認知行動療法を学ぼう世界の大学と病院を歩く丹野研究室の紹介駒場の授業
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13.ワシントンDC(アメリカ)2006年2月1日更新

 ワシントンDC(ワシントン特別行政区)はアメリカの首都である。アメリカ心理学会の本部があることで有名である。多くの大学や臨床施設があり、そのほとんどは、地下鉄の駅から歩いていける。  2005年8月に,ワシントンDCで開かれたアメリカ心理学会(APA)に出席した。この学会の報告は、本ホームページの「国際学会の情報」に掲載した。ここでは、その時の体験から、ワシントンDCの大学や臨床施設について紹介したい。

地下鉄で行ける大学

 ワシントンDCには多くの大学があるが、ほとんどは地下鉄の駅から歩いていける。ワシントンDCの地下鉄は、よく発達しており、治安がよい。はじめて訪れた人にとっても、容易にいろいろな施設をみることができる。
 また、地下鉄の駅名に大学名が入っているので、わかりやすい(このことは旅行ガイドブックには書いていない)。

  1. 地下鉄レッドラインの
    • 「テンリータウン-AU」駅のAUとは、アメリカン大学のことである。
    • 「バン・ネス-UDC」駅はDC大学
    • 「ニューヨーク・アベニュー-ガローデットU」駅はガローデット大学
    • 「ブルックランド-CUA」駅のCUAとはカトリック大学アメリカ校のことである。
  2. グリーンラインの
    • 「ウォーターフロント-SEU」はサウス・イースタン大学
    • 「ショウ-ハワードU」駅はハワード大学
    • 「カレッジパーク-UMD」駅は、メリーランド大学
  3. オレンジラインの
    • 「フォギー・ボトム-GWU」駅は、ジョージ・ワシントン大学
    • 「バージニア・スクエア-GMU」駅は、ジョージ・メイソン大学(アーリントン・キャンパス)
    • 「ボールストン-MU」駅は、メリーマウント大学
    • 「ウェストファールス・チャーチ-VT/UVA」駅は、バージニア工科大学/バージニア大学
    • 「ビエンナ・フェアファクス-GMU」駅は、ジョージ・メイソン大学(フェアファクス・キャンパス)である。

 これだけでも12大学である。他にはジョージタウン大学があるくらいである。
 なお、グリーンラインのメリーランド大学は、ワシントンDCではなく、隣のメリーランド州になり、オレンジラインの下4つはバージニア州に属する。
 以下では、レッドライン、オレンジライン、グリーンラインの3つに分けて、紹介していこう。レッドラインは、最も臨床心理学関連の施設が集まっている。
レッドラインでは、①NIH、②AU、③UDC、④ユニオン駅APA、⑤CUA、⑥ワシントン病院センターを回る。これに沿って見ていくと効率的に回れる。次に、
オレンジラインで、⑦GWU、⑧スミソニアンを回る。最後に、
グリーンラインで、⑨会議センター、⑩ハワード大学、⑪メリーランド大学を回る。

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1. NIH(国立衛生研究所)

 ワシントン市内から地下鉄レッドラインに乗り、15分ほどで「メディカルセンター駅」につく。エスカレーターで地上に出ると、NIH(国立衛生研究所)の門がある。このあたりは、ワシントンDC郊外の町ベセスダである。
 医療関係の研究者なら、NIH(National Institutes of Health)に、一度はあこがれたことがあるだろう。NIHは、世界の医学研究のトップを走る研究機関である。年間予算は3兆円である。その大半をアメリカの研究機関に配分している。NIHの研究費を得てノーベル賞をもらった人はたくさんいる。NIHの従業員は18000人以上、うち医師・研究職員は5000人である。日本から留学してNIHで研究している人は、つねに350人ほどいるそうである。NIHは28の機関に分かれている。例えば、国立ガン研究所(NCI)、国立環境健康科学研究所(NIEHS)などである。精神科・心理学関係でよく聞く名前は、国立精神衛生研究所(NIMH)、国立薬物乱用研究所(NIDA)、国立エイジング研究所(NIA)、国立アルコール乱用研究所(NIAAA)などである。
 NIHの研究や研究費についての本も何冊かあり、「アメリカNIHの生命科学戦略-全世界の研究の方向を左右する頭脳集団の素顔」(掛札堅著、講談社ブルーバックス)や、「アメリカの研究費とNIH」(白楽ロックビル著、共立出版)などは、面白い科学読み物になっている。

