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6.ノッティンガム(イギリス)2005年5月29日更新

 ノッティンガムは、イギリス中部の都市で、トレント川のほとりにできた町である。近くの街のダービーには日本のトヨタの工場もあり、日本人も多い。ノッティンガムには、大きな大学が2つある。ノッティンガム大学とノッティンガム・トレント大学である。某観光ガイドブックの地図には、ノッティンガム・トレント大学の場所に、ノッティンガム大学と書いてあった。
 ロンドンから列車で2時間ほどでノッティンガム駅に着く。

1)ノッティンガム大学

 ノッティンガム大学は、1880年に創設され、現在は4万人の学生をかかえる大きな大学である。日本人の学生も10名ほどいるとのことである。2003年には、ノッティンガム大学の名誉教授のマンスフィールドが、MRIの研究でノーベル医学賞を受けた。また、同じく2003年には、ノッティンガム大学の元教授のグレインジャーがノーベル経済学賞を受けた。このように研究は盛んである。いくつかのキャンパスに分かれている。おもなものは、ユニバーシティ・パーク・キャンパスとジュビリー・キャンパスである。ノッティンガム市の西南部に点在している。

ユニバーシティ・パーク・キャンパス

 駅からバスで20分ほどである。ブーツという実業家が寄付してできたもので、アメリカ型の広大なキャンパスである。
 キャンパスの中に湖があり、そのほとりにトレント・ビルディングがある。正門から湖ごしに見るトレント・ビルディングは、絵に描いたように美しい。この風景はノッティンガム大学の顔である。湖の周りは歩道があって、一周できる。途中に崖や洞穴があって、起伏に富む。ノッティンガムにはいくつか洞窟があって、観光名所になっている。レント・ビルは、メインビルになっていて、1階は大学の応接室になっている。隣のポートランド・ビルは、フード・コートやブックショップになっている。学生組合のキャリア・サービスもある。トイレも利用できる。
 大学の中央には、D・H・ロレンス記念館がある。『息子と恋人』や『チャタレイ夫人の恋人』などの作品で知られる作家D・H・ロレンスは、ノッティンガム大学の出身であり、ロレンスを記念した建物が建てられている。また、美術館やコンサートホールなどもあり、キャンパス全体がカルチュアセンターのようになっている。
 大学の南側はサイエンス・パークとなっていて、フラディー・ビルの中に企業の研究所が多く集まっている。

