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ロンドン通信 4号

ベージ内索引
  1. ハイテクについて:パソコンからみた在外研究(2002年11月3日)
  2. イギリスの臨床心理士の現場(2002年11月3日)

11.ハイテクについて:パソコンからみた在外研究(2002年11月3日)

 今回の在外研究で一番お世話になったのは、パソコンでした。パソコンという視点から、私の在外研究についてみてみます。こうした情報は、これから海外生活をする方にも多少はお役に立つのではないでしょうか。

 こうした側面は、夏目漱石や林望氏のイギリス論には出てこないものです。

11-1.パソコンと留学準備

 東芝のノートパソコンDynabookを買ってイギリスに持ってきました。自宅と研究室のデスクトップパソコンにある情報をすべて、ダイナブックの中に詰め込みました。ノートパソコンの使い方を勉強しました。電源について、使い慣れたソフトのインストール、インターネットやメールの設定と動作確認、付属機器の動作確認、ウィルス対策、バックアップの仕方など、この年齢で、しかも出発前の忙しい時間に、新しいことを勉強するのは大変でした。心理学研究室の人にいろいろと教えてもらって何とかできました。イギリスに来る直前の京都大学での集中講義では、パソコンについて、留学のリハーサルとなりました。また、デジカメとかDVDとか多少お金もかかりました。

 イギリスに来て、そうした作業がすべて生きてきました。勉強しておいてよかったと思います。

 例えば、これまで私が作ったすべての文書がパソコンに入っているので、いつでも参照できます。たいへん便利でした(数年前、文書がフロッピディスクに入っていた時代には、データ自体がたいへん重いものでしたが、今ではバックアップをとってもCD一枚に収まってしまいます)。以前に自分が書いた論文・著書をいつでも見られるので、論文や本を持ってくる必要がありません。パソコンで参照しながら、こちらで論文や雑文を書いたりすることができました。外国雑誌のページ数などの情報も、パソコンで見て調べて、コピーをとったりできました。また、自分の書いた論文の抜き刷りなども持ってくる必要はなく、pdfファイルにいれておけば、他の研究者に進呈する場合は、そのつど印刷すればよいわけです(私は今回はここまでは進んでいませんでしたが)。

 つまり、「留学の準備がペーパーレス化できる」ということです。①いろいろな書類、②自分の論文や著書、③論文の抜き刷り、④書きかけの論文や原稿などについては、これまではどうしても紙媒体で持ってこなくてはなりませんでした。ですから、飛行機の手荷物の重量制限のため、泣く泣く日本に置いてきたのではないかと思います。しかし、メモリの増加により、こうした文書をパソコンに取り込んで持ってこられるようになりました。

 私は今回の在外研究やその準備について、後に来る人のために記録を残しておきたいと思っているのですが、そうした文書なども紙媒体で持ってきたら膨大なものになったでしょうが、電子媒体だと重さはゼロです(情報に質量がないというのは本当に不思議なことです。ニュートリノのように、本当は情報にもごくわずか質量があることが発見されるのではないでしょうか)。

 ただし、パソコンの情報は壊れやすいので、CD-RWで、バックアップはマメにとるようにしました。

11-2.イギリスでのパソコン生活

 ロンドンに来てはじめの頃は、このノートパソコンを自宅で使い、研究所では支給されたデスクトップのコンピュータを使おうとしました。ところが、イギリスのコンピュータは日本語の処理ができないので、日本からのメールも読めず、結局はほとんど使いませんでした(どうにかすれば日本語処理ができるようになると聞きましたが、私の能力を越えるものでした)。そこで、ノートパソコンを自宅と研究所で持ち運んで使うことにしました。ところが、3キロのパソコンは意外に重く、通勤の間にぶつけないように持ち運ぶには気を使いました(パソコンを壊したらロンドンでの知的生活は不可能になってしまいます)ので、とても疲れました。そこで、決心して、もう一台のパソコンを買うことにしました(2台ないと、パソコンが壊れた時に心配でした)。ロンドンの日本の業者に頼んで、日本語のWindowsやソフトをインストールしてもらったノートパソコンを買いました。それを研究所に置いて使っています。