NIMH(国立精神衛生研究所)

 この中で、心理学と関係が深いのは、NIMH(国立精神衛生研究所)である。多くの精神医学者や心理学者が研究しているし、また、NIMHから研究費をもらって研究している。例えば、うつ病への認知療法について、NIMHが多額の資金を出して多施設で治療効果研究をおこなったことでも有名である。今回参加したアメリカ心理学会の大会でも、NIMHやNIHをタイトルにつけたシンポジウムがたくさん出ていた。NIHは心理学界のブランドであることがわかる。  また、NIMHは、統合失調症の研究では、世界的中心地のひとつである。専門誌「統合失調症年報Schizophrenia Bulletin」を、1969年の創刊時からNIMHが発行していた。この雑誌が統合失調症研究に果たす役割は大きい。こうした有力誌をNIMHというひとつの研究所が発行するということはすごい。日本の丹羽真一先生も編集に加わったことがある。2005年からは、メリーランド大学精神医学研究センター(MPRC)が編集し、オクスフォード大学出版会から発行されることになった。

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NIMHと臨床心理学

 NIMH(国立精神衛生研究所)には、心理学者も多く働いている。『心理学とNIMH』(ピックレンとシュナイダー編、アメリカ心理学会刊、2005年)という本が出た。これには、NIMHの心理学者が果たした役割が詳しく載っている。この本を読むと、NIMHで心理学者が大活躍していることがわかる。  中でも、臨床心理学者デイビッド・シャコウは有名である。シャコウ(1901-1981)は、統合失調症の研究者であり、統合失調症のアセスメントや心理学的実験研究をおこない、厖大な論文を発表した。また、シャコウは、臨床心理学者の教育でも有名で、科学者-実践家モデルの基礎を考え、1949年のボールダー会議の中心のひとりであった。  筆者はずっと統合失調症の心理学研究をしていて、シャコウの業績には親しんでいた。筆者が群馬大学で仕事をしていた時、同僚の伊藤漸教授(消化器系医学の大家で、岩波新書『胃を守る』の著者)が、若い頃NIMHから巨額の研究費をもらって、すばらしい研究生活をしたという話を聞き、NIMHにあこがれたものである。留学するならNIMHのシャコウのもとに行きたいと思い、「日本のシャコウになろう」という夢も持っていた。あこがれの地を、50歳にしてはじめて訪れることができたのは感慨深いことである。昔から、NIMHの地図を見て、人里離れた広大な場所にあるという印象を持っていた。アメリカの大学や病院は、車を持っていないと行けないという先入観があった。実際に来るまでは、まさか地下鉄で行けるとは思っていなかった。  そのシャコウもすでに亡くなり、また1990年代以降、統合失調症への認知行動療法が出てきてから、筆者の関心はロンドン大学の精神医学研究所(IOP)に向かうようになった。結局、筆者はロンドン大学に留学することになるのだが、イギリスのIOPとアメリカのNIMHは、統合失調症の研究における2大中心地といっても過言ではない。2つの施設は互いに競っており、2002年に筆者がIOPに行ったときは、論文数でNIMHを抜いたという記事が貼ってあったほどである。  現在、NIMHグループで有名なのは、ネクターラインとグリーンである。いずれも所属はカリフォルニア大学ロスアンジェルス校精神医学・心理学部であるが、NIMHからの研究費をもらって、統合失調症の神経心理学の研究をおこなっている。彼らの主張は、「統合失調症に本質的なのは、妄想などの陽性症状ではなく、認知障害であり、認知障害こそ社会的適応度と関連する」ということである。今回参加したアメリカ心理学会の大会でも、彼らはシンポジウムを開いていた。ネクターラインの話では、TURNSという7大学施設の研究をおこなっている(カリフォルニア大学、ハーバード大学などアメリカのトップの大学の共同研究である)。また、統合失調症の治療効果研究におけるアセスメント・ツールの標準化に取り組んでいて、MATRICSというアセスメント・キットを開発して、売り出す予定という。

