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10.カンタベリー(イギリス) 2005年8月15日更新

 2005年7月に、カンタベリー(イギリス)のケント大学で開かれた英国認知行動療法学会(BABCP)に出席した。この学会の報告は、本ホームページの「国際学会の情報」に掲載してある。
 カンタベリー市は、ケント州(ロンドン南東部)の首都であり、チョーサーの『カンタベリー物語』などで知られる歴史のある町である。カンタベリーには、ケント大学やカンタベリー・クライスト・チャーチ大学(公認臨床心理士の指定大学院)などがある。2005年7月に英国認知行動療法学会がケント大学で開かれ、カンタベリーを訪れた。
 カンタベリーへはロンドンから列車で1時間ほどである。ロンドンのチャリング・クロス駅からカンタベリー西駅まで、1時間に1本の列車が出ている(18ポンド)。ロンドンのビクトリア駅からは、カンタベリー東駅まで列車が出ている。
 カンタベリー市の構造は簡単である。楕円形の城壁があり、それを東西に1本のメインストリートが横切っている。大聖堂や博物館などの名所のほとんどは、このメインストリートに沿っている。市をはさむようにして、鉄道のカンタベリー西駅と東駅がある。ケント大学は城壁の西側にあり、カンタベリー・クライスト・チャーチ大学は東側にある。

1. ケント大学

 ケント大学は「新構想大学」のひとつである。イギリスでは第2次世界大戦後までに、各地に名門大学ができていたが、1960年代になって、高等教育への需要が爆発的に増加した。このため、1963年のロビンス報告にもとづいて、「新構想大学」と呼ばれる7つの大学が新設された。サセックス大学、ヨーク大学、東アングリア大学、ワーリック大学、ランカスター大学、エセックス大学、ケント大学である。これらの大学は、プレートグラス大学と呼ばれ、現在では、イギリスの中堅大学となっている。こうした「新構想大学」はイギリスだけの動きではなく、世界的な動きとなった。ドイツでも1965年にボッホム大学などができ、日本でも1973年に筑波大学ができたのである。
 ケント大学へ行くには、カンタベリー市内から、バスでメインストリート(ウィッツタブル通り)を西へ10分ほど走る。ユニバーシティ通りを右折すると、大学が見えてくる。バスは大学の中央部まで入っていく。市中心部から歩くと30分くらいはかかるだろう。
 現在のケント大学は、人文科学、社会科学、自然科学・工学・医学部の3学部からなり、18の学科からなる。学生数約8000人の中規模大学である。ケント大学は1965年に創設されたので、2005年はちょうど創設40周年記念のイベントがおこなわれていた。

ケント大学心理学科

 心理学科は、キャンパスの南側にあるケインズ・カレッジの中にある。2005年の英国認知行動療法学会は、おもにケインズ・カレッジの教室で行われた。  心理学科は、社会科学部に属しており、社会心理学系が強い。6人の教授をはじめとして、約30名の教員がいる。5つの研究グループに分かれている。

  1. 認知・神経心理学グループ。
  2. 発達心理学グループ。
  3. 法心理学グループ。この学科は、英国心理学会の公認司法心理士の養成大学院である。
  4. 健康行動研究センター。この学科は、英国心理学会の公認健康心理士の養成大学院にもなっていて、デレク・ラター教授やクイン教授などがいる。講師のストーバーは完全主義の研究をしていて、丹野研究室ともつながりがある。
  5. 集団プロセス研究センター。3人の教授がいて、社会心理学や集団心理学の研究をおこなっている。

ケント医学健康科学研究所の精神医学部門(心理療法とカウンセリングの修士課程)

 大学内に、ケント医学健康科学研究所(KIMHS)がある。キャンパスの西側に研究開発センターがあり、この中に研究所がある。この研究所は6つの部門からなる(精神医学、臨床教育、伝染病、医学イメージング、職業健康、腫瘍学)。このうちの精神医学部門は、教授のトニー・ヘイルをはじめとして、10人の教員がいる。ケント大学は、基礎科学中心なので、他の大学のように医学部精神科という学科はない。そのかわりに、この研究所の中に精神医学部門がある。精神医学部門は、①一般精神医学グループ、②心理療法グループ、③カウンセリング・グループ、④嗜癖行動グループに分かれている。
 心理療法グループでは、心理療法の修士養成課程を持っている。主任のニック・ライディングをはじめ、ジョージア・レッパー、ロジャー・デイビーズ、マギー・シェデル、モーリン・ショウの5人の講師がいる。個人療法、臨床活動、スーパービジョン、論文執筆などにより、心理療法の修士号が与えられる。イギリスの大学で精神分析系の心理療法の大学院コースがあるのは、リーズ大学、ケント大学、レスター大学、シェフィールド大学などであり、ケント大学はその数少ないひとつである(Morgan-Jones & Abrams, 2001)。
 カウンセリング・グループは、カウンセリングの修士養成課程を持っている。講師のクローディン・ナットリーがいる。とくに、嗜癖行動のカウンセリングや、ジェネリック・カウンセリングが盛んである。
 なお、カンタベリー市の大きな病院はケント・カンタベリー病院である。市の南東部にある。ここではメンタルヘルス・サービスがおこなわれている。

