社会恐怖症への認知行動療法」や「香港と中国での認知行動療法の教育」が役に立った。
 面白かったのは、各演者の発表の後、座長から表彰状が渡され、そのシーンをひとつひとつ写真で撮っていたことである。中国では当たり前のことなのであろうか。

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④ポスター発表

 個人の発表はポスター発表のみである。全部で60本のポスターが4つのセクションに分けて発表された。多くの人が見に来ていて、盛況であった。内容としては、臨床研究が主であるが、非臨床アナログ研究もあった。
 丹野研究室では、以下の3題を発表した。
Arakawa, H., Yamasaki, S., and Tanno, Y. Less flexibility in reasoning among college students with delusion-like ideation. Abstract, p. 116.
Moriya, J. and Tanno, Y. Attentional control with social anxiety. Abstract, p.134.
Asai, T., & Tanno, Y. The relationship between the sense of self-agency and schizotypy. Abstract, p.165.

⑤ウェルカミング・ディナー

 第2日目の夜には、歓迎パーティが開かれた。香港の中心街の香港文化センターにある映月楼という広東料理のレストランにバスで移動した。100名ほどの参加者があった。8つのテーブルに分かれて、広東料理を味わった。ディナーの参加費は32ドルと安い割には豪華であった。以前に北京で国際心理学会議をしたときも、歓迎ディナーは値段に比べてとても豪華だったことを思い出した。
 同じテーブルには、タイからのグループがいたので、次回のアジア認知行動療法会議について話をして、シンポジウムを出すことなどを約束した。

⑥サテライト講演とディナー

 第3日目の夜には、中国認知行動療法学会(Chinese Association of Cognitive Behaviour Therapy: CACBT)が主催で、バーロウの講演会とディナーが開かれたが、丹野も招待された。丹野は、2002年にロンドン大学精神医学研究所に留学したときに、香港中文大学助教授のウォンさんと知り合い、香港の認知行動療法についていろいろ聞いていた。香港に行ったらぜひウォンさんを尋ねたいと思っていたので、来る前に、ウィン・ウォンさんのオフィスを尋ねたいとメールでお願いしたら、学会後にこうしたサテライト講演があるので聞きにこないかと誘われた。ウォンさんは、2005年には、中国認知行動療法学会を作って議長となっていた。こうした縁で、バーロウの講演会を聞くことができ、その後のディナーにも招待された。バーロウやラピーなどのゲスト、香港と中国の主だった学会メンバーが招待されていた。杉浦義典氏とともに参加することができた。オーストラリアのラピーのグループの人や、マレーシアの人たちと話すことができた。香港でも有名なコンラッド・ホテルで開かれ、ディナーも相当豪華であったのは幸いである。

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5.有名な研究者でどんな人が参加するか

 アメリカのデイビッド・バーロウ(ボストン大学)、オーストラリアのロン・ラピー(マッカリー大学)、イギリスのセンスキー(ロンドン大学のインペリアル・カレッジ)、オランダのモーリッツ・クウィーが参加していた。プログラム委員を務めていたイギリスのパドマール・デ・シルバ(ロンドン大学の精神医学研究所からオクスフォード大学へと移ったらしい)や、北京大学のミンギ・シャンは、出席しなかったようである。

6.日本から誰が参加していたか

 日本からは約50名の参加者があった。
 発表者の数が最も多かったのは日本の51名であった。会議の中では大勢力であった。
 丹野研関係者も7名参加した。丹野の他に、石垣琢麿先生(東京大学)、毛利伊吹先生(帝京大学)、杉浦義典先生、大学院生の荒川裕美さん、守谷順さん、浅井智久さんである。
 松見淳子先生と原井宏明先生と丹野は、日本行動療法学会の国際交流委員をしているが、3人とも出席した。
 最も多かったのは早稲田大学の関係者であった。坂野雄二先生の研究グループも多かった。越川房子先生、神村栄一先生、陳峻文先生が参加していた。宮崎大学の佐藤正二先生と佐藤容子先生、戸ヶ崎泰子先生、兵庫教育大学の佐々木和義先生と井上雅彦先生、山梨英和大学の杉山崇先生も参加していた。
 この学会については、丹野も強力に宣伝をした。「日本行動療法学会ニューズレター」第50号(2005年7月15日)で囲み記事を載せたし、「認知療法NEWS」36号(2006年3月)にも宣伝記事を書いた。また、2005年12月に名古屋で開かれた日本認知療法学会では、この学会への参加を呼びかけるチラシを数百枚配った。このような参加呼びかけが実を結んで、参加者が増えたのはうれしいことである。また、坂野雄二先生もさかんに宣伝していたし、松見淳子先生も「日本行動療法学会ニューズレター第50号」で大会のアナウンスをしたのも大きかった。

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7.発表申し込みの〆切はいつか、大会参加費はいくらか

 ポスター発表などのアブストラクトの〆切は 2006年3月15日。
 参加費(当日)は、学生以外が160米ドル、学生が85米ドルである。大会前の予約参加費では、学生以外が130米ドル、学生が75米ドルとなる。バーロウのワークショップは、学生以外が120米ドル、学生が60米ドルである。
 参加費には昼食代とコーヒーブレーク代も含まれていて、ランチはたっぷりと食べることができたのは助かったし、コーヒーブレークで飲茶が出たのも楽しかった。

8.次回の学会はいつどこで開かれるか

 アジア認知行動療法会議は、3年ごとに開かれる世界行動療法認知療法会議(WCBCT)の間に開かれるとのことである。
 第2回のアジア認知行動療法会議は、2年後の2008年にタイで開かれることが決まっている。日時や場所は未定である。いずれは日本でも開かれることになるだろう。

9.学会や大学や旅行で気がついたこと、その他

アジアでも、行動療法と認知療法は合体して、ひとつの学会となっている。2つが分かれているのは、日本くらいのものである。
香港の特殊性。
 香港という都市は、少し前までは英語圏だったということもあり、香港の心理学者は、イギリスやアメリカに直接行って最新の認知行動療法を勉強している。このため、香港では、欧米と同じように、認知行動療法が主流となっており、世界における認知行動療法の本場のひとつと言っても過言ではない。こうした香港で、この会議の第1回が開かれたことは自然のことである。
 クラークが日本に来ることをウォンさんに伝えたら、驚いていた。
 アジアを見直したこと。英語が上手な人が多い。むしろ日本人の方が英語が話せない。

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