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NIHのキャンパス

 地下鉄「メディカルセンター駅」のエスカレーターで地上に出ると、NIHの門がある。敷地の中に自由に入れる。敷地の中をシャトルバスが走っている。歩くなら、シャトルバスのルートに沿って歩くとよい。シャトルバスの停留所ごとに地図が立っているので、わかりやすいからである。
 NIHは28の機関に分かれているが、各機関ごとの看板は出ていない。ビルの番号だけ出ている。ひとつひとつのビルに番号がふられており、ビルの番号が示してある。第1ビルから第50ビルまであるようだ。ひとつひとつのビルが巨大である。
 地下鉄の入り口を進んで、右側に折れると第1番のビルがある。第1ビルは、「ジェイムス・A・シャノン・ビルディング」である。
 道に沿っていくと、臨床研究センター(CRC)の巨大なビルがみえてくる。新しいビルで、「研究を通して健康を守る。世界に例をみない病院である」というのぼりが飾ってあった。
 このセンターのすぐうしろが、第10ビル(臨床センター)である。第10ビルは、きわめて巨大なビルであり、世界で最も大きいレンガ建造物とのことである。臨床センターは1953年創設で、2003年には50周年を迎えた。
 CRCは高台にあり、下を見おろすことができる。すぐ下に子供用の宿泊施設(チルドレンズ・イン)がある。子供に親しみやすいように、小さなお城のような建物になっている。また、ディズニーのキャラクターが描かれたマイクロバスもあった。お金をかけて、ぜいたくに作ってある。
 坂道を戻ってCRCを通りこしていくと「エドモンド・サフラ・家族ロッジ」がある。その通りには第35,36,37,40,49などの研究棟のビルが並ぶ。第50ビルは、最も新しい「ルイス・ストークス実験室」の巨大なビルである。「NIDA(国立薬物乱用研究所)が2004年に創立30周年を迎えた」というのぼりもあった。第38ビルは、国立医学図書館である。
 敷地内を歩いても、NIMH(国立精神衛生研究所)がどこにあるのかはわからなかった。あとでインターネットで調べてみると、NIMHの一部のスタッフは、このキャンパスの第10ビル(臨床センター)、第31ビル、第45ビル(ナッチャー・ビル)に研究室がある。しかし、主なスタッフは、このキャンパスから離れた「神経科学センタービル」にいるということであった。なお、第36ビルの前には、「このビルは工事中であり、2007年には神経科学研究センターとして生まれかわる」と書いてあったので、2007年には、NIMHもこのキャンパスに移動してくるのかもしれない。
 各ビルの入り口には、必ず警備員がいる。臨床研究センターなど、出入りの多いビルでは、入り口で荷物チェックをしている。このため用事がないとビルの中には入れない。9・11テロ以降、警戒は厳重になっている。それに、NIHは、研究病院であって、一般病院ではないので、多くの人が利用しやすい工夫をする必要はないからである。

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国立海軍医療センター

 NIHの東側には、「国立海軍医療センター」がある。大通りをはさんで向かい側にある。巨大な敷地に、タワーの形をした病院が建っている。その写真は旅行ガイドブックに載っていた。建物の写真をとっていたら、パトカーの警察官がやってきた。「写真はとれないので、デジカメの写真を消去しろ」と言われた。そこで、その場で、この病院の写った3枚の写真を消去した。警察官は、きちんと消去したか、カメラを確認していた。海軍の施設であり、テロの標的になりやすいタワー状の建物なので、警戒は厳しい。写真を消去させられたのは、イギリスのブロードムア病院に続いて2回目である。ブロードムア病院は施設の職員だったが、こちらは警察官であり、有無を言わせぬところがあった。とくに住所や名前を聞かれるわけでもなく、許してもらえた。

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ベセスダ

 地下鉄レッドライン「メディカルセンター」駅からひとつ南下すると、「ベセスダ」駅である。ベセスダの町は高級住宅地として有名である。NIHで研究する日本人も多く住んでいるとのことで、日本食のレストランもいくつかある。ベセスダ駅前に、町の観光見所を説明する地図が立っていた。これに沿って回るとよいだろう。たまたま「アメリカ作業療法学会(AOTA)」のビルを見つけた。作業療法士の学会も、心理学会と同じく(後述)、大きなビルを持つほどの力を持っている。

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2. アメリカン大学

 地下鉄レッドラインで「ベセスダ」から2駅南下すると、「テンリータウン-AU」駅である。ここには、アメリカン大学がある。駅名のAUとはアメリカン大学のことをさしている。
 アメリカン大学は、1893年創立で、文科系の学部の多い大学である。丹野研の出身の中村君が留学中であり、ゆかりのある大学である。
 地下鉄の駅の近くに、アメリカン大学のテンリータウン・キャンパスがある。ここは会議センターなどがある。大学のメイン・キャンパスは少し離れている。地下鉄駅からメイン・キャンパスまで歩くと20分くらいかかるだろう。駅前からメイン・キャンパスまでシャトルバス(無料)が出ているので便利である(10分間隔)。筆者はたまたまこのバスを見つけて乗り込んだ。そのバスの中で、たまたまこの大学に留学している日本人がいたので、いろいろと話を聞くことができた。昨日にこの大学に来たばかりだとのこと。アメリカン大学は、立命館大学と提携しているので、短期・長期に留学する学生が多いとのことであった。