 ロンドンではパソコンが頻繁に盗まれます。私の回りでも、この3ヶ月の間に、2回パソコンが盗まれました。パソコンの盗難対策にはかなり気を使わざるを得ません。イギリスは何て治安の悪い国だろうと思っていましたら、最近、東大でもパソコンなどが盗まれたというメールをもらいました。残念ながら、日本も治安のよい国とは言えなくなってきているのでしょう(こういう状況の悪化だけは何としてでも止めなければならないというのが、私のロンドンでの感想です)。

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11-3.eメール

 eメールは、良くも悪くも私の在外研究の生活スタイルを決めました。

 メールは、外国人とのコミュニケーションには本当に楽です。メールでアポを取ったり、何でも確認したり、質問したりしました。手紙のように時間もかからず、電話のように不得意な話し言葉を使わなくてすむので、eメールによって、外国人とのやりとりが楽になりました。メールのおかげで、イギリスのいろいろな研究者と簡単に会うことができるようになったと言ってもいいでしょう。また、家族とは毎日のようにメールで連絡をとりあって、とても心強かったです。時差があるので、電話をいつでもかけられるわけではありません。また、大学院生や出版社などとのやりとりもたいへん便利です。慣れてくると、ほとんど日本にいるときと変わらない感覚で仕事ができました。自分が今イギリスにいるということを忘れてしまうような感覚になることもありました。いつもと同じ東京のオフィスでメールを読み書きしているという感覚です。これは不思議な感覚です。添付ファイルで書類を直接送れるので、FAXや郵便のかわりにもなりました。原稿もメールで送れます。ロンドンの部屋探しをするときに、日本から、日本人の不動産屋に日本語でメールを出して、情報を探せたのも便利でした(部屋探しに英語を使わずにすみました)。

 ただし、メールの悪い点は、日本の忙しさがそのままロンドンにもついてきてしまうことです。この3ヶ月間で、1200通のメールが受信箱にたまり、700通が送信箱にたまりました。1週間ほどの休暇のあとパソコンをたちあげて、100通くらいのメールがたまっているのを見ると、うんざりしてしまいます。毎日、1~2時間はメールのやりとりに使わざるを得ません。メールに関する限り、日本で仕事しているのとかわりがありません。この意味で、メールは私の在外研究の生活スタイルを決めたと言えそうです。大学院生はどんどん論文を書いて添付ファイルで送り添削を求めてくれますし(うれしい悲鳴)、いろいろな雑用もどんどん送られてきます。せっかくサバティカルでロンドンまで来たのに、仕事が追いかけてくるのはしんどいものです(本当は、サバティカルをもらえたただけでも感謝しなくてはならないのでしょうけれど)。原稿の催促もどんどんメールで来るし、原稿もメールで送れるので、「海外にいることが遅筆の言い訳にならなくない」のは痛いですね。それから、メールは日本語のものが多いので、なかなか英語頭にならないということにもなります。

11-4.インターネットの受信機能

 インターネットは、受信でも発信でもかなりの恩恵を受けました。

 受信では、イギリスの列車の時刻表とか、ロンドンの地図とか、ロンドンの生活(不動産屋での部屋探し、もろもろの情報)とか、日本の新聞や雑誌の情報とか、かなり便利でした。ただし、時刻表・地図帳・新聞などは、インターネットでは見にくいので、紙媒体のものを買ってそろえることも多いです。