ケント大学のキャンパスについて

 ケント大学の学生は4つのカレッジに属して教育を受ける。カレッジは、ダーウィン、ラザフォード、ケインズ、エリオットという4人の偉人の名前がついている。例えば心理学は、前述のように、ケインズ・カレッジに属するのである。ほとんどの新入生は学内の宿泊施設に入る。
 ケント大学は、アメリカのような郊外型のキャンパスである。140万㎡という広い敷地をゆったり使っている。学内には、銀行、ショップ、書店、郵便局、映画館、劇場などがあり、ひとつの村をなしている。学内から出なくても生活ができる。敷地の西側には、医学センターや薬局もある。学生相談のカウンセリングは、ケインズ・カレッジでおこなわれている。
 ケント大学の周りは、もともと学園地区であった。大学の南側は、セント・エドモンド学校である。広い校庭と歴史のある建物である。1965年創立のケント大学よりずっと長い歴史がある。
 また、大通りをはさんで南側には、ケント・カレッジがある。ここはいわゆるパブリック・スクール(私立高校)である。ケント・カレッジの建物も歴史がある。

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2. カンタベリー・クライスト・チャーチ大学

 カンタベリーには、もうひとつ大きな大学がある。カンタベリー・クライスト・チャーチ・ユニバーシティ・カレッジである。1962年創立で、もともとは、教員養成学校であったが、看護学校などと合弁を繰り返して大きくなった。現在は、学生数13,000人の中規模大学で、教育学、健康学、芸術・人文科学、ビジネス・自然科学の4学部からなっている。以前はケント大学から学位が与えられていたが、現在はこの大学が学位を授与している。ケント州内に4つのキャンパスを持っている(カンタベリー、サロモンズ、ミドウェイ、サネット)。最も大きいのはカンタベリー・キャンパスである。  この大学のホームページには、写真と音声でパノラマ式にキャンパスを見られるバーチャル・ツアーのサイトがあるのでおすすめ。アドレスは http://www.canterbury.ac.uk/college/campus-tour/

カンタベリー・キャンパス

 カンタベリー・キャンパスは、カンタベリー市の城壁の東側にある。有名なセント・アウグスティヌス修道院跡があるモナステリー通りに、大学の小さな入り口(セント・アウグスティン門)がある。中に入ると、こじんまりとした敷地に、20棟以上の建物が隙間なく建っている。入り口を見るとすぐに、学生ビルがあり、レストランや休憩室などが入っている。トイレも利用できる。
 キャンパス中央のアウグスティン・ビルに受付がある。ここで、キャンパスの地図などをもらえる。このビルの隣に、モダンな形をしたチャペルがある。チャペルは、大学のランドマーク・タワーの役割を果たしている。アウグスティン・ビルとチャペルの間には池があり、周りに芝生の庭が広がり、学生たちがくつろいでいた。
 大学の隣は、世界遺産のセント・アウグスティヌス修道院跡である。この修道院は598年に建てられたもので、その後、宣教師学校や州立病院などとして利用されていた。宣教師学校は、今はキングス・スクールとして使われており、病院の敷地は、学校の運動場や駐車場になっている。そして、修道院の大部分の建物は、朽ち果てて廃墟になっている。廃墟は、遺跡として保存されている(ローマにあるフォロ・ロマーナのようである)。面白いのは、もとの修道院の構造がどのようだったか、今の遺跡がどの部分に当たるのかを、いろいろな方法を駆使して、わかりやすく説明していることである。オーディオ・ガイドに沿って説明付きで回れるようになっている(日本語のオーディオガイドもあった)。ハイテクに支えられた歴史テーマパークになっており、想像力の訓練になる。こうした工夫によって、この修道院が、カンタベリー大聖堂(後述)と同じような大規模なものであったことがよくわかる。修道院とカンタベリー大聖堂は、ちょうど同じ頃に建てられ、大きさも同じくらいの教会だった。しかし、今では 片や現役の教会、片や廃墟となっていて、対照的である。とはいえ、カンタベリー大聖堂は、今でこそイギリス国教会の聖地であるが、何年かすれば廃墟になるわけである。2つの建物は、ある意味で、時間的につながっている。2つの建物がペアをなしている点が興味深い。知名度はカンタベリー大聖堂が圧倒的に上だが、筆者は修道院跡のほうが興味深かった。
 この地区にはもうひとつの世界遺産があり、実は、3つの建物でワンセットになっている。セント・マーチンズ教会である。イギリス最古の教会ということであり、小さな墓地の中に、小さな古い教会がひっそり建っている。世界遺産だが、旅行ガイドブックに載っていないのは不思議である。ある旅行ガイドブックには載っていたが、地図上の場所が間違っていた。