アメリカン大学の心理学科

 アメリカン大学の心理学科は、大学の中央にあるアスベリー・ビルにある。心理学科は文理学部(アーツ・アンド・サイエンス・カレッジ)の自然科学の部門に属している。
 臨床心理学は、アメリカ心理学会認定の公認臨床心理士の養成大学院になっている。科学者-実践家モデルを養成理念としており、認知行動療法の専門的訓練もおこなっている。
 教授のデイビッド・ハーガは、認知行動アプローチで有名な研究者である。ベックとともに、認知療法の論文を書いたり、認知療法の効果の総説を書いていることで有名である。また、ベックとともに、「抑うつリアリズム」研究を批判した論文でもよく知られている。

アメリカン大学のキャンパス

 メイン・キャンパスには、30近くの建物が、コンパクトに建っている。中心にあるマリー・グレイドン・ビルには、いろいろなショップ、書店、教科書センター、銀行、マクドナルドなどが入っていて、大学の中だけで暮らしていけるようになっている。筆者が行ったのは8月の日曜日で、誰もいないと思っていたら、そうではなくてサマー・スクールの学生がたくさんいて、ごったがえしていた。
 ケイ・スピリチュアル・センターは、宗教を扱う建物である。また、大学の中には、カッツェン芸術センターがあり、建物の中や周囲には芸術品が展示してある。また、大学の向かいには、メトロポリタン・メモリアル統合メンジスト教会の大きな建物が建っている。
 大学のホームページには、この大学のキャンパスを詳しく見られるバーチャル・ツアーのサイトがある。
 メイン・キャンパスから地下鉄駅までのネブラスカ通りは、アメリカらしい郊外の住宅地になっていて、歩くと気持ちがよい。間にはWRCテレビ局や海軍の施設などがある。もとは日本大使館の所有する建物も建っていたようだ(地下鉄駅にある地図にそう書いてあった。)

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3. コロンビア区大学(DC大学)

 地下鉄レットラインでひとつ南下し、「バン・ネス-UDC」駅でおりる。そこには、コロンビア区大学(DC大学)がある。この大学は、ワシントンDC(ワシントン特別行政区)の州立大学に当たるものである。ワシントンDCでは数少ない公立大学である。
 駅のエスカレーターを登ると、コネティカット通りに出る。左右どちらに曲がっても大学へ行ける。緑が多いので大学のキャンパスとわかる。
 キャンパスは建物が10個くらいで、こじんまりとしている。医療系、工学系、経営学など、実用的な学部が主である。心理学科はないようだ。
 コネティカット通りに戻り、向かい側に渡る。アプトン通りには、エドマンド・バーグ校がある。この学校は6~12学年の中高一貫校である。アプトン通りをさらに奥へ行くと、ハワード大学法科大学院がある。目立たない入り口を入ると、狭いキャンパスがある。大学院だけあって、立派な古典的な建物である。緑に囲まれた落ち着きあるキャンパスである。キャンパス内には、法学図書館もある。なお、ハワード大学の本部は地下鉄グリーン・ラインのショウ駅にある(後述)。
 この駅には、動物園(後述のスミソニアン博物館の一部)もある。

4. アメリカ心理学会の本部ビル

 地下鉄レッドラインでずっと南下し、ユニオン・ステーション駅でおりる。ここにはアメリカ心理学会の本部がある。アメリカ心理学会が日本の心理学会といかに規模が違うか、一度見学してみることをお勧めする。