 また、インターネットで本を探したり注文したりすることができるようになりました。このことは、海外留学の概念そのものを変えてしまったと思います。前にも書いたように、夏目漱石は給料の3分の1を使ってコツコツと本を買い集め、1000冊近くを集めます。本を多く買うために、安い宿に住み、生活費を切りつめます。どこへも出かけずに、下宿で本を読む貧乏生活を続けた結果、漱石のメンタルヘルスは破壊されてしまいます。ところが、現代は、インターネットの普及によって、日本にいても世界中の本の情報を集められる時代となりました。また、主な文献や専門雑誌はすでに日本にもあるので、そもそも漱石のように本を集める必要がありません。

 現代の留学生活は、本を読まないで、いかに外に出て外国の研究者と会うかということが目標になるのだと思います。つまり、極端に言うと、現代の留学は、「いかに本を読まないか」ということが大切になるのではないかと思います。漱石の時代は欧米の文化を受信することが留学の第1の目的でしたが、現代の留学は、日本の文化を世界に発信することが目的になってきたからです。

 書籍代は、趣味とか旅行などに振り向けるほうがよいでしょう。余談ですが、イギリスに来て思ったのは、留学生活では、経済状態とメンタルヘルスは密接に関連するということです。お金がないとメンタルヘルスも悪くなりやすいということです。若いうちはこんなこともないでしょうが、年齢が高くなるとしみじみと感じます。

11-5.インターネットの発信機能

 注目したいのは「発信の機能」です。私が書いている「ロンドン通信」のように、インターネットのおかげで、自分から情報を発信できたのは画期的なことです。これまでは、日本の雑誌に投稿したりしないと発信できなかったのですが、インターネットはオンラインで発信できます。「ロンドン通信」とか、「欧米のワークショップに参加しよう」キャンペーンなど、オンラインで発信できたのは、たいへん意義があると思っています。最近の丹野研のホームページへのアクセス数を見てみますと、毎日20~30くらいのアクセスがあるようです。「欧米のワークショップに参加しよう」については、認知療法学会でいろいろな先生が宣伝していただいたこともありがたく思っています。また、丹野研のホームページの維持は、丹野研の大学院生の力に負っています。

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11-6.デジカメ

 カメラは、国際学会の必需品です。私は、欧米の有名な研究者の写真を撮るようにしています。講義で理論を紹介するときに、その人の写真を見せるようにしています。すると理論も生身の人が考え出したものだという実感がわきます。「Salkovskis(2002)によると」などと記号のレベルで考えるのと、サルコフスキス教授の写真をみながら「こういう人が考えた理論なのか」などと考えるのでは、現実感もかなり違います。

 また、写真はその後の関係を維持してくれるツールです。誰かを訪問したときは、できるだけツーショットの写真をとってもらうようにしています(その先生の秘書などに頼む必要があります)。その写真を後で送ります。すると、その研究者はこちらの顔を覚えてくれますし、あとで国際学会などで会ったときにも、すぐに思い出してくれます。ツーショット写真を送っておくと、その後の関係が維持しやすいのです。学会などで会ったときに「ああ、あのときに写真を送ってくれた方ですね」と言われたことが何回もあります。今回の在外研究でも、すでに30人くらいの先生の写真をとりました(そのほとんどはツーショット写真です)。このように、海外の大学を訪問するときは、カメラは必需品です。

 これまでは、海外に行くときは、フィルム現像式のカメラを持っていっていたのですが、ロンドンでフィルムを現像に出すのも面倒なので、今回は、デジタルカメラを持っていくことにしました。結果的に、ロンドンにはフィルムを現像してくれる店が少なかったので、これは正解でした。

 デジカメについても事前にいろいろ調べてみました。それまで、125万画素のデジカメを持っていたのですが、あまり画質が良くないので満足できませんでした。そこで、200万画素のキャノンのIXY200aを買ってみました。両者を比べたら、200万画素の画質のよさには驚きました。メモリは食うし電源が面倒(充電式)なのですが、画質が良いので、IXY200aを持ってくることにしました。また、230グラムと軽量で、音声つき動画も撮れるということも助かりました。このカメラはとてもよかったと思っています。