ノッティンガム大学の心理学科

 トレント・ビルディングから湖沿いのイースト・ドライブをまっすぐ行くと、心理学科のビルにぶつかる。
 ノッティンガム大学は、6つの学部からなるが、心理学科(スクール・オブ・サイコロジー)は自然科学部に属している。ノッティンガム大学の心理学科は、ケンブリッジ大学やオクスフォード大学と並ぶ心理学の名門である。マンチェスター大学のタリアや,ロンドン大学のワイクスなどがこの大学の出身である。教育については、ケンブリッジ大学やオクスフォード大学と肩を並べるほど質が高い。研究もさかんであり、この学科の2003年の予算は500万ポンド(10億円)だったとのことである。日本の大学の心理学科とは、桁が2つ違う。心理学科だけで、4階建ての大きなビルディングを持っている。心理学科のビルの中には、カフェ・バーもあり、いかにも予算が豊富であることがわかる。
 心理学科には、9名の教授をはじめ、43名のスタッフがいる。学生・大学院生は650名であり、イギリスでも大きな心理学科のひとつである。
 研究は、認知心理学、認知神経科学、認知発達心理学、社会健康心理学などのグループに分かれておこなわれている。このうち認知発達心理学グループの中心がピーター・ミッチェルである。
 ピーター・ミッチェル(1959-)は、リバプール大学大学院を修了し、1998年からノッティンガム大学に移り、現在、発達心理学教授である。2005年の夏には心理学科長に就任した。ミッチェルは、子どもの認知発達を専門とし、60本近くの論文を発表している。著書に『子どもの推論と心』、『心の認知の獲得』、『小さい子どもは心をどのように理解しているか』、『子どもの心理学』などがある。『心の理論への招待』は邦訳されている(菊野春雄・橋本祐子訳、ミネルヴァ書房, 2000)。自閉症の視覚認知や対人機能などについても研究しており、心理学科の中に、自閉症研究チーム(ART)を作り、自閉症の子どもを指導している。ARTという名称は、自閉症研究チームと「芸術」をかけた名称である。
 ミッチェルは、2005年3月の英国学校心理士研修で日本人がノッティンガムを訪れた際に、真剣にサポートしてくれた。一行20名を自宅に招待してくれたりした。静かな住宅地に、大型バスで押し掛けたので、あとで隣人たちから、「ミッチェルさんの家は、観光バスの止まる観光スポットになった」と言われたそうである。夫人のリタさんは、プロの画家である。油絵を描いたり、水彩画でカレンダーや絵はがきを制作して販売している。自宅の一室をスタジオにして、絵を展示している。リタ夫人は、絵やカレンダーの販売のために、大阪に来て、阪急百貨店で個展を開いたこともあるという。再度日本で個展を開く予定ということであるから、日本にも熱烈なファンがいるらしい。ホームページもある(http://www.ritamitchellstudio.com)。
 ミッチェルは、2005年4月に来日して、東京大学、信州大学、兵庫教育大学の3カ所で講演会を開いた。この講演会は、日本学校心理士会や21世紀COEプログラム「心とことば:進化認知科学的展開」(拠点リーダー:長谷川寿一東京大学教授)からの共催も得られた。
 この大学は教育心理士の指定大学院であり、責任者は教授のアンディー・ミラーである。ミラーは、イギリスを代表する教育心理者で、『教師、親、教室行動:心理社会的アプローチ』などの著書がある。2005年の英国学校心理士研修では、ミラーの教育心理士養成の話も聞くことができた。
 さらに、神経心理士の指定大学院でもあり、神経心理学の研究もさかんである。
 心理学科の隣には、聴覚研究所(ヒアリング・リサーチ研究所)があり、聴覚を研究している心理学者が多い。

医学部と精神科

 ユニバーシティ・パーク・キャンパスの東側には、大通りをはさんで、医学部がある。歩道橋を渡ると、そこは医学部の建物で、1階がブックショップや図書館になっていて、2階が学生組合のショップになっている。
 医学部の奥は、クイーン・メディカル・センターがある。1300床をかかえ、ノッティンガム市の医療の中心となる巨大な病院である。ショップや食堂もある。タクシー乗り場があるので、市内に帰るのには便利である。
 クイーン・メディカル・センターには精神科がある。学部としては、地域健康科学部に属している。6名の教授をはじめとして、多くのスタッフがいる。行動科学、発達精神医学、一般成人精神医学、精神薬理学の4つの研究グループがある。このうち、一般成人精神医学の教授を2001年からつとめているのがピーター・リドルである。リドルは、統合失調症の3症候群仮説で有名である。アンドリーセンやクロウの統合失調症の2症候群説(陽性症状と陰性症状)は有用であるが、多変量解析の結果と合わないという批判があった。リドルは、1987年に、多変量解析を用いて、①精神運動の貧困型(発話の貧困さ・感情の平板化・自発的行動の減少)、②解体型(思考形式の障害・不適切な感情)、③現実の歪曲型(妄想・幻覚)という3症候群に分けた。その後、この説を支持する研究が多く発表された。

ジュビリー・キャンパス

 ノッティンガム大学のジュビリー・キャンパスは、ウォラトン通りに面している。駅からバスで15分ほどの距離にある。おもに文科系の学部が集まっている。つい最近までイギリスのたばこ産業だった敷地が、ノッティンガム大学のキャンパスとなった。
 ウォラトン通りをさらに行くと、ウォラトン公園がある。ここはもと帰属の館のウォラトン・ホールを中心にした巨大な公園である。中には産業博物館やゴルフ・コースなどがある。

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2)ノッティンガム・トレント大学

 ノッティンガム駅から歩いて15分ほどである。トラム(路面電車)だと、ノッティンガム駅から3つ目のノッティンガム・トレント大学駅で下車する。  学生数は24,000人(うち学部生16,000人)で、こじんまりとした新しいキャンパスである。  入り口のニュートン・ビルに、メインの受付がある。ここで地図やプロスペクタスが無料でもらえる。ボニントン・ビルには、アートギャラリーがある。  隣のバイロン・ハウスは、学生組合ビルであり、食堂やショップがある。そのとなりはメディカル・センター。  心理学科は、人文科学部に含まれている。人文科学科のビルは、キャンパスから少し離れたヨーク・ハウスにある。  トレント大学の近くには、市民大学(ピープルズ・カレッジ)がある。  ノッティンガム市内には観光各所として、ノッティンガム城や、ロビンフット物品館、衣装・織物博物館、レースセンター、ブリューハウス・ヤード博物館などがある。いずれも、トレント大学から歩いて行ける。