APAビル

 ユニオン・ステーションの向かいに、国立郵便博物館(スミソニアン博物館の一部)がある。駅と博物館をはさむのがファースト通りである。坂をおりていくと1分ほどでビルが見えてくる。9階建ての大きなビルでよく目立つ。前面に「アメリカ心理学会、ファースト通り750番地」と大きく表示してある。入口のロビーはかなり広く取ってあり、事務のビルとは思えない余裕のある造りである。今でも広いが、さらに拡張する計画があるという。
 APAは2つの大きなビルを所有している。ひとつはファースト通り750番地のビルである。ワシントンDCの中心部にある。これがAPA本部ビル(ヘッドクオーター・ビル)である。1992年に完成した。地上9階(その上にテラスがある)、地下2階(駐車場)である。1~6階をAPAの学会本部として使っている。7~9階は、ソーシャル・ワーカー協会や教育関係などの16団体に貸している。
 もうひとつのビルは、G通り10番地ビルであり、本部ビルから南に1区画行ったところにある。地上6階(その上にテラスがある)、地下2階(駐車場)である。APAが使っているのは4階の一部のみであり、あとは貸している。貸出先は、ワシントンポストやアムトラックなど一般企業を含む17団体である。このビルは、財テクのための営利用ビルである。

本部ビルの内部

 2005年のアメリカ心理学会の年次大会では、「オープン・ハウス」というプログラムがあり、APA本部ビルの内部を見学できた。ふだんはAPAビルの中を見る機会はなかなかないが、大会がワシントンDCで開かれたので、内部が公開された。たいへん貴重な体験であった。
 オープン・ハウスでは、3~6階が公開された。中にはいると、各階ごとに事務局の人が、1組1組ていねいに対応して案内してくれた。みんな愛想良く応対してくれた。
 3階は、図書室(アーサー・W・メルトン図書室)である。これまでのAPAの学会資料などが保管されている。
 4階は、実践支援部門とコンピュータ室である。実践部門は、実務的心理学の支援部門であり、資格の管理や公認臨床心理士の認定校の管理、法律や規制についての問題などを扱う。
 5階は、科学部門、教育部門、広報部門である。科学部門は、雑誌や本の出版,研究費獲得の援助、ワークショップや訓練などを担当する。この部門の長には、アメリカ科学財団(NSF)のトップだった人を引き抜いてきたという。APA恐るべし。教育部門は、大学や大学院での心理学教育、年次大会の運営などを担当する。広報部門は、広報のための出版物の発行や、社会・メディアへの広報活動をおこなっている。
 これらの部門では、ひとりの局員がひとつの部屋を持っている。職員には博士号(Ph.D)を持つ人が多い。この日は、職員のほとんどは、大会の会場に行っていて不在であったが、かえって中をよく見て回ることができた。各人の部屋はかなり広いスペースで、新しくて清潔で仕事しやすそうである。
 6階は、会議室と執行部室(エグゼクティブ・オフィス)である。会議室は、大きな楕円形のテーブルがあり、回りの壁には、歴代のAPA会長の写真が飾ってある。1892年の初代会長のスタンレー・ホール(ジョンズ・ホプキンス大学、クラーク大学)以来、2期目のラッド(エール大学)、3期目のウィリアム・ジェームズ(ハーバート大学)をはじめ、113年間の会長の写真である。ちょうどホールやジェームスの写真の前に、見学者用のクッキーや飲み物が置かれていて、接待はありがたいが、写真がよく見えなかったのは残念であった。6階の廊下の壁には、これまでのアメリカン・サイコロジストの表紙の絵を集めて飾ってあり、ちょっとした美術館になっていた。有名な画家の絵や、統合失調症を持つ患者さんの絵などもあるという。
 6階には、APAの本を販売する書店がある。APAは、世界最大規模の出版社のひとつでもあるのである。パンフレット類もたくさん置いてある。ふだんは6階の書店は、一般人でも出入りできるのかもしれない。

APAの事業

 オープン・ハウスの時に配られたパンフレットによると、APAのスタッフは550名(常勤・非常勤合わせて)である。年間収入は1億20万ドル(約110億円)、会員からの収入はそのうち14%にすぎず、多くは事業収入である。支出の半分5200万ドルは、人件費・事業・ビルなどにかかわるものである。APAビルの資産価値は2億4千万ドル(約250億円)であり、ビルの負債も1億2千万ドル(約140億円)残っている。
 回ってみて、つい日本心理学会と比べざるを得なかった。前から聞かされてはいたが、いざ目の前にすると、その差が実感できる。日本心理学会、英国心理学会、アメリカ心理学会の会員数、職員数、年間予算、建物を比べると以下のようになる。 


  会員数  職員  年間予算  建物 
日本心理学会  6千人  5人  1億円  賃貸マンションの1室 
英国心理学会  2万人  100人  15億円  4階建てのビル 
米国心理学会  16万人  550人  110億円  9階建てビル2棟 