 200万画素くらいのデジカメはコピー機として利用できます。電車やバスの時刻表などを撮ってきて、それを印刷すると、時刻表のコピーができます。いちいち字を書き写す必要がありません。地図の表示板とか、建物の配置の表示板なども、コピーを作ることができます。図書館などに行って、本の背表紙を撮ってくると、図書リストを持っているのと同じことになります。こちらの有名な先生はどんな本を読んでいるのか、ツーショット写真を拡大すると、だいたい書名までわかります。また、自宅の本棚の写真を撮ってきたので、自分の部屋にある本のリストにもなりました。

 ほかにも、デジカメは多用途のツールです。この「ロンドン通信」にのせる写真も撮ります。家族に動画を送ってコミュニケーションになりました。

 なお、こちらに来て気がついたことなのですが、その人と写真をとれるのは、初対面の時だけではないかと思います。2回目以後に会ったときは、いっしょに写真をとってくださいと頼むのは難しいものです。対人恐怖の人は「初対面の人に会うのは平気だが、二回目に会うのは怖い」ということがありますが、これは外人恐怖にも当てはまるのではないかと思います。外人と会う場合も、初回は拙い英語でも話せることはいっぱいあるので何とか場が持つし、写真も頼みやすいのですが、2回目以降になると、こちらの英語力ではコミュニケーションが難しくなってきます。そこで、初対面のうちに写真をとってもらうのです。初対面なら相手もたいてい照れながらも応じてくれるものです。

11-7.プリンター

 プリンターは、CANONのBJ M70というポータブル式のものを日本で買って持ってきました。このプリンターは、小さいのに性能がよくて重宝しました。そのインクリボンなども日本から持ってきました。CANONのBJ M70はロンドンでも210ポンド(約4万円)で売っていましたし(解説書は英語)、専用のインクリボンもロンドンに売っていました(ただし値段は高い)。

 何より、自宅ですぐに写真が印刷できるのが便利です。こちらでhigh qualityの写真用のA4の用紙を買ってきて、それに印刷してみました。こうすると、200万画素のデジカメなら、ほとんど現像したのと同じくらいの品質の写真ができます。研究者と写真を撮って、翌日に、高品質の写真を持っていくと、たいていは喜んでくれます。

 家族の写真も、こちらでA4の大きさに印刷して額縁に飾りました。つまり、家から写真を持ってくる必要はなく、パソコンの中に情報だけを入れてきてこちらで印刷できたわけです。ロンドンでパーティーに呼ばれたときなどは、日本の写真があると、たいへん重宝します(話題に困ったときに時間を稼げます)。私は、家族・自宅・大学・研究室の写真や、日本の観光名所など、数十枚の写真を持ってきたのですが、その重さもばかになりませんでした。考えてみれば、デジカメの情報をパソコンに入れて持ってきて、こちらで印刷するという手もあったわけです。

 他にも、メールで添付されてきた論文や資料を印刷したり、プリンターはたいへん活躍しています。

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11-8.パワーポイント(発表のプレゼンテーションソフト)

 パソコンのソフトで役に立ったのは、辞書ソフト、住所録ソフト、パワーポイントなどです。辞書ソフトは、重い辞書を持って来る必要がなくなったので便利です。しかし、生活しているとどうしても辞書が必要な場面も出てきましたので、こちらで小さな辞書を買うことにしました。

 パワーポイントは、研究者にとっては「命」といっていいほどになりました。マイクロソフトの肩を持つわけではないのですが、一度使ったら後戻りはできない大発明ですね。今回の在外研究でもたいへんお世話になりました。発信にも受信にも便利です。

 発信という点では、以前は国際学会というと、重いOHPを何枚も持って出かけましたが、今ではその必要がなくなり、フロッピディスク1枚になりました。ノートパソコンを持っていけば、発表の直前まで、プレゼンテーションを修正することができます。パワーポイントの配付資料なども便利です。