カンタベリー・キャンパスの心理学科

 ビジネス・自然科学部の中の応用社会科学科の中に、心理学部門がある。場所は、カンタベリー・キャンパス中央のアウグスティン・ビルにある。講師7人というこじんまりしたスタッフである。認知心理学、発達心理学、健康心理学、社会心理学、生理学的心理学という5部門に分かれて研究している。

サロモンズ・キャンパスと臨床心理学の博士課程

 カンタベリー・クライスト・チャーチ大学のサロモンズ・キャンパスは、社会人の教育を中心に行なうキャンパスである。場所は、鉄道のトンブリッジ駅またはトンブリッジ・ウェルズ駅から少し離れた場所にある。
 サロモンス・キャンパスには、応用社会心理学開発センターがある。この中に、臨床心理学の博士課程がある。このコースは、英国心理学会の公認臨床心理士の養成大学院である。教授のトニー・ラベンダーとジャン・バーンズをはじめとして、10人以上の教育スタッフがいる。科学者-実践家モデルによる臨床心理士の養成をめざしており、①行動療法モデル、②認知療法モデル、③精神分析モデル、④システミック家族療法モデルの4つを柱にしている。

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3. キングス校、カンタベリー・カレッジ、ケント研究所

 ふたたびカンタベリー市に戻る。
 セント・アウグスティヌス修道院の敷地で、昔の宣教師学校は、今はキングス・スクールの校舎として使われている。また、カンタベリー大聖堂のすぐ隣りにも、キングス・スクールの校舎がある。キングス・スクールは、1547年に創立されたパブリック・スクールである。イギリスでは、ウィンチェスター校、イートン校、セントポールズ校に次いで、4番目に古いパブリック・スクールとして有名である。現在のパブリック・スクールは、ラグビー・グループとイートン・グループに分かれているが、キングス・スクールは前者に属している。建物は歴史がある。
 また、セント・アウグスティヌス修道院跡のすぐ南は、カンタベリー・カレッジがある。このカレッジは、職業教育のためのコミュニティー・カレッジである。掲示によると、前述のケント大学と提携しているという。現在、新しいビルを建設中であり、相当大きな建物になるようだ。メインストリートをはさんで、南側には、カンタベリー・カレッジの「情報コミュニケーション高等教育センター」のビルがある。こちらも大きくて目立つ。
 カンタベリー・カレッジの隣りには、ケント研究所がある。ここは、芸術とデザインの研究所である。建物もしゃれていて、敷地にはオブジェが飾られている。
 カンタベリーの城壁の内に戻ると、巨大なカンタベリー大聖堂がある。イギリス国教会の聖地である。大聖堂の中に、大回廊がある。雨天の時も歩きながら聖典をそらんじることができるように、正方形の中庭を取り巻くように作られている。オクスフォードやケンブリッジのカレッジに見られるように、回廊内の芝生が美しい。大回廊の外側には、さらに、小さな庭や、大きなグリーン・コートがある(その外側はキングス・スクールの校舎)。それぞれ植物が植えられていて美しい庭である。とはいえ、『イギリス庭園散策』(赤川裕、岩波書店)によると、昔は、難民救済院としてこの庭で薬草を栽培していたという。イギリスの庭は、もともとは社会に奉仕する公共的性格を持っており、個人の鑑賞目的や美しさの追求を目的とするようになったのは、ずっと後のことである。
 市内の城壁内には、ローマン博物館、王立博物館・美術館、西ゲート博物館、ヘリテージ博物館、イーストブリッジ病院跡がある。カンタベリー・テールズ博物館は、チョーサーの『カンタベリー物語』のシーンを蝋人形などで再現している。東駅の近くのカンタベリー城は、旅行ガイドブックにはのっていない小さな城跡である(入場無料)。

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