 明らかに、日本心理学会は、英国心理学会とは1桁の差があり、アメリカ心理学会とは2桁の差がある。日本心理学会も、少しでもアメリカやイギリスに近づく努力をするべきではなかろうか。アメリカ心理学会も、新しいビルの前は、4階建てのビルに入っていたという。学会が急成長したのは、つい最近のことにすぎない。したがって,APAの本部ビルやAPA大会の運営方法をよく見ることは、日本心理学会の発展にとって、何か手がかりを与えてくれるに違いない。提案だが、日本心理学会の理事会や事務局は、APAの本部や大会を積極的に見学し、これからの学会のあり方を考えてみてはどうだろうか。

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5. カトリック大学アメリカ校 (CUA)

 地下鉄レッドラインをずっと先まで行き、「ブルックランド-CUA」駅でおりる。駅名のCUAとは、カトリック大学のことである。駅を出ると、すぐこの大学のキャンパスになっている。
 大学の入り口には、ビジター・センターがある。キャンパスは、きわめてゆったりと建てられていて、手入れも行き届いている。さすがに宗教系の大学だけあって、豊かな財力が感じられる。キャンパスの中央には、大学センターのビルがある。この中にはフード・コートや、大学グッズのショップ、銀行などが入っている。トイレも利用できる。日曜日だが開いていた(アメリカの大学にしては珍しい)。
 カトリック大学の心理学科は、キャンパスの北のオボイル・ホールにある。心理学科は文理学部の社会科学部門に属している。
 臨床心理学の大学院があり、アメリカ心理学会認定の公認臨床心理士の養成大学院になっている。科学者-実践家モデルによる養成をうたっている。
 教授のダイアン・アーンコフは、不安の行動理論やアナログ研究で有名である。彼女は、シカゴ大学で心理学を専攻し、ペンシルバニア州立大学でPh.Dを取った。一般人口における評価不安などのアナログ研究をおこなっている。また、不安障害についての心理療法の研究もおこなっている。心理療法の各技法の統合に関心があるということである。
 大学には、「ライフ・サイクル研究所」も併設されている。
 驚くのは、大学の構内に巨大な教会があることである。「バシリカ・ナショナル・シュライン」という建物である。外観はビザンチン・ロマネスク様式とのことで、西洋の教会の尖塔と、東洋風のパゴタの両方を持つ奇抜な形をしている。中に入ると巨大な教会である。大きさは世界的な規模である。おそらく、ローマのバチカン教会を意識して作っているのだろう。イギリス国教会の総本山カンタベリー大聖堂の巨大さにも劣らない。これほど巨大なものが、旅行ガイドブックにも載っておらず、大学内の施設として建っていることに驚いた。建物の地下は、大きなカフェテリアや、教会グッズのショップ、書店などがあり、トイレも利用できる。館内の至るところに礼拝室がある(65室あるという)。日曜日に行ったので、中は大変混んでいた。スペイン語を話している人が目立った。小さな礼拝堂の中にも、人がいて礼拝をしていた。信者は家族で車で来ている人が多く、駐車場は満杯である。このような一般の信者の来る施設が大学の敷地内にある。
 大学の南側へ出ると、ミシガン通りである。通りをはさんで、「神学カレッジ」の巨大な建物がある。これは、カトリック大学の一部である。1917年創立と書いてあった。
 ミシガン通りを東へ行くとプロビデンス病院や、ホーリー・ネーム・カレッジなどが近くにある。
 ミシガン通りを西へ行くと、トリニティ大学や医学センター、ハワード大学へと続いていく。ミシガン通りを西へ500メートルほど行くと、トリニティ大学のキャンパスである。キャンパスはかなり手入れが行き届いていて、建物も美しく、きれいな大学である。1897年創立の古いカレッジである。「女性のスポーツのトリニティセンター」という施設があった。その隣にセントポールズ・カレッジがある。

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6. ワシントン病院センター

 ミシガン通りをさらに西に行くと、ワシントン病院センターがある。ここには他にも多くの医療施設や医学研究の施設が集まっている。退役軍人管理病院、国立リハビリテーション病院(NRH)、国立小児医学センターである。国立小児医学センターは、熊のマンガがイメージキャラクターとなっていた。救急センターと一緒になっているが、巨大な建物である。
 広大な敷地の中に建っていて、新しく、神経科学研究所や、MRIセンター、PETセンター、イメージ・ガイデイド・神経外科センターなどが作られていた。
 ミシガン通りは、カトリック大学やトリニティ大学あたりは緑豊かな高級住宅地であり、歩いていて気持ちがよいのであるが、この病院センターあたりから雰囲気が変わってくる。その先は、後述のハワード大学であるが、このあたりは治安が悪そうである。昼間も歩かない方がよいだろう。