 受信という点では、日本人にとっては、パワーポイントのような視覚的補助があると、きわめて理解しやすくなります。臨床心理学(認知行動療法系の)の国際学会では、研究者はパワーポイントを使って発表します。しかし、カウンセリング系の研究者は、パワーポイントを使わずに、講演スタイルでしゃべるだけです。後者の発表は、外国人にとって理解しにくいものです。日本のカウンセリング系の研究者が国際学会に行かなくなったのは、プレゼンテーションの違いもあると思います。また、研究発表のあとで、資料を送ってくれと頼んだら、発表したpptファイルをそのままメールで送ってくれた研究者もいました。これは本当に助かりました。

11-9.DVDとCD

 パソコンに、DVDとCDの再生機能があるので重宝しました。ビデオカセットは重いうえに、日本との互換性がありません。DVDやCDならばそれほど重くありません。おそらく、近い将来は、DVDやCDの情報をパソコンのハードディスクに入れて持ってきたり、インターネットでこれらのソフトを取り入れることもできるようになり、DVDやCDすらわざわざ持ち運ぶ必要もなくなるのではないかと思います。

 私も日本からいろいろなDVDやCDのソフトを持ってきました。入眠用の落語のCDとか、好きなテレビ番組を録画したDVDなども持ってきました。以前に、イギリスに来たときに、英語のテレビをずっと見ていて、意味がわからないので、つまらなくて落ち込んでしまったことがあります。理解したくてもできない情報に長時間接していると、抑うつ的になるようです。外国語デプレッションと呼んでいます(これは外国語学習の大きな妨害要因になっているのではないかと思います)。もうひとつの要因として、イギリスのテレビ番組がつまらないことがあります。イギリスのテレビは、4つのチャンネルで朝から晩までNHKのような番組をやっていると思ってください。日本の民放にもいろいろと問題はありますが、娯楽という面ではそれなりに楽しい番組を作っています。

 ひとりで外国にいる時に落ち込むということは、非常に辛いことであり、危険なことです。心当たりがある方は、十分に注意して、事前に何らかのメンタルヘルス対策(心が楽しめることや日本語でおしゃべりできる環境など)を準備して出かけることをお勧めします。外国語デプレッションは、日本語に接するとすぐに直ります。そこで、今回私は、メンタルヘルス用にいろいろな日本語のDVDやCDのソフトを持ってきたのですが、それなりに有効でした。

 ただし、日本語の環境で生活していると、落ち込まないものの、英語が上達しないという弊害も生まれます。そこで、いろいろな英語教材もこちらで買いました。日本で作られた英語教材はなかなか重宝しました。また、おすすめは、英語の映画DVDを、英語字幕つきで見ることです。しかし、皮肉なことに、英語字幕つきのDVDは、イギリスでは手に入らないのです(探せばあるのかもしれませんが、売っているDVDには英語字幕の機能はありませんでした)。そこで、わざわざ日本の家族に買ってもらい送ってもらいました。語学用の教材としては、シリアスな映画は外国語デプレッションを引きおこすので、ドタバタ喜劇がお勧めです。これだと笑いが、デプレッションを相殺してくれました。

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11-10.DVD-RWとCD-RW

 パソコンに、DVDとCDの書き込み機能があるのも便利でした。このために、パソコンのバックアップが簡単にとれます。これはたいへん安心です。自宅と研究所をパソコンを持って往復していたときに、もしこのパソコンを落として壊れたら、ロンドンの知的生活はできなくなるとヒヤヒヤしました。また、周りでパソコンの盗難事件があったときは、もし自分のパソコンだったらと、ゾッとしました。幸いにして、まだデータが失われるような事態は起こっていませんが、撮った写真やこれまでのメールや作成文書をバックアップすることは大切です。