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3)ワークソップ・カレッジ

 ノッティンガムの北20kmの郊外にワークソップ・カレッジがある。場所としてはシェフィールドに近い。この学校は、いわゆるパブリック・スクール(古い歴史をもつ学寮制の高校)である。パブリック・スクールは、イギリスの中等学校の代名詞のような存在であり、日本でも、池田潔『自由と規律』(岩波新書)、森嶋通夫『イギリスと日本』(岩波新書)、竹内洋『パブリック・スクール』(講談社新書)などの本によってよく知られている。
 筆者は、2005年英国学校心理士研修で、この学校を見学した。1895年開校の古い共学校であり、13歳~18歳の学生約420名を育てている。1学年80名ほどであるから、小規模教育である。生徒たちは寮で生活している。ゴルフコースもある広大な敷地の中に建てられた学校であり、近くの村まで車で15分くらいである。
 ロイ・コラード校長の話を聞いたが、授業料は年間18,000ポンド(360万円)というからかなり高い。生徒の一割は外国人で、日本からも毎年数名の生徒が入学するとのことで、校長もよく日本に出かけるということであった。卒業生の95%は大学に進学する。中にはオクスフォード大学やケンブリッジ大学に進学する生徒もいる。
 教師は45名で、全員が家族ともども敷地内に住んでいる。教員は世界中から集めてくるという。食費や住居費は無料で、子息はこの学校に入れる特典をもつということであった。
 授業も参観したが、1クラス5~10人の少人数授業であった。英語なら英語の教室、数学なら数学の教室と分かれている。それぞれの教室は各科目に合うように作られていた。
 7つの学寮に分かれて住んでおり、食堂には各学寮のプレートがあり、その下に歴代のオクスフォード・ケンブリッジ進学者の名前が刻まれている。このように、寮同士で張り合うところや、大食堂で制服を着た子供たちがいっせいに食事をする風景は、映画『ハリー・ポッター』と同じである。
 生徒が食事をしている大食堂で、われわれの一行も食事をした。日本から来たゲストということで、学生と同じ食事を提供してもらった。カフェテリア式で、イギリスの食事にしてはまともな食事内容であった。
 ワークソップ・カレッジから、車で20分のところには、ロビンフッドの活躍で有名なシャーウッドの森があり、ロビンフッドとマリアンが挙式をしたとする教会などもある。