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7. ジョージ・ワシントン大学

 次に、地下鉄オレンジラインで回る。
 オレンジラインかブルーラインの「フォギー・ボトム/GWU」駅でおりると、ジョージ・ワシントン大学に行ける。駅名のGWUがジョージ・ワシントン大学のことをさしている。1821年創立の伝統ある大学である。
 駅のエスカレーターをのぼると、すぐ大学のキャンパスである。入り口近くには大学病院がある。この中には、ロナルド・レーガン救急医学研究所がある。病院の内部は、警備があって入れない。
 病院の隣は小さな公園で、入り口は「シーン・ホク門」という。門の前に、ジョージ・ワシントンの顔の大きな彫像があり、これが大学のシンボルとなっている。その隣の建物が医学大学院、公衆衛生学、健康サービス学大学院の建物である。この他、大学の建物は約100個ある。これらの建物は市街地の中に建っているので、どこまでが大学かはわかりにくい。へいに囲まれたキャンパスがない。アメリカ的な郊外型キャンパスではなく、ヨーロッパ的な市街地型のキャンパスである。
 ジョージ・ワシントン大学の心理学科は、G通り2125番地にある。50名以上の教員がいる大きな学部である。研究グループは①臨床心理学 ②認知神経科学 ③応用社会心理学である。①の臨床心理学は、アメリカ心理学会が認定する公認臨床心理士の指定大学院となっている。

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8. スミソニアン博物館

 地下鉄オレンジラインのスミソニアン駅でおりると、スミソニアン博物館がある。
 スミソニアン博物館は、世界で最も大きい博物館の組織で、ワシントンDCを中心に18の博物館・美術館・動物園を持っている。イギリスの科学者ジェームス・スミソンが寄付した莫大な財産をもとにして作られた博物館群である。スミソン自身は、生前一度もアメリカに行ったことがないというから面白い。ワシントンDCにあるのは、国立航空宇宙博物館、国立アメリカ歴史博物館、国立自然史博物館、ハーシュホーン美術館、フリーアギャラリー、アーサー・サックラーギャラリー、国立アフリカ美術館、国立郵便博物館、アナコスティア・アフリカ系アメリカ人博物館、フィリップスコレクション、国立動物園、アメリカ・インディアン博物館などである。どれも大規模なものであり、これだけ巨大な博物館群が集中しているのはワシントンDCだけであろう。すべて無料で見られる。国立航空宇宙博物館は、入場者数が年間1000万人で、アメリカで最も入場者数が多いという。
 2005年のアメリカ心理学会では、この中のアメリカ・インディアン博物館において、特別プログラムがおこなわれて、中を見学することができた。アメリカ・インディアン博物館は、2004年の9月に開館し、スミソニアンの18の博物館の中で最も新しい施設である。4階では「我々は誰か?」という15分のフィルムを上映している。映像のプロが金と手間暇をかけて作ったもので一見の価値がある。日本の博物館にはこれだけの財力があるところはないだろう。また、4階の「我々の宇宙」と「我々の人々」という民俗学の資料の展示は、その圧倒的な量とセンスの良さに驚かされる。大英博物館のようにすべての資料を展示してあるのではなく、質の高いものだけを選択して、現代的にビジュアルな方法で展示してある。表に出ている展示は少ないが、質の高さからみて、展示されずに裏で眠っている資料が厖大であることを感じさせる。これはアメリカの博物館で共通して感じることである。2階~4階の展示は、至るところに映像が使われ、ハイテクが駆使されている。映像の内容は自然や原住民の生活であるが、それがハイテクによって再現されているのは興味深い。1階はミュージアム・ショップとカフェである。ショップで販売されている工芸品は、高価だがすぐれたものが多かった。
 スミソニアン博物館の集中するモール地区は、ワシントンDCの中心であり、国会議事堂とワシントン記念塔を両脇に望む広い公園である。モールには、ナショナル・ギャラリー、米国科学アカデミー(アインシュタインの像がある)などがあり、観光客でにぎわっている。ホワイトハウスもすぐそばである。