 また、こちらの写真や動画をCDに書き込んで、東京の自宅に送ることができたのもうれしいことです。フロッピディスクでは、多くの写真は収容できません。

11-11.その他

 今回持ってきませんでしたが、データレコーダー(デジタルのテープレコーダー)も持ってくると便利だったかなと思いました。

11-12.日本のハイテクの水準

 イギリスに来ると、日本のパソコンは世界のトップ水準であることがよくわかります。今のロンドンには、SONYやToshibaやPanasonicのパソコンやエレクトロニクス機器があふれています。イギリス製のパソコンなどは、故障が多くて、たぶん使い物にならないでしょう。イギリスは産業革命の発祥の地なので、さぞ機械が発達しているだろうと思っていましたが、それは間違いでした。イギリス製の時計を2個買いましたが、使い物になりませんでした(日本だったら消費者が黙っていないでしょう)。パソコンに至っては・・・。イギリスの機械は、荒々しくてごつごつしていてとても男性的です(例えば、コンセントも、トイレについている手を乾かす乾燥機も、地下鉄の列車も、みんなごつごつしています)。イギリスの機械は繊細さがありません。イギリスの産業革命は、蒸気機関にしろ紡績機にしろ、ごつごつした機械であり、繊細な機械ではありません。こうした機械の発明者は、機械の専門家ではなかったのだそうです。大学などの高度な研究機関がイギリスの産業革命を引っ張ったのではないのです。ですから、パソコンのような繊細な機械がイギリスから生まれることはないでしょう。ごつい機械なので故障しないのではないかと考えがちですが、それも間違いです。イギリスの機械は故障がつきものです(例えば、イギリスのエスカレーターはいつもどこかで故障のため止まっていますし、イギリスの自動販売機は、お金を入れても製品が引っかかって出てきません)。よく、イギリスのメーカーはアフターケアがよくて修理をまめにやってくれるが、日本のメーカーは次々に新製品を出して修理もしてくれないと批判する記事を読みます。これは、イギリスの機械製品がそれだけ故障が多いということで、日本の製品は、アフターケアをする必要がないほど故障が少ないということを意味します。しかも日本の工業製品は、以前の機種の欠点を改良して、より故障の少ない新製品を出していこうとするわけです。これではどんどん差がつくばかりです。

 トッテナム・コート・ロードという街は、ロンドンの秋葉原と言われていますが、実際に行ってみたら、秋葉原の10分の1ほどの規模もありません。東京では安く簡単に手に入った情報機器がなかなか見つからず、あっても高価で困ります。こうしたことは、日本ではなかなか実感できないことです。コンピュータ開発の最前線は知りませんが、私のような末端ユーザーのようなレベルとか平均値でいうと、日本のパソコン技術は世界のトップレベルだと思います。

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12.イギリスの臨床心理士の現場(2002年11月3日)

 前に、ロビン・マレイ教授の病棟回診について紹介しました。その後も、イギリスの臨床心理士の仕事を現場で観察させてもらっています。いくつかを報告しましょう。

12-1.認知行動療法の実際の場面

 認知的補償療法(Cognitive Remediation Therapy:CRT)の実際の場面をみせてもらいました。

CRTは、精神医学研究所の心理学者であるワイクス教授が開発した統合失調症に対する認知リハビリテーションの技法です。広い意味での認知行動療法と呼んでよいでしょう。

 グリーンさんというモーズレイ病院のサイコセラピストの方に見せていただきました。このかたは、もともとは統合失調症の記憶の研究でPh.Dをとったとのことで、今は精神医学研究所のセラピストとして仕事をしているとのことでした(精神医学研究所には、このようなセラピストがたくさん働いており、彼女らが治療効果研究を支えています)。グリーンさんは、ワイクス教授といっしょに、CRTの治療効果研究をしており、そのセッションを見学せていただきました。場所はモーズレイから車で30分ほど行ったところにある地域のメンタルヘルス・センターです。このメンタルヘルス・センターには、看護師・ソーシャルワーカー・臨床心理士などが常駐していて、地域のメンタルヘルスを受け持っています。その施設を利用して、近くに住んでいる患者さんが通ってきて、CRTを受けているとのことでした。クライエントは、20歳くらいの男性です。自己紹介して「私は日本から来ました」といったら、クライエントは「私はロンドンから来ました」とまじめに自己紹介してくれました。その後、私はオブザーバーに徹して、後ろの方で見学をさせてもらいました。