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4)ウィルスソープ・コミュニティ・スクール

 イギリスの学校の内部を見学することは、通常では難しく、筆者は2002年の留学では学校見学が果たせなかったが、2005年に、英国学校心理士研修があり、この時、中等学校の内部を見学することができた。短期間ではあるが、イギリスの学校の生きた姿を見ることができたのは貴重な体験であった。この時訪れたのは、ノッティンガム市郊外のウィルスソープ・コミュニティ・スクールである。この中等学校で学ぶ生徒は11歳~18歳であり、日本の中高一貫校にあたる。生徒数は1100人である。教頭のリンダ・ワイズ先生が学校の中を案内してくれた。写真やビデオなどで生徒たちを自由に写すことが許された(イギリスの学校では、保安のため、外部の者が生徒の写真をとることは禁じられていることが多い)。生徒たちは、日本人の集団に恥ずかしがらずに応対していた。
 授業の風景は、日本と異なる点がいくつかあった。まず、生徒数に比べて、教師の数は多く、これが日本と最も違うところである。1クラスは1人~20人程度の少人数であった。20人くらいのグループで、科学や英語や数学などを授業していた。中には、ひとりで演劇のシナリオを書いている授業もあった。各科目ごとに違う教室が用意されている。英語は英語の教室、科学は科学の教室と分かれていて、それぞれ科目に合わせた機材が用意され、机の配置やディスプレイも科目に合わせてある。コンピュータ教育はかなり普及していた。また、「心理力動的発達心理学」というタイトルで、エリクソンのアイデンティティの理論を勉強している教室があり、生徒は3人だけであった。これは才能のある子供が、一歩進んだ授業を受けているのだという。この学校の目標は、「学力を上げること」とのことだった。「GCSE(義務教育終了の資格試験)の高得点者が、4年前は27%にすぎなかったのに、今年は54%と倍増した」と、教頭のワイズ先生は、誇らしく説明してくれた。
 もうひとつ大きな違いは、特別教育(SEN)のシステムである。熊谷(2004)によると、イギリスの学校には、学習困難によって特別教育を受ける生徒が約20%いるという。例えば、発達障害(学習障害、自閉性障害、ADHD)、知的障害、感覚障害、行動障害、情緒障害などであり、総称して「特別教育のニーズ(SEN)」を持つ生徒と呼ばれる。
 こうした特別教育は、3つのレベルに分けられる。第1段階は、学校内での支援レベルである。生徒は、通常の学級に在籍しながら、学校内のいろいろなスペシャリストによる支援を受ける。ウィルスソープ・コミュニティ・スクールを見学していると、小部屋で、先生とマンツーマンで勉強している生徒がいた。聞くと、暴力的な傾向のある生徒であり、先生は、ひとりの生徒を指導しているという。イギリスの学校には、学習障害専門家や学習メンター、ティーチング・アシスタント、学校ソーシャルワーカー、学校医など、いろいろな特別教育のスペシャリストがいる。学校も、病院と同じく、多職種のスペシャリスト集団なのである。そうした集団内の調整をおこなうのが、SENCo(特別な教育的ニーズ・コーディネータ)である。各学校には最低ひとりのSENCoが配置されている。彼らは、生徒ひとりひとりの支援計画を立てて、時間割を作ったり、教師のスーパービジョンをおこなったり、外部の支援機関との調整をおこなう。ウィルスソープ・コミュニティ・スクールでは、教頭のリンダ・ワイズ先生がSENCoを兼ねていた。
 特別教育の第2段階は、学区内での支援レベルである。各学区には、巡回支援のスペシャリストチームがいる。これには、「教育心理学サービス」(教育心理士によるアセスメントのサービス)、「学習支援サービス」(学習障害専門家による個別指導や個別指導のスーパービジョン)、「行動支援サービス」(行動障害専門家による怒り制御法や社会的スキル訓練などの個別指導)の3種類がある。ウィルスソープ・コミュニティ・スクールを訪れたときは、行動障害専門家である「行動マネジメント教師」が生徒を指導していた。この先生は、学区内の14校の計32名の生徒を担当しているとのことであった。ウィルスソープ・コミュニティ・スクールには、週に1回来て、ひとりにつき15~20分の個別指導をおこなう。暴力的傾向のある生徒や、衝動性のある生徒を対象に、マンツーマンで指導する。その内容は「怒り制御法」(アンガー・マネジメント)である。ビル・ロジャースの理論や認知行動療法の考え方がベースになっているとのことである。教育心理学と臨床心理学の接点になる領域である。
 特別教育の第3段階は、地方教育局での支援レベルである。地方教育局とは、日本の教育委員会にあたる。地方教育局は、特別教育が必要であるということを公に認める文書(ステートメント)を出す。この文書が出されると、正式な予算がつき、学校は、その予算をその子どもの教育の人件費や教材費に使うことができる。この文書が必要か否かを判定するため、公式のアセスメントがおこなわれる。これを担当するのが教育心理士である。
 教育心理士は、地方教育局に所属し、前述の「教育心理学サービス」というオフィスに常駐している。学校に常駐するわけではない。教育心理士は、自分が担当する学区の学校に出向いて、特別教育が必要であるかどうかのアセスメントをおこなう。特別教育が必要であるという文書(ステートメント)をもらうためには、必ず教育心理士のアセスメントが必要である。用いられる方法は、教師や保護者との面接、子どもの直接観察、心理テストなどである。教育心理士の仕事の中心はアセスメントである。
 このように、特別教育(SEN)は層が厚い。イギリスの中等学校を見て感じたことは、学校が、心理学的な援助活動を盛んに行なっているということである。

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