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9. ワシントン会議センター

 次に、地下鉄グリーンラインで回る。
 地下鉄グリーンラインとイエローラインの「マウント・バーノン・スクエア-コンベンション・センター」駅でおりると、ワシントン会議センターがある。巨大なホールである。
 大きな学会はここで開かれる。2005年8月に開かれたアメリカ心理学会(APA)もここでおこなわれた。学会の巨大さに圧倒されると同時に、その繊細な心配りにも驚いた。この大会の報告は、本ホームページの「国際学会の情報」に掲載した。
 会議センターのイベントは、『地球の歩き方』に載っているほどである。それによると、アメリカ心理学会の参加者14000名は、ワシントン会議センターでの年間上位15位に入るほどの大規模な集会である。学会関係の集会としては、神経科学会(26000名)やアメリカ癌学会(25000名)などに続いてベスト5に入る規模である。

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10. ハワード大学

 地下鉄グリーンラインで「ショウ-ハワードU」駅で降りると、ハワード大学がある。
 ジョージア通りを北へ数分歩くと、ハワード大学の大学病院がある。精神科もある。その北にハワード大学のキャンパスが広がっている。
 ハワード大学は、1867年に創設された黒人のための大学である。創設者のオリバー・ハワードは、アメリカの南北戦争のヒーローとなった将軍である。現在の学生数は10000人である。大学のホームページには、この大学のキャンパスを詳しく見られるバーチャル・ツアーのサイトがある。
 心理学科は、C・B・パウエル・ビルの中にある。16名の教員がいる。臨床心理学は、アメリカ心理学会認定の公認臨床心理士の養成大学院となっている。
 ハワード大学のキャンパスの北には、アメリカン・フットボールの競技場がある。その西側の向かい側は、「マクラミン貯水池」という巨大な池である。この池はハワード大学の敷地である。池の脇を通るのがミシガン通りであり、前述のワシントン病院センターやカトリック大学へと続いている。実は、筆者は、ミシガン通りから歩いてハワード大学へと入ったが、この辺りは治安が悪そうなので、この方法はすすめられない(地下鉄グリーンラインも、やや治安が悪いとのことである)
 なお、ハワード大学の法律大学院は、前述のように、地下鉄レッドラインのバン・ネス駅にある。

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11. メリーランド大学

 地下鉄グリーンラインで北東に向かい、「カレッジ・パーク-U of MD」という駅で降りる。ここにはメリーランド大学がある。ここは、ワシントンDCではなく、隣のメリーランド州に入っている。地下鉄の駅から、シャトルUMバスが大学まで運行している。
 この大学は、1859年にメリーランド農学カレッジとして創設され、のちにメリーランド州立カレッジとなり、その後、メリーランド大学と改称された。学部学生25000名、大学院生10000名、教員3000名の大規模大学である。州内13のキャンパスに分散しているという。
 大学のホームページには、この大学のキャンパスを詳しく見られるバーチャル・ツアーのサイトがある。
 心理学科は、行動社会科学部の中にある。場所は、カレッジ・パーク・キャンパスの「生物学・心理学ビルディング」である。35名の教員を持つ大きな学科である。研究グループは、臨床心理学、認知心理学、カウンセリング心理学、発達心理学、産業・組織心理学、統合神経科学、感覚知覚心理学、社会心理学と幅広い分野をカバーしている。
 臨床心理学のグループには、助教授のジャック・ブランチャードがいる。91年にニューヨーク大学でph.Dを取った。専門は、統合失調症の精神病理学である。この分野の数少ない研究者である。異常心理学雑誌ではよくこの人のグループの研究を見かける。ブランチャードは、メリーランド大学の統合失調症研究訓練プログラムの責任者でもある。このプログラムは、統合失調症の臨床に携わる研究者を育てるための訓練プログラムであり、NIMHからの資金援助で動いている。2005年のアメリカ心理学会では、「統合失調症における快感能力」というタイトルの招待講演をしていた。スライドもきちんとしていて、わかりやすい発表であった。
 メリーランド大学の医学部は、カレッジ・パーク・キャンパスではなく、ボルチモアにある。精神科もそちらにある。メリーランド大学の精神医学研究センター(MPRC)では、2005年から、専門誌「統合失調症年報Schizophrenia Bulletin」を発行することになった。これまでは、NIMHが発行していたのを引き継いだものである。
 精神科には、助教授のアラン・ベラックがいる。ベラックは、統合失調症の心理学的研究で有名な心理学者である。最近は、統合失調症の認知リハビリテーション療法の研究をおこない、テレビゲームを取り入れたリハビリテーションを開発している。「統合失調症の行動治療センター」の責任者をつとめている。

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