 CRTは週に3回おこなうインテンシブな訓練です。1回は約50分です。CRTにはきちんとしたマニュアルが作られており、それに沿って忠実におこなわれていきます。

 セッションをみると、いわゆるセラピーという印象ではなく、知的トレーニングという印象であり、淡々と進んでいきます。CRTでは、知覚心理学や認知心理学や神経心理学などで使われている認知課題や図版をうまく利用しており、実験心理学と心理療法のインターフェースをなしています。いわゆる実験心理学の人にはきわめて馴染みやすい方法だと思います。また、知能テストで用いられている課題も多く見られ、アセスメントとセラピーがうまく結びついた方法だなと思いました。こうした方法の問題点は、訓練で成績がよくなっても、その効果が実生活場面にどれだけ転移するかという点です。しかし、ワイクス教授らの効果研究では、CRTの治療効果はあることが確かめられていますし、fMRIを用いた研究によると、CRT後に脳の血流量も増えるそうです。CRTは、最近の認知行動療法の国際学会ではあちこちで引用されており、またいろいろな大学で新たな方法が開発されるようになっています。例えば、アメリカのメリーランド大学のベラックは、テレビゲーム式に楽しめるCRTを開発しています。このようなトレーニングがもっと日本でも取り入れられてもよいなと思いました。

 また、ワイクス教授たちは、CRTの訓練コースも作っています。マニュアルもできていますから、英語に弱い日本人にも理解できる訓練なのではないかと思います。

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12-2.認知行動療法のスーパーバイズ

 IOPの心理学部は、統合失調症に対する認知行動療法の世界的な中心の一つです。今は、かなり大規模な治療効果研究が進んでいます(それについては別の機会に報告します)。こうした治療研究のためには、いろいろなものが必要になります。ひとつはセラピストのためのマニュアルであり、"Cognitive Behaviour Therapy for People with Psychosis"というマニュアルが作られています(Fowler, Garety & Kuipers, 1995)。もうひとつは、セラピストのためのスーパーバイズも必要になってきます。PICuPという研究プログラムがありますが、そこに参加するセラピストのスーパービジョンをおこなっているのがIOPのカイパース教授であり、そのコーディネーターをしているのがピーターズさんです。

 ピックアップ・スーパービジョンは月に2回ほどのペースでおこなわれています。ひとつの治療効果研究に参加する臨床心理士(セラピスト)は何十人もいますので、初心者のセラピストもいますし、マニュアル通りに進まないケースとかも出てきます。そうしたことの相談に乗るのがこの会です。カイパース教授に頼んで、その会に参加させてもらいました。90分ほどのセッションで、4人の若いセラピストが来て、ひとり20分くらいで、事例を紹介し、何が問題になっているのか、これからどうしたらよいかについて相談します。

 英語の聞き取りは難しくて、ほとんど半分も聞き取れなかったのですが、臨床現場では事例研究がしっかり行われていることはわかりました。研究という場にはほとんど事例の話は出てこないのですが、臨床の現場では事例検討が中心であることは当然です。カイパース教授は、その事例について熱心にメモを取りながら聞いていて、しだいにこうしてはどうか、こんな方法も考えられるといったことを話していきます。セラピスト同士のディスカッションもかなり活発でした。

 このようなセラピストのスーパーバイズという仕事も、治療効果研究の一環として行われています。

12-3.臨床心理士による看護スタッフの指導

 ロビン・マレイ教授が回診する病棟で、臨床心理士のピーターズさんは、看護スタッフの指導をしており、これをLong Hand-overと呼んでいます。ピーターズさんは本当に精力的に仕事をします(妄想の研究でもPDIという質問紙法を作って第一線で研究しています)。月に1度1時間ほど、臨床心理士と看護スタッフがミーティングを持ち、看護側が事例を提示して、それについて臨床心理士が相談に乗り、指導するものです。ピーターズさんとのメールのやりとりで、私は間違ってHang-overと書いたら、「Hang-overではなく、Hand-overです。Hang-overとは二日酔いのことです」という返事をもらいました。

 このLong Hand-overに参加させてもらいました。看護師が10人ほど、臨床心理士がふたり、OTがふたり参加しています。看護スタッフといっても、日本のように白衣を着ているわけでなく、普通の服装で仕事をしていました。看護側がひとりの患者さんについて報告し、今こんなことがあるとか、こんな事で困っているといったことを話します。この病棟は統合失調症の患者さんがほとんどだそうです。例によって、英語の聞き取りは難しくて、ほとんど半分も聞き取れないのですが、クロザピンという薬を飲んでいる統合失調症の患者さんが、副作用があるので服用しようとしないといったことが問題になっていたようでした。

 こうした事例について臨床心理士はずっと聞いていて、しだいにこうしてはどうか、こんな方法も考えられるといったことを話していきます。例えば、「クロザピンという薬にはその副作用を説明するための患者用のビデオがあるので、今度研究所から借りてきて見せましょう」とか、「薬物療法へのコンプライアンスの評価尺度があるので、いちどきちんとアセスメントしてみましょう」とか、「アセスメントの結果によって、どんな原因で服薬しないのかをきちんと調べてみましょう」とか、いろいろと対策を考えだしていきます。次回までにいろいろなことをしてみましょうということになり、臨床心理士もそれを約束します。

 イギリスの臨床心理士の仕事は、患者さんのアセスメントや個人的心理療法だけをおこなっているだけではありません。このように、患者さんの心理面全般に責任を持って、心理面のケースマネジメントをおこなっているのです。ですから、薬物療法についての理解を深め、薬物療法へのコンプライアンスを高めることは、精神科医の仕事というよりは、臨床心理士の仕事なのです。

 看護スタッフもこのような提案に対して、いろいろと自分の意見を言っていました。いくつかの提案には賛成していました。臨床心理士の提案が具体的で効果がありそうなので、受け入れることができるのでしょう。このように、看護スタッフと臨床心理士の間に定期的なミーティングか持たれており、それが臨床心理士の主導でおこなわれています。臨床心理士は看護スタッフの相談に乗り、コミュニケーションをとり、臨床心理士と看護スタッフという異職種間の共同作業をしぜんにおこなっているのです。そして、かなり指導的な立場に立って仕事をしていきます。臨床心理士がケースマネジメントの中心にいるということが実感できます。

 日本でもこのようなことを取り入れていってもよいと思うのですが、そのためには臨床心理士は実力をつける必要があります。ケースマネジメントの仕事は、かなりの能力と臨床経験が必要です。イギリスの臨床心理士は鍛えられていて、いろいろな事例に対応できる力を持っています。1時間ほどの間に、介護スタッフの事例紹介を聞いてそれをまとめて、次から次へといろいろな手段を提案していきます。ピーターズさんも会が始まる前はやや緊張気味でした。

 臨床心理士の仕事を支えるツールも完備しています。アセスメントツールとか、患者教育用のビデオとか、いろいろなツールを持っていて、治療に利用していることは印象的でした(日本には臨床心理士の仕事を助けるこうしたツールはほとんどありません)。

★ピーターズさんの写真
★ピーターズさんの